新型コロナウイルス感染症によって、大きな転換期を迎えている旅行業界。インバウンド、アウトバウンドの回復が見込めないなか、2021年は当面、国内旅行の獲得が重要になる。4月からの新年度を目前に控え、注視されるのが最大手JTBの動向だ。同社が復活のカギとして推進するデジタル化で、中長期的に国内旅行商品はどう変わるのか。国内旅行の販売戦略からツーリズムプラットフォームの役割、デジタル時代の店舗のあり方までを聞いてきた。
エースJTBの添乗員同行型、名旅館シリーズは残る
JTBグループは昨年、国内旅行戦略の舵を大きく切った。
JTB国内旅行は、これまで長く「エースJTB」をはじめとする紙パンフレットの商品、「旅物語」などの新聞メディア商品が知られてきたが、2020年5月から航空機利用のオンライン販売商品「JTBダイナミックパッケージMySTYLE」を発売。10月からはJR利用商品も追加し、店頭、ウェブのチャネルを問わず空席・空室状況により代金が変動するダイナミックプライシング(価格変動)型商品へ大きくシフトした。
2020年4月から国内ツアー航空運賃は価格変動型の新個人型包括旅行運賃(新IIT運賃)が全面的に導入されており、JTB取締役常務執行役員個人事業本部長・花坂隆之氏は、「2022年にはJTB国内旅行商品全体の8割をダイナミックパッケージが占めるようになる」と推測する。
新IIT運賃導入だけではない商品改革の背景について、花坂氏は「ダイナミックパッケージへのシフトはデジタル化に紐づけられることが多いが、本質は旅行者の多様なニーズに対応するための施策。従来の大量かつ差異が分かりにくい紙パンフレットよりも、多彩な組み合わせでお客様の目的をかなえるためにデジタルを手段として使っていく」と語る。そのため、2021年4月からも、エースJTB、旅物語ともに季節感、特別感を活かした企画力が問われる添乗員同行型ツアー、名旅館シリーズの宿泊パンフレットなどは、ダイナミックパッケージと併存して残していく方針だ。
タビナカコンテンツ拡充でクオリティ高める
もっとも、従来の“あご・あし・まくら”が価格変動型になっただけでは、コロナ禍で抜本的な国内旅行喚起の起爆剤にはならない。JTBが商品のクオリティを高める最大の武器として開発を急ぐのが、「ツーリズムプラットフォーム」の構築である。
ツーリズムプラットフォームとは、デジタルを通じて旅に関わるあらゆるコンテンツを届ける仕組み。デジタルを使うこの基盤によって、発地の旅行者には優良で独自性ある商品・素材を開発・提供する一方、着地の地域には送客、マーケット情報やJTBのリソース提供で課題解決を支援する。
すでに、「JTBダイナミックパッケージMySTYLE」においても、構築中のこの仕組みを利用して地域事業者と連携したアクティビティ、着地型ツアー、観光チケットを“旅の過ごし方”として提案・販売している。さらに、今年に入り、トリップアドバイザーの事業部門で体験ツアーやアトラクションのマネージメントサービスを提供する「ボークン (BOKUN)」と提携。2021年10月から運用開始し、接続先を増やすなど段階的に機能を拡充していく方針が発表されている。
花坂氏は「これまでのJTBはタビマエで旅行商品を販売することばかりに傾注していたが、これからはタビナカの情報やコンテンツ、タビアトの旅の余韻、誕生日・記念日など日常も含めてお客様と接点を持つカスタマージャーニーの実現が不可欠となる。ダイナミックパッケージはその土台と位置づけている」と話す。
今後、タビナカの商材を数多く揃えてダイナミックパッケージと組み合わせた単品として販売するだけでなく、顧客の履歴に基づいたレコメンドやエンゲージメント、パッケージ化も計画している。また、JTBホームページと並んで認知度が高い「るるぶトラベル」については、すでに昨年10月に国内ツアーの取り扱いを終了。宿泊に特化したサイトとして展開するなか、旅行情報誌「るるぶ」ブランドの知名度を活かし、地域の観光情報を充実させていく。
デジタル化で地方店舗の飛躍も可能に
「JTBダイナミックパッケージMySTYLE」の拡充とともに、国内旅行商品を販売する店舗のあり方も大きく変わりそうだ。
これまでのJTBの販売チャネルは、店頭、コールセンター、ウェブでそれぞれ完結していたが、今後はスマートデバイス起点でのOMOへの移行を目指す。OMOとは「Online Merges with Offline(オンライン・マージ・ウィズ・オフライン)」の略称である。
具体的には、スマホやパソコンからJTBグループにアクセスしてもらい、必要に応じて実際の店舗のスタッフが接客するイメージだ。すでに、「JTBダイナミックパッケージMySTYLE」販売システムの検索機能も、食事の「ボリューム控え目」、「アレルギー指定可能」など細分化するニーズに対応できるよう改良が進められているが、それ以上のヒューマンタッチなサービスを求める旅行者に応える。
「リアルとバーチャルの強みを活かすのがJTB流のOMO。デジタルがリアルに取って代わるのではなく、旅のプロである人の力を活かすためにデジタルの力を借りると考えている」(花坂氏)。
また、JTBは2020年6月からウエディングプラザ、8月から一部モデル店舗で、パソコンやスマホ、タブレットを利用した「オンライン相談」を開始し、今年3月からは全国の店舗に拡大。当初は新型コロナ感染防止の観点から導入した施策だったが、非接触にかかわらず、新たなニーズが生まれている。
これまでは自宅や勤務先の最寄り店舗が選択されていたが、最近は「北海道に行くから地元ならではのグルメや観光情報を聞きたい」などと、ビデオ会議システム のTeamsを活用して、日本全国から「旅の目的地」店舗をわざわざ選んで予約するケースが増えたという。
奇しくもコロナ禍で旅行者との接点が広がったともいえるが、今後、海外旅行も含めると、ハワイスペシャリスト、ウェディングコンサルタントといった高い専門知識と資格を有するスタッフを指名するケースも増えると考えられるだろう。花坂氏は、「これまでは人口が減少する地域の店舗は縮小せざるを得なかったが、デジタルを使えば地元ならではの視点、スタッフ自身の専門性を活かして大都市圏のマーケットも狙いにいける。コロナ禍で新たな気づきを得た」と力を込める。
今なお、新型コロナウイルス変異株の影響もあって、短期的な国内旅行需要需要喚起策である政府の「GoToトラベル」事業再開の見通しも立っていない。ただ、未来型の国内旅行販売復活に向けて、着々と足元を固めるガリバーの方向性が、将来的に大きな変化をもたらすことは間違いないだろう。