米国の有力旅行誌「トラベル+レジャー」誌は、買収後の新体制でどこに向かうのか? 新社長が語る「これまでとこれから」【外電】

2021年1月に発足した新会社「トラベル+レジャー・カンパニー」。新体制下で、オンライン予約サービスやサブスク型旅行事業などを展開するトラベル+レジャー・グループを率いることになったノア・ブロドスキー社長にとっても、大きなマイルストーンだ。

同社は、ウィンダム・デスティネーションズ社が米国で老舗の旅行雑誌「トラベル+レジャー(Travel + Leisure)」ブランドを1億ドルで買収して誕生。既存のメディア事業や会員制クラブ、タイムシェアに加えて、新たにOTA「ブックT&L(BookTand L)」なども展開する複数事業グループとなった。

トラベル+レジャー・グループ社長兼最高ブランド責任者 ノア・ブロドスキー社長(フォーカスワイヤより引用)20年ほど前、大学を卒業したブロドスキー氏の最初の職は、ハワイ・マウイ島フォーシーズンズホテルのレストラン・マネジャー。その後、スターウッドやウィンダム・ホテル・グループで様々な職務を務めてきた。8カ月と短い期間だったが、2013年、まだニューヨークの小さなスタートアップだったWeWork(ウィーワーク)にも勤務している。

オペレーションの現場からビジネス戦略まで、幅広い立場を経験してきたことは、トラベル+レジャー(T+L)の新戦略を練る上でも役立っているとブロドスキー氏は話す。

このほどフォーカスワイヤとモジオ(Mozio)による共同インタビュー企画に登場した同氏が、これまでの自身の歩み、そしてこれからについて語った。

老舗メディアの買収で、まず考えたことは?

ブロドスキー氏にとって、忘れられない原体験は、ミズーリ州セントルイスに住んでいた4歳の時、家族で出かけたディズニーワールドへのドライブ旅行。「あの時の感動を再現すること、素晴らしいバケーションを楽しんでもらうことを常に追求してきた」と振り返る。

少年時代からよく図書館で、ナショナルジオグラフィック、T+L、コンデナスタ・トラベルなどのバックナンバーを読んでアメリカや世界各地への旅を夢想していた。観光・旅行業界にあこがれてコーネル大学ホテルスクールを卒業。就職ではNYの老舗ホテル、ウォルドルフ・アストリアかフォーシーズンズかで迷ったが、決め手となったのは、フォーシーズンズが勤務地について、当時、同氏が行ってみたいと憧れていたハワイを確約してくれたことだった。

マウイ島やコスタリカなど各地のホテル現場で、新規オープニングを含む様々な経験を積んだ後、経営を学ぶために今度はビジネススクールへ。その後、スターウッドホテルズ、ウィーワークを経て、現ウィンダム・デスティネーションズに入社、今に至る。この間、T+L誌は常に身近にあり、そのブランド価値は熟知していた。

T+L誌の買収にあたり、まず考えたことは、これまで築いてきた媒体としての信頼性やブランド価値を損なわないように、編集権の独立を担保すること。これまで同様、米出版大手のメレディス・コーポレーションが同誌を担当することで両社は合意し、30年間のライセンス契約を締結。同じ編集・営業チームが存続し、契約期間も延長可能とした。

直販型の旅行サービスなど、新しい可能性

ブロドスキー氏は昔も今も、ホスピタリティー産業こそが、自身の居場所だと確信している。「正直なところ、雑誌ビジネスはメレディスに任せた方がずっとうまくいく。我々がやりたいのはT+Lブランドを活用した派生ビジネスの展開だ」。ブランド権利および雑誌やサイトで発行済みコンテンツはT+Lカンパニーに帰属するが、発行前の編集内容には一切、干渉しない。

ブロドスキー氏らが検討した買収候補ブランドは50以上あったが、T+Lは米国で90%以上の知名度があり、紙媒体も世界12カ国で印刷されていること、読者からの信頼性が高いことが決め手になった。「歴史ある旅行媒体で、長年かけて蓄積した膨大なバックナンバーのコンテンツもある。プレステージとしても申し分ない」(同氏)。

これに対し、ウィンダム・デスティネーションズ側は、会員に喜んでもらえる価値を提供し、会員数を増やすことで実績がある。取扱うマーケットも幅広く、富裕層向けの数十万ドルのタイムシェアから、手軽な価格で利用できる会員制クラブまで。「両社が手を組むことで、これまでにない直販型の旅行サービスなど、新しい可能性が拡がる」とブロドスキー氏は意欲的。T+Lの平均的な読者は、年に8回もバケーションに出かけており、旅行に関心の高い有望マーケットであることにも期待している。

本丸はサブスク型事業、欠かせない良質コンテンツ

すでにデモ版が公開されているのが、新しい予約プラットフォーム、BookTandL(BTL)だ。T+Lの旅行関連記事を読んでインスピレーションを得たり、情報収集できるのに加え、ホテルやフライトの予約・検索機能も搭載される予定。「記事を読んだら、そのままシームレスに予約へと続くような流れになるテクノロジーを今、開発中だ。旅行記事に出てきた旅程をキュレーションし、具体的に予約できる形にして提案する」。

だが新体制が手掛ける事業の本丸は、今夏に登場するサブスク型のT+Lクラブ事業となるようだ。会費は、月10ドル程度。サプライヤーの協力を得て、会員限定の特典やサービス、割引を用意する。

コンテンツを楽しんではいるが、まだ予約や購買には至らないユーザー、いわゆるファネルの上流での顧客の争奪戦は、昨今、競争が激化している。トラベル分野では、トリップアドバイザーによる会員制サブスク事業「トリップアドバイザー・プラス」が記憶に新しい。

ブロドスキー氏は「当社にとっても、そうした顧客にアプローチするのは新しい挑戦ではあるが、サブスク事業成功に欠かせないのは、どこの業界も同じで、コンテンツとバリューの2つ。充実したコンテンツは、まだファネルの上流で、インスピレーションを探している段階の顧客をつかむために欠かせない。一方、購買意欲を誘うには、バリューが欠かせないが、これはもともと我々の得意とするところ」。T+Lという旅行コンテンツ事業を獲得したことで、両輪が揃ったという訳だ。

またトリップアドバイザー・プラスとの最大の違いは「コンテンツが、一般人からの投稿か、エキスパートによる編集記事かという点」と同氏は指摘する。2000年代以降、誰もがブロガーになり、情報を発信できるようになる一方で、玉石混合なコンテンツがあふれた反動もあり、プロによる情報への回帰が起きていると見る。

「単純に、月10ドルの会費分を上回る割引がある、といったことだけではなく、継続的に、価値ある情報を届けることがカギ」と同氏は考えている。「例えば6部屋しかないが、最高に格好いいロッジとか、テーブルが10しかないお勧めレストランなどに関するアクセス情報や予約の確保など」と、アイデアは尽きない。

クールで本物志向の体験、幅広いバリューを提案

さらに、これまで雑誌メディアとしては難しかったが、雑誌とは別の会員組織として運営することで、記事内容に関連した特別オファーをサプライヤーから提供してもらい、サブスク会員向けに直販するなど、様々なアイデアを検討している。またT+Lでもこれまでに2つの会員組織を運営してきたノウハウがあり、6万人のメンバーは、大半が10年以上の長期会員となっている。

「クレジットカードでよくある会員向け優待といえば、アーリーチェックインや無料の朝食などだが、対象となっているのは大都市の大型ホテルが多く、昨今の観光旅行の理想形とはちょっと違う。我々が考えているバリューとは、クールでオーセンティック、憧れていた体験を実現できること。T+Lの記事は、バックパッカー旅行やバジェット旅行から5つ星ホテル滞在まで幅広い。様々なバリューが提案できると思う」(同氏)。

また、T+Lのコンテンツを活かしたトラベル分野でのライセンスビジネスも視野に入れている。雑誌「ベターホームズ&ガーデンズ」など、複数の人気媒体を手掛けるメレディス社は、実はライセンサーとしては、ディズニーに次いで、世界第2位の規模を誇る。ただ、T+Lについては、こうした展開はまだ未着手のままだった。「その分、ライセンス事業で開拓できる潜在的なマーケットはまだ大きく、旅行関連グッズなど商品についても様々な可能性があると考えている」(ブロドスキー氏)。中国でのライセンス事業など、グローバル展開も視野に入れていく。

※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事とインタビュー動画を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

オリジナル記事:How I Got Here, episode 63 - Noah Brodsky of Travel + Leisure

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