新型コロナウイルス感染症に伴う政府の観光需要喚起事業「GoToトラベル」キャンペーン。東京除外のキャンセルに伴うトラブル、大手旅行サイトの割引額縮小、利用回数制限に対し政府が急遽予算枠を追加配分するなどドタバタ劇が続いている。一方で、コロナ収束が見通せないなか、キャンペーンが疲弊する観光産業の底上げに大きな役割を果たしているのは間違いない。混乱下で旅行会社の現場はどうなっているのか。
10月に給付金不足からGoTo販売を中止せざるを得なかった中堅旅行会社のひとつ「ゆこゆこ」。シニア層に人気の旅行予約サイト「ゆこゆこネット」を運営する同社における、コロナ禍の半年間を聞いてきた。
4、5月は予約がゼロ、7月末以降はGoTo効果が絶大
「今もまさに試行錯誤の最中ですが、観光がいかに地域経済と密着しているかを実感しながら、自社の存続を含めた未知なる脅威と闘っています」。こう話すのは、株式会社ゆこゆこ総合企画部副部長の小堺秀真氏。
同社は、温泉旅館・ホテル宿泊予約サイト「ゆこゆこネット」を運営。また会員数約700万人のシニア層を中心に、リピーター向けの会員誌を配布しており、ネットと電話販売の両輪で事業を展開しているのが特徴だ。
コロナ禍においては、リスクが高いといわれるシニア層顧客が強みである「ゆこゆこ」の影響は甚大だった。2月ごろから対前年比で予約が減り始め、政府の緊急事態宣言が全国に出た4月、5月はシニア層の予約はほぼゼロの状況に。6月には衛生管理と3密回避を行う宿泊施設に対するサイト内表示を開始。独自のチェック項目を作成し、営業担当者が各宿泊施設に直接対策状況を確認する等のきめ細やかな対応をとったが、需要はなかなか戻ってこない。そうしたなかで救世主となったのが、公費による「GoToトラベル」だ。
「GoToトラベル」の効果は絶大だった。7月末のキャンペーン開始と、同社のロイヤルカスタマー向けの会員誌30万部送付を再開した時期が重なったこともあり、8月から予約が急増。9月中旬は、10月1日からの東京除外解除が表明されたことがシンボリックとなり、直近では予約が対前年比を超える水準までになった。
「東京発着が解除されたから旅行しようというよりは、東京に行っても大丈夫なほどリスクが減ったなら、自分たちの地域でも大丈夫だろうという消費者心理が醸成され、日本全国でマイクロツーリズムと呼ばれる近場旅行が動き出しました」と、同社の小堺氏は分析する。同社の顧客には老老同居、いわゆる50~60代の子どもと80~90代の親が同居しているケースも多く、互いへの感染リスクを考え、趣味の旅行を手控えていた層も、東京除外解除を機に動き出した。
売れ筋は関東圏の伊豆箱根、草津、伊香保、関西圏は有馬、北海道では道内旅行が多いのが特徴だ。しかし、「GoToトラベル」を活かしたプロモーションを仕掛ける一方で、事業を遂行するための裏方の業務がかつてない事態にさらされていたのも事実だ。ネット弱者であるシニア層のために開設しているコールセンターは、特に地域共通クーポンの利用に関する問い合わせだけでもパンク状態に陥った。
国に翻弄されながらも打開に向け決死の動き
そして、同社が注目を集めたきっかけとなるのがオンライン旅行会社の「GoToトラベル」キャンペーンの販売停止や割引額の縮小の事態。「じゃらん」、「Yahoo!トラベル」が旅行費用の35%、最大1万4000円まで受けられる割引の上限額を3500円に引き下げたほか、「楽天トラベル」が一会員につき1回の利用との条件を設定。ゆこゆこも販売を停止し、大手マスコミ各社も大きく報道し、国民の注目を集めた。
もともと「GoToトラベル」の予算枠は、旅行会社や宿泊施設ごとの販売計画などをもとに、地域や時期が偏らないよう2カ月ごとに割り振られてきたもの。「GoTo東京除外」の解除発表後、全国的に予約が急増するなか、「ゆこゆこ」ら旅行予約サイトへの申し込みが集中し、予算枠が足りなくなった。
「事務局から『予算の追加は検討していない』という連絡を受けたのは、10月2日のことでした。予算の消化状況を鑑み、2カ月ごとの見直しで、需要喚起の目的からも予算は追加で再配分されると判断していたので、まさに寝耳に水。急遽、販売計画を練り直し、10月12日夜に販売停止を発表しました」(小堺氏)。給付予算が増えることが確認できないまま、GoTo割引き価格での販売を続けるリスクはとれない。
その後、赤羽一嘉国土交通大臣が予算を追加配分することを発表し、今後継続的に、旅行代金のうち35%、1人あたり最大1泊1万4000円の割引をすべての旅行会社で提供できるように方針転換したのは周知のとおりである。このとき、大臣は「予算が足りないことについて、事務局や観光庁が手当てをしっかりしていればOTAが苦肉の策を取らずに済んだのではないか」とも言及している。
もっとも、追加の予算配分は簡単に行われたわけではない。赤羽大臣の方針発表後も、小堺氏は事態の打開に向けて観光庁や事務局と交渉を重ねていた。この間、大手マスコミ各社の取材にこたえ、中堅の旅行会社が置かれている現状を、「予算配分について、具体的な金額を提示してほしい」「給付金の入金が先延ばしになることで、資金繰りが厳しい」などと訴えた。こうした動きを見た消費者から、赤羽国交相の公式Twitterに、「ゆこゆこをよく利用しています。助けてあげてください」とのメッセージも寄せられ、勇気づけられたという。
無事に給付金の増額が決まり、販売が再開できたのは大手オンライン旅行各社の再開から数えて3日後。ただし、同社の販売見込みに対して、今後の給付額はまだ足りていないというも状況も続いている。
観光から発信できる価値提供を信じて
GoTo事業は、コロナ禍の緊急施策ゆえ、国の事業見通しや制度設計への後手の対応が目立つ。しかし、「コロナ禍で苦しんでいるのは全産業。キャンペーンを通じて当社だけでなく、地域経済を支える事業者、そして旅行者が旅を通じて少しずつ元気になっていくのを目の当たりにし、観光から発信できる価値提供、社会貢献のチカラを実感した」(小堺氏)。
コロナ禍は負の遺産ばかりではなかった。初夏には、まだまだ旅行をためらう層に少しでもアプローチしようと、同社として初めての全国の宿泊施設と連携したEC市場のお取り寄せサイト「ゆこゆこ旅市場」も開設。シニア層から好評だといい、「本業に注力しつつ、新たなチャレンジの場が広がっている」(小堺氏)と前を向く。
GoToトラベルという観光産業に与えられたチャンスを活かし、未来に向けて、これまでとは違った新しい取り組みにもチャレンジする。コロナ時代の生き残りをかけて、観光事業者の戦いに終わりは見えていない。