マウンテンリゾートとして通年集客に取り組む長野県の「白馬岩岳マウンテンリゾート」。グリーンシーズン(4月~11月)で着々と進めてきた仕掛けの成果も現れてきた。コロナ禍でも、密が避けられるアウトドアレジャーとして、県内や近隣県からの来場者を中心に人気を集めている。冬のスキーに頼らない持続可能なリゾートづくりの現状について、岩岳リゾート社長の和田寛氏に聞いてみた。
数字に表れる仕掛けの成果
2021年グリーンシーズンの白馬岩岳マウンテンリゾートへの来場者は、コロナ前の2019年比103%の約13万4000人となり、グリーンシーズンとしては過去最多を記録した。2017年のグリーンシーズン来場者は、ウインターシーズン(12月~3月)の10万人に対して2万9000人ほどだったが、2018年は6万人、2019年には12万5000人となり、初めてウインターシーズンを逆転。2020年はコロナ禍や雪不足という影響はあったが、グリーンシーズン来場者はウインターシーズンのほぼ倍の9万9000人となり、2021年さらにその数を伸ばした。
和田氏は「緊急事態宣言などで、全体として苦しい事業環境は変わらなかったが、7月の連休、9月、10月は来場者が増え、11月中旬の紅葉シーズン終了まで客足は途絶えなかった。手を抜かず、さまざまな仕掛けを行ったきた成果が現れている」と2021年を振り返り、2018年に絶景テラス&カフェ「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR (⽩⾺マウンテンハーバー)」を開業して以降、「グリーンシーズンの来場者は着実に増えている」と自信を示す。
岩岳リゾートでは、2020年夏に絶景⼤型ブランコ「ヤッホー!スウィング presented by にゃんこ⼤戦争」を新設し、昨夏には⼭を駆け降りる「Mountaincart (マウンテンカート)」の提供を始めるなど、夏への投資を強化。11月には、新展望エリア「白馬ヒトトキノモリ」をプレオープンした。
「明らかにリピーターが増えてきた。キャンプやゴルフなど屋外での遊びが好調だと言われているなか、基本的に密になりにくい環境は受け入れやすかったのではないか」と和田氏。コロナ禍では、長野県内のほか、新潟、富山、石川、静岡、山梨など近隣県からの来場者が多かったという。
来場者数が増えたことで、グリーンシーズンでの収入も増加。さらに、2021年の来場者単価は2018年比で1割強伸びたという。岩岳リゾートでは、HAKUBA MOUNTAIN HARBORに人気ベーカリー「THE CITY BAKERY」を併設していることから、料飲収入が安定的に増加。アクティビティが増えたことで、その利用料収入も増えた。
ウインターシーズンの集客と宿泊という課題
一方で、課題もある。そのひとつが、ウインターシーズンの集客。国内スキー人口の減少が続き、積雪という不安定要素を毎年抱えながら、どのように集客を強化していくのか。その答えのひとつがノンスキーヤーの誘客だ。和田氏は「国内スキー需要の劇的な回復は難しいのが現実。それとは異なるセグメントに冬に来てもらう取り組みが必要」と話す。
岩岳リゾートでは、山頂エリアで新たに「岩岳ホワイトパーク」というエリアを展開。ここ2年でその成果も出始め、ノンスキーヤーの来場者数は、2018年シーズンの3400人から2019年シーズン4800人、昨シーズンは全来場者数6万6000人中7100人に増加し、10%強がノンスキーヤーとなった。
この背景について、和田氏は、コロナ禍で冬でもアウトドアが好まれていることに加えて、「グリーンシーズンでの取り組みが、ウインターシーズンでの集客にいい効果を生み出している」と分析する。グリーンシーズンで岩岳の魅力を知った旅行者が、ノンスキーヤーでも冬にリピートするサイクルができつつあるようだ。
一方で、岩岳リゾートはベースタウンである新⽥地区・切久保地区で古民家を改修してレストラン「庄屋丸八ダイニング」と宿泊施設「旅籠丸八」も営業しているが、その利用が伸びていない。理由のひとつは県内や近隣県からの日帰り客が多かったこと。そして、最大の理由はインバウンドがほぼ皆無になったことだ。
コロナ禍では、白馬に来訪する目的は、岩岳でのアクティビティやスノーピークの体験型複合施設「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」が多いが、宿泊するにしてもホテルが選ばれるケースが多く、旅籠丸八を含めて旅館や民宿への波及効果はまだ大きく出ているとは感じていないという。
「宿泊者を増やしていくための仕掛けを作ってくのが、来年度以降の課題になる」と和田氏。そのためには夜と朝のイベントを企画する必要があるとの考えを示し、そのひとつとして、岩岳エリアでの宿泊者には、翌朝、通常営業時間前に「ヤッホー!スウィング」を体験できる特典をつける取り組みを昨年から開始している。
岩岳リゾートが目指すオールシーズンでの集客。それは、同社の持続可能な経営だけでなく、新しいパートナーを呼び込むうえでも重要なことになる。和田氏は「苦しい状況だが、コスト削減ばかりしていても仕方がない。コロナ禍でオペレーションをゼロベースで見直し、稼げる体制を整えた。次の投資ができる体制を作ることは非常に大切なこと」と強調する。
価値に見合う価格でサステナブルな地域経済を
岩岳リゾートでは、3年ほど前から環境に配慮した運営を始めており、国内で最も先進的な「サステナブルリゾート」としての地位の確立を目指している。自然エネルギー由来の電気への切り替え、レストランの地産地消、包材のプラステイックフリー化、再生材を活用したリニューアルなど取り組みはさまざまだ。
例えば、2021年11月には一部のリフトや施設を中部電力のCO2フリーメニューに切り替え、今後さらに拡大していく。また、2023年までには、レストハウスやゴンドラ施設の照明を全てLED化し、照明での電力使用量の30%削減を目指す。
和田氏「究極的には、白馬のリゾート全体を地元で作ったエネルギーで回していければ。そのなかで岩岳がフロントランナーになりたい」と意気込みを示す。
また、持続可能な地域づくりにも注力しているところ。リゾート自体がコミュニティの経済的なハブとなり、そこに旅行者を呼び込むことで地域経済が回る仕組みの構築を目指す。和田氏は「大切なのは、環境と経済のサステナビリティ。白馬全体がそういったブランドとして認知されるようにしていく必要がある」と話す。
人口減少が続くなか、使われなくなる建物や空き家も必然的に増えてくるが、それは観光地としての外部不経済になってしまう。岩岳リゾートでは、今あるものをしっかり利活用するという考え方で、その外部不経済を外部経済化。そのひとつの答えが「庄屋丸八ダイニング」や「旅籠丸八」だ。
和田氏は、廃墟となってしまった建物や廃業して使われなくなる建物を積極的に自然に戻し、景観を良化させるエリアとしての努力、いわば「きれいなダウンサイジング」も有効だとする。そのためには「エリアマネージメントと地域の主体が稼げるようになることが非常に大事」と続けた。
稼ぐためには、集客力も、開発への投資も、外部とのパートナーシップも重要だが、和田氏は価値に見合う価格で勝負することの大切さも力説する。「コロナ前から旅行業界やスキー場は値下げ競争を繰り広げた。これでは何も生まれない。差別化ないまま、客を呼び込むためだけの値下げは思考停止と同じ」と手厳しい。
新しい価値にお金を払うのは値上げではない。岩岳リゾートでは、コロナ以前、インバウンド向けに「Hakuba S-Class」というVIPプログラムを販売していた。混雑時のゴンドラリフト優先乗車、優先駐車場、ピークとメイトの2つのラウンジ利用、丸八ラウンジ利用などの特典を付加してパッケージ化。通常のリフト券の倍ほどの値段だが、それでも毎年販売枚数が増加しているという。
「価値が変わらないのに、価格だけみんなで下げ合っている構造は、業界の死を招くだけ。本質的にやらなければいけないことは、自分たちの価値を高めること」。
岩岳リゾートは、ウインターシーズン、グリーンシーズンの双方で価値を高めることで、白馬エリア全体が世界トップ10に入るオールシーズン・マウンテンリゾートを目指すために必要なモデルケースを作ろうとしている。
トラベルジャーナリスト 山田友樹