世界の旅行の回復予測、アジア域内の国際旅行がコロナ前を超えるのは2022年、観光の「不都合な真実」を直視する傾向も

グローバルで市場調査を行うユーロモニターインターナショナルは、このほど旅行に関する最新レポート「コロナ後の旅行・観光産業界で加速するイノベーション(Accelerating Travel Innovation After Coronavirus)」を発表した。同社の市場調査データをもとに、世界の旅行・観光マーケットについて、アジア、欧州、南北アメリカ、中東・アフリカの4地域別に回復傾向を予測すると同時に、コロナの激震をきっかけに各地で進むイノベーションを取り上げたもの。

ユーロモニターではコロナ危機をきっかけに、主要産業別の調査「ボイス・オブ・ザ・インダストリー(VoI)」を実施、このうち7~10月に行った世界の旅行・観光事業者への調査結果によると、コロナ危機によって生じる消費行動の変化で最も多く指摘されたのは「自宅の近くで休暇を過ごす」(76%)だった。次いで「海外旅行を減らす」を選んだ回答が多く、さらにこれを一時的ではなく「今後ずっと続く変化」だとする回答が21%を占めた。

この背景には、海外旅行に伴う排ガス量や環境への負荷など、ツーリズムが抱える不都合な真実を直視しようという気運の高まりもあり、特に欧州や北欧では、グリーンDX(デジタル・トランスフォーメーション)や循環型経済へと舵を切る取り組みが活発になっている。

またユーロモニターでは、独自の評価スコアを用いて、国連による2030年までの達成目標、SDGs(持続可能な開発目標)17項目への取り組み状況を業種別に比較した。これによると、観光産業が他業種より遅れている分野の一つは「ゴール12:つくる責任、つかう責任」で、評価スコアの全産業平均が62.7%に対し、観光産業は46.2%。さらに観光産業にとって死活問題となる「ゴール14:海の豊かさを守ろう」は、産業全体で17.1%、観光産業でも17.9%と低調だった。

一方、観光産業が健闘している分野として「ゴール9:産業と技術革新の基盤をつくろう」(評価スコア61.5%)、「ゴール11:住み続けられるまちづくりを」(同66.7%)を挙げた。

コロナ禍に苦しむ旅行・観光産業では、SDGs対応が後退する懸念も同調査から浮かび上がり、回答した関係者の42%が「持続可能な商品・サービスの開発を縮小、断念する」としている。これについて同レポートでは「持続可能性を担保することは、もはや待ったなしの急務」と断じ、消費者だけでなく、投資家や従業員からの視線も厳しくなっていること、受け入れデスティネーションや新興スタートアップの多くがSDGsを事業計画に取り入れていることを例に挙げつつ「株主だけを意識し、投資対効果やボリュームを重視する従来型ビジネスでは結局、劣勢を強いられる」と警鐘を鳴らしている。

今後、数年間の旅行マーケットの回復がどのように推移するかについては、ワクチン開発状況などに左右されるものの、大枠では新時代のノーマルに即した形へと、需要も供給も再調整が進むとし、デジタル改革と持続可能性を軸に、排ガス量の実質ゼロ化や誰もが共生できる社会作りへと踏み込めるかが問われている、と同レポートでは提言している。

地域毎に異なる旅行需要の回復傾向

同調査では、コロナ危機の影響や、旅行需要の回復動向、注目の事例についても詳しくレポートしている。地域別の概要は以下の通り。

ヨーロッパ

2020年のEUのGDPについて、同レポートでは今後の状況に大きな異変がない場合、8.8%減と予測、ただし来年には5.2%増のプラスに転じるとしている。国によっての差も大きく、例えばロシアとドイツの場合、今年の経済成長率はいずれも6.7%減であるのに対し、スペイン、フランス、英国、イタリアは11~12%減と見込んでいる。

こうしたなか、EUでは1兆8000億ユーロの景気回復プランを策定したが、この一環として2050年までの排ガス量の実質ゼロ実現にもさらに力を入れる方針を打ち出し、グリーンディールへの取り組みを強化することはあっても、決して後退はさせない姿勢を固持。同様に、各国政府による航空会社への支援でも、排ガス量削減や鉄道路線のある単距離路線の見直しを条件として突き付ける。パンデミック以前、オーバーツーリズム問題に揺れていた地域では、旅行者の減少を機に、環境や地元社会に対する負荷を最小化するための対策も動き出している。

2020年のヨーロッパにおける旅行需要は、国内旅行の減少幅は海外旅行の半分にとどまり、それぞれ25%減と54%減と予測。また海外からのインバウンド消費を含む旅行売上がコロナ危機前のレベルまで回復するには少なくとも4年かかり、2023年になるとしている。なお観光パッケージツアーの需要回復には、さらに数年を要するとし、その一因として、サステナブルではない観光内容や大量送客を目指すビジネスへの逆風がヨーロッパでは特に強くなることを挙げている。

欧州の旅行売上予測インデックス(出典:ユーロモニターインターナショナル)

※グラフ説明:

  • 2019年の売上を100として、以降の回復状況を予測
  • 凡例(左から) 青色:航空、オレンジ色:宿泊、グレー:アトラクション施設、黄色:旅行仲介事業

アジア

アジア太平洋地域の実質GDP成長率は、2020年は2.9%減となるものの、大規模な流行の第二波などがなければ、2021年には堅調に回復し7.6%増と予測している。国別では、中国は2020年の経済成長率が1.7%増、翌年は7.5%増。これに対し、韓国、日本、インドでは2020年のGDP成長率はいずれもマイナス(それぞれ1.2%減、5.8%減、10.5%減)と景気後退局面入りすると予測している。

一方、旅行需要について同レポートでは、短・中期的に長距離の海外旅行は減少するものの、国内および地域内需要がこの大部分を補うと指摘。なかでも2021年に急回復するのがインバウンド旅行で、2022年にはコロナ前の規模を超えると予測。またモバイルによる旅行売り上げが2020年時点で、オンライン旅行販売全体の62%を占めているのも特徴で、この分野は引き続き順調に拡大していく。一方、航空、オンライン旅行の完全回復は2023年、最もスローペースとなる旅行仲介業および宿泊は2024年までかかるとの見通しを明らかにした。

アジア太平洋地域の旅行売上予測インデックス(出典:ユーロモニターインターナショナル)

※グラフ説明:

  • 2019年の売上を100として、以降の回復状況を予測
  • 凡例(左から) 青色:国内旅行、オレンジ色:インバウンド、グレー:航空、黄色:宿泊、水色:旅行仲介業、緑色:オンライン旅行、紺色:モバイル旅行

また同地域で成長が期待されるのは、民泊を含む短期レンタル宿泊施設や格安航空会社など、手頃な価格で利用できて、かつモバイル経由で手軽に予約できるサービスになると指摘。一方、従来型の観光パッケージツアーやホテル需要の回復は遅いとしている。

成長基調にあるアジア太平洋地域にとって、より大きな課題は旅行マーケットの成長を持続可能な形とし、環境保全や社会貢献などの目標値を達成できるかどうかになると同レポートは指摘している。また巨大な送客市場となってきた中国が、しばし国内旅行に力を入れるなか、受け入れデスティネーション側には、送客市場の多様化への取り組みが必要になる。デジタル活用においては、個人のプライバシー保護や自由を尊重しながらの発展をどこまで担保できるのかが試金石になるとしている。

インターネット利用者数が19億人と世界最多である同地域では、デジタル・コマース売上額は2兆8000億ドルにのぼり、観光産業関連でもAIから顔認証、ロボティクスなど様々な取り組みが実用化されている。人口一人当たりのオンライン旅行売上額が最も高いのはシンガポールで、2025年までに現在の倍以上、年間1200ドルを超えると予測している。2位は香港、3位は韓国。日本は4位の台湾に続き5位(約250ドル)だが、5年後には500ドル以上、同4位に浮上すると予測している。

アメリカ

北米ではコロナによる経済への打撃が1920年代の大恐慌以降で最悪となり、米国の経済成長は6.5%減、カナダでは8%減がそれぞれ見込まれている。出張を禁止する企業が増えたことで、航空需要やラグジュアリーホテル、ラスベガスなどMICE開催地が大きく影響を受けており、バーチャルとリアルのハイブリッド型イベントに切り変える動きが一気に加速した。観光消費額の6割と、大きな比重を占める国内レジャー市場が頼みの綱となっている。

今後の需要回復予測で、最も力強い動きを示しているのはモバイル旅行で、2022年にはコロナ以前のレベルを突破する一方、オンライン旅行、航空、アトラクション施設については、さらに1年後、宿泊と旅行仲介業の完全回復は2024年としている。

南北米大陸の旅行売上予測インデックス(出典:ユーロモニターインターナショナル)

※グラフ説明:

  • 2019年の売上を100として、以降の回復状況を予測
  • 凡例(左から) 青色:航空会社、オレンジ色:宿泊、グレー:アトラクション施設、黄色:旅行仲介業、水色:オンライン旅行、緑色:モバイル旅行

ヨーロッパと比較した場合、米国の消費者の間では、持続可能性への関心は相対的に低いものの、企業活動や商品、サービスに対して、社会や環境に害がないだけでなく、より能動的に、ポジティブな影響を与えるものであるべきとの考え方は確実に広がっており、旅行分野でも「Bコープ」認定を取得するところが出てきている。その手段として、多様なテクノロジーの活用に積極的で、生体認証、ブロックチェーン、IoT、AI、ビッグデータ、クラウドなどを駆使し、これまでの旅行における様々な悩みの解決に取り組んでいる。今回の調査で、「今後5年間でAIがビジネスを左右するようになる」と答えた米国の旅行業者は、全体の61%を占めた。

中近東アフリカ

コロナ危機と旅行・観光市場の消滅に加え、原油価格の記録的な下落もあり、三重苦に直面している中近東およびアフリカ地区。産油国のサウジアラビアのGDPは6%減、観光大国の南アフリカは8.5%減が見込まれる一方、エジプト(4.5%増)やケニヤ(1.7%増)はプラス成長を維持する見込みだ。

他地域と同様、ロックダウンが行われ、多数のフライトキャンセルがあった中近東アフリカ地域では、旅行需要がコロナ以前のレベルに戻るまで4年かかると予測。業務渡航やMICE関連は比較的、戻りが早いものの、観光目的の旅行者の戻りには時間がかかり、国内の観光需要も弱いことが回復の足カセになるとしている。

業種別に見ると、宿泊、旅行仲介業では、海外チェーンの撤退やクローズが多く、完全回復まで5~7年かかると見込むが、モバイル旅行は、コロナ危機をきっかけに大きく飛躍。2022年には、2019年レベルを突破し、2025年には倍増すると予測している。また国内旅行需要が増えることで、エアビーアンドビーなど短期レンタルサービスを手掛ける民泊には追い風が吹くとしている。

中近東アフリカ地区の旅行売上予測インデックス(出典:ユーロモニターインターナショナル)

※グラフ説明:

  • 2019年の売上を100として、以降の回復状況を予測
  • 凡例(左上から) 青色:国内旅行、オレンジ色:インバウンド、グレー:航空、黄色:宿泊、水色:アトラクション施設、緑色:旅行仲介業、紺色:オンライン旅行、紫色:モバイル旅行

詳細資料は下記から入手できる。

「コロナ後の旅行・観光業界で加速するイノベーション(Accelerating Travel Innovation After Coronavirus)」

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