エクスペディアやブッキング・ドットコムなど大手OTAを超えて、北米で人気急上昇中の旅行アプリが「ホッパー(Hopper)」だ。カナダのモントリオールと米ボストンを本拠地とし、創業は2015年。最大の武器は、日々、変動する航空券価格の動きを、95%の精度で予測するテクノロジーで、ユーザーはいつが購入のベストタイミングか分かる。
この機能をベースに、2019年から提供開始した「プライス・フリーズ(価格を凍結)」は、価格を一定期間、そのまま“凍結”し、決済を後回しにできるというもの。凍結している間に価格が上昇したら、その差額はホッパーが負担。値下がりすれば、そのまま安くなった価格が適用される。凍結する際には、数十ドルのデポジットが必要だが、その後、チケットを購入すれば、この分は合計価格から差し引く。こうした旅行に関連したお金の流れにまつわるサービスを、ホッパーでは「トラベル・フィンテック」と呼び、B2B展開にも着手している。
ホッパーの創業者兼CEO(最高経営責任者)、フレデリック・ラロンダ氏が、スキフトのデニス・シャール編集主幹に語った同社の目指す未来とは――? スキフト・グローバル・フォーラム2021「スーパーアプリとモバイルの未来」でのトークをまとめた。
ホッパーがスタートしたのは、実際に同社の旅行アプリが世の中に登場するより数年前の2007年。航空券の価格変動を予測するために、GDSのデータを集めるところからスタートした。ラロンダ氏は「航空券に関するサービスなど、出尽くしていると思うかもしれないが、旅行を計画する時、いつ予約・購入するのがベストなタイミングか迷っている人がたくさんいた。この悩みを解決したのがホッパー」と話す。
当時、OTAではなく、アプリのみで旅行ビジネスをスタートするのは異例だったが、現在、ホッパーのダウンロード数は旅行系では大手OTAを抜き最多、ユーザー数は約7000万人。ミレニアルやZ世代の若者が圧倒的な支持層となっている。航空券やホテル販売では、ほとんど利益は出ていなかったが、2019年に登場したプライス・フリーズによって、ビジネスは急拡大。「現在、ホッパーの売上の70%は航空券やホテルのプライス・フリーズなど、決済関連サービスの商品が占めている」とラロンダ氏は説明する。
旅行マーケットが回復の兆しを見せるなか、同社が今春から本腰を入れているのが、B2B展開する新事業「ホッパークラウド」だ。これまでアプリ経由で消費者に提供していた各種プロダクトを、B2Bで他社に提供するもの。その第一弾として、ホッパーに出資するカナダの金融会社、キャピタルワンのクレジットカード会員向け旅行サイトと契約したほか、アマデウスとの提携も進んでおり、同社経由でホッパーの各種サービスが航空会社やOTA、メタサーチなどでも導入されるかもしれない。
プライス・フリーズが支持された様々な理由
ラロンダ氏は「利益を生み出す方法は2つだけ。(複数のものを)まとめるか、(まとめてあるものを)バラバラにするか。誰の言葉だったか忘れてしまったのだが」と話す。ホッパーの代名詞となった「プライス・フリーズ」も、膨大な数をまとめて扱うことでリスク分散が可能になった。
ホッパーによる価格予測の的中率は95%と高いものの、いつも連戦連勝とはいかない。残りの5%については、顧客からの信用を失うことになる。そこでこの5%のリスクを一部の人だけが被るのではなく、ユーザー全体に振り分けられないかと考えたのが発端だった。「例えば、全員が5ドルを負担し、予測がはずれた人に、これを回す。保険などと同じ手法だ」(ラロンダ氏)。
「それから立場によって理由は様々だが、航空券やホテルのイールドマネジメントの手間から解放されたいと思っている人が多いことも分かった。ただ、サプライヤー側にとっては必要不可欠なもの。そこに、ホッパーが介在する意味がある」(同氏)と考えている。
ホッパーが販売した航空券は、4件中1件が一度、凍結されたもの。これはホテルのプライス・フリーズでもほぼ同様となっている。「旅行業に以前はなかった新しい商品を創り出した」とラロンダ氏は自負している。
数百ドルの支払いが生じる旅行販売では、「後払い」方式がシンプルにありがたい、との声もあるという。ホッパーの調査によると、プライス・フリーズ利用者の3人に1人は、一時的な残高不足を理由に挙げた。「今すぐ全額は払えない。給与振り込みを待っているところ」「前金として利用」など。しかも、そのチケットを予約するかどうかの最終決定も、先延ばしできる。一方、ホッパー側は、数十ドルの凍結デポジットで顧客を引き留めることができる。この凍結方式が、「将来的には旅行決済のスタンダードになる可能性さえある」とラロンダ氏は自信を見せる。
だがB2B展開に乗りだせば、苦労して開発した自社の武器を、競合相手も使えるようになる。それでも構わないのだろうか?
ラロンダ氏の現状分析はこうだ。「旅行市場の全体規模は、パンデミックからの完全回復後には2兆ドル(約228兆円)程度と予測されるが、このうちOTAの市場規模は最大4000億ドル(約45.6兆円)程度。ここで今は、ブッキングやエクスペディアから、言い方は少々下品だが、顧客を奪っている。レジャー市場では、航空券の値段が2ドル違うと顧客が反応する」(同氏)。
それよりも、もっとマーケット全体に目を転じて、「より安く、便利に予約できるホッパーの各種機能を、(流通チャネルに関係なく)あらゆる旅行者に提供できないかと考えている。例えば、アメリカン航空のサイトで予約したい人がいるなら、そこでホッパーの機能が使えるようにできないか?と」。ホッパークラウド事業(B2B)は、「12カ月以内に、既存のホッパー・アプリと同じ規模になるか、それ以上になる」(同氏)。
目指すのは北米発スーパーアプリ
ラロンダ氏が今、最も注目しているのは、中国や東南アジアを席捲する「スーパーアプリ」の存在だ。「欧米にはなじまないとの意見もあるが、それは古い世代の考えだ。消費者の行動パターンは、アジアの方が一歩先を進んでいるし、欧米でもティーンエイジャーが携帯電話を使ってやっていることは、もはや古い世代とは別世界だ」。ホッパーの中心客層であるミレニアルズやZ世代は、むしろ南米やアジアに近いとの見方だ。
ホッパーでは、アプリユーザー数が1700万人に達して以降、「もう8年ほど、グーグルには1ドルも払っていない。グーグルはアプリのエコシステムにおいて重要ではないから。こうした延長線上にあるのが、欧米でも旅行のスーパーアプリが台頭してくるという私の持論だ。もちろん、そのスーパーアプリがグーグルなど既存の大手、アマゾン、アリババ、フェイスブック傘下にある可能性は否定しない。アプリでのコマースが出現し、そこに君臨するスーパーアプリ。それが我々の目指しているところだ」。
アプリ・コマースの一例として、ラロンダ氏は中国最大のECプラットフォームアプリ、「拼多多(Pinduoduoピンデュオデュオ)」を挙げる。売上50億ドル(約5700億円)を突破するまでにかかった時間はアリババやバイトダンスを抜き、過去最速。現在は上場しており、市場価値は1000億ドル(約11.4兆円)。月間アクティブユーザー数は7億5000万人で、フライトやホテル販売も始めている。
拼多多について、ラロンダ氏は「価格を比較したり、お買い得商品を探したりするのが苦痛にならないよう、ゲームやライブ・ストリーミングなど面白いこと、楽しめる要素を盛り込んで顧客エンゲージメントを高め、さらにプレゼントもあれこれ用意するというやり方だ。例えば、たまごっちのような“育てる”ゲームで、木に水をやり続けると、一週間後には無料で果物がもらえたり、友人を“招待”し、隣で一緒に携帯端末を振ると、予約に使えるクレジットが付与されたり」。購入まで至らなくても、何かしらのエンゲージメントやアプリ利用があったユーザーに、実質的なキャッシュバックがあるところも、欧米系との大きな違いだ。
「欧米系OTAが顧客一人を獲得するのに投じている20~50ドルは、グーグルやフェイスブックやスナップチャットが受け取っている。それも悪くはないが、その分をアプリのユーザーに直接、戻すという方法もあるということだ」(ラロンダ氏)。
ホッパーのデジタルマーケティング予算は、年間1億ドル(約114億円)超だが、「その倍ほどをアプリ内に還元している。最終的にはマーケティング予算をゼロにするのが目標だ。顧客の動きをしっかり掴んでいないと、これから先、予算を投じる先を間違えることになる」と同氏は指摘する。
最近、ホッパーが行った顧客調査からは、アプリユーザーの70%が旅費専用の口座を作っており、ここにお金を貯めていることが分かった。ちなみにホッパーのユーザーはレジャー目的の旅行者が大多数を占めている。そこで今、検討しているのは使い勝手の良いウォレット機能をアプリ内に構築すること。「インドや東南アジアのアプリにも、秀逸なウォレット機能は登場しているが、米系はこの点でも遅れている」。
最後に、来年のIPOの予定を問われたラロンダ氏は「全くない。プライベートカンパニー最高!」と即答。プロダクト開発などで、常に大胆にリスクを取ることができたのは、ホッパーが上場に伴う諸規則に縛られなかったからとの考えで、引き続き、同じ姿勢を貫く意気込みを見せた。
※ドル円換算は1ドル114円でトラベルボイス編集部が算出
※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Full Video: Hopper CEO Frederic Lalonde at Skift Global Forum 2021