ポストコロナ期における観光回復のけん引役として、注目が集まっているセグメントの一つがラグジュアリー旅行だ。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、2019年の時点でマーケット規模は9460億ドル(約122兆9800億円)、2027年には1兆2000億ドル(約131兆2000億円)まで拡大すると予測されていた。渡航規制が解除された国々では、リベンジ旅行が急加速しているが、富裕層が求める旅には、どのような変化が起きているのか?
WTTC年次総会のパネルディスカッション「ラグジュアリー2.0」から、富裕層旅行を扱う世界の旅行関係者の見解を探ってみた。
パネリスト
- デジレ・ボリエール氏(バリューリテール・マネジメント会長、バリューリテール社グローバルチーフマーチャント、ビスタ・コレクション創設・運営者)
- キース・バー氏(インターコンチネンタル・ホテルグループCEO)
- キャロリン・ベテタ氏(カリフォルニア州観光局プレジデント兼CEO)
- マシュー・アップチャーチ氏(バーチュオーソ社長兼CEO)
日本ではまだ、観光目的のインバウンド旅行者の受け入れ再開は進んでいない。だが、世界各地では、富裕層の旅行需要は旺盛な復活ぶりを見せている。
インターコンチネンタル・ホテルグループCEOのキース・バー氏は、ラグジュアリー旅行の回復ペースについて「驚愕の勢い。特にトップエンドのリゾートでは、宿泊料金も売上も急上昇中だ」と話す。毎年、2~3回出かけていた旅行が2年間に渡りキャンセルとなった反動で、「値段はいくらでも構わないが、オーダーメイド型のサービスを」とった要望が特徴という。
「同様に、ホテルやリゾート、レジデンスの新規開発案件も増えている。まだ国境を完全にオープンしていない地域は別だが、オープンしたところは需要が急回復している」(同氏)。
ブランド品のアウトレット・ビレッジを欧州・中国の11拠点で展開するバリューリテール・マネジメント会長のデジレ・ボリエール氏も「トンネルの出口はもう見えている。中近東マーケットは、予想を上回る回復ペース。南米市場も2桁増だ。全般的に、若年層の旅行意欲が旺盛だ。ただ、旅行者が求めるサービスやクオリティは、以前より要求レベルが上がっている。2年間がんばった自分にすばらしい御褒美を、という旅行者が多い」。
カリフォルニア州観光局プレジデント兼CEO、キャロリン・ベテタ氏によると、同州でもナパやサンタバーバラなど、富裕層に人気の地域では、すでにあらゆる数字が2019年を超える盛況ぶりだ。
こうした旅行マーケットの急激な回復を支える要因として、米国ラグジュアリー旅行専門の最大ネットワーク組織体Virtuoso(バーチュオーソ)社長兼CEO、マシュー・アップチャーチ氏は「コロナ以前から始まっていたことだが、まず若年層から高齢者まで、すべての世代が旅行する時代になったこと。80歳になっても健康で、旅行意欲を失っていない人がたくさんいる。また若い世代を中心に、モノよりコト、体験に消費する傾向に拍車がかかっている」と指摘。コロナ危機下で旅行産業は壊滅状態だったが、株式や不動産価格は上昇を続け、富裕層の蓄財が進んだことも理由に挙げた。
また同氏は、ラグジュアリー旅行に注目すべき理由として「マーケット全体に占める比率は微小だが、彼らはいわばオピニオンリーダーだからだ」。富裕層の旅行体験は、他の旅行者の憧れとなり、影響力が大きいため、受け入れデスティネーション側は注目していると話した。
富裕層旅行で起きている変化
現代のラグジュアリー旅行者は、「サイコグラフィクス(心理学的属性)がむしろバックパッカーに似ている。好奇心旺盛で、訪問先は多く、長期滞在し、消費額も多い」とアップチャーチ氏は評する。また富裕層という一つのセグメントの中でも「旅行者が期待する価値はそれぞれ微妙に異なっており、誰にでも合うフリーサイズの旅、というのが難しくなった。必ずしも富裕層ではないが、特定の体験については、誰よりもこだわるという旅行者も混在している」(同氏)。
こうした現代のラグジュアリー旅行者の具体例は、「例えばウェルネスやパーパス(存在意義)を軸として組み立てる旅。子供にグローバル市民の感覚を身に付けさせるための体験を求めている。これは、いわゆる贅沢とは違う」(同氏)。
べテタ氏は「メンタルヘルスへの関心が高くなっているので、心身を回復させるウェルビーイングな旅行を求める人も増えている。カリフォルニア観光では、農業体験や、ヘルシーかつ満足できる素晴らしい料理などへの関心高い」と話した。電気自動車を好む富裕層旅行者も多いので、ハーツやエンタープライズなどのレンタカー各社も、同州内ではテスラ車を用意している。観光局では、こうした情報を分かりやすく提供するためのポータルサイトを作成中だ。
バー氏は「ラグジュアリー」の意味するものが変わったと指摘する。「昔は、社会的地位を誇示するための消費だったが、今は、自らの信念を誇示するための消費。環境や健康などに良いものを積極的に選択することで、社会にインパクトを与えたり、未来に何かしら貢献することが重要視されている。特に若年層にとってのラグジュアリーで、こうした傾向は顕著だ。Z世代、ミレニアル世代がラグジュアリー旅行マーケットの中心になれば、パーパス・ドリブンな消費がマーケット全体の半分以上を占めるだろう」。
求められている価値や体験がどんどん多様化するなか、ラグジュアリー市場でも課題となっているのが、顧客一人一人に合ったパーソナライゼーションを効率的に実現する手法だ。
バー氏は「パーソナル化で、顧客が期待するレベルはどんどん高くなっている。他の業種で受けるサービスの影響もあり、顧客側は、もはや当たり前のことだと思っている。旅行産業はデータやアナリティクス活用をもっと進化させて、利用履歴や好みを把握した上で、相手に合いそうな体験を提案するべきだろう。ITで省力化してスタッフを減らすのではなく、サービスレベルを上げるために、テクノロジーを効率的に活用する必要がある」との考えだ。
ボリエール氏は「かつてハイエンド向けのショップでは、顧客のあらゆる情報を覚えているオーナーがいて、家族や子供の誕生日、好みなどを接客・営業に活かすことが普通だった。AIが機械的に(購入品の類似品を)勧めるのではなく、それぞれの顧客に合わせたカスタマイズや接客サービスが旅行業でも必須。信頼関係を築くことができれば、その顧客が良い評判も広めてくれる」。
バーチュオーソにおけるテクノロジー導入の指針は、「できる限り日常業務を自動化」し、「例外的な状況には人間が対応できるようにする」ことだという。コモディティ化がどんどん進む世の中で、利益マージンを維持するためには、人と人とのつながりが重要だとアップチャーチ氏は考えている。
時間がかかるサービスは敬遠
「ありがたいことに、目下、頼りになる優秀なトラベルアドバイザーへの需要は急増している。富裕層にとって、資産管理の有能なアドバイザーと同じぐらい、人生において限りある自由時間をどう活かすべきか相談できるトラベルアドバイザーは必要な存在。実際に顧客の多くは、2年後、3年後、4年後までの旅行計画を考えている。1か月ほど前、2024年の「オセアニア号」世界クルーズを販売したが、なんと32分で完売した。価格は最低でも一人4万5000ドル(約585万円)だった」(アップチャーチ氏)。
バー氏も「(富裕層にとって)時間はもっとも貴重なもの」との見解で、「だからこそ、自分が求めている体験がすぐに見つからず、探すのに時間がかかると、すぐ他の所に行ってしまう」という。「フリクションレスであることが、とても大事な顧客層」とボリエール氏も同意する。
なお、衛生や安全に対する意識は、「6か月前や1年前と比較すると少し緩んでおり、コロナとの共存に慣れてきた印象を受ける」(バー氏)という。
今後のラグジュアリー旅行市場を巡る展望について、アップチャーチ氏は、人材確保と待遇の改善が最大の課題と訴えた。米国では現在、失業率が低く、旅行需要は回復しているものの、これに対応する人材確保が追い付いていない状況だ。
「旅行産業全体の課題でもあるが、優秀な人材が集まる産業へ脱却することだ。富裕層旅行者に様々な体験を提案する我々の側も、顧客に劣らず、経済的にも人間的にも豊かであるべき」と同氏。実際にバーチュオーソでは、トラベルアドバイザーとして勤務3年目で6桁(1000万円以上)収入を得ているスタッフもいるという。同時に、パーパスフルな仕事をして、社会の役に立ちたいと考えているベビーブーマー世代と、ローカル体験を求める旅行者をつなぐなど、柔軟な形で人手不足に対処するべきと話した。
※ドル円換算は1ドル130円でトラベルボイス編集部が算出