ハワイ州観光局(HTA)が展開する「マラマ・ハワイ」。ハワイの自然や文化、地元の人々の生活を次世代に継承するために、旅行者にも「マラマ(ハワイ語で思いやりの意)」の心で自然、文化、コミュニティ保護への理解を深める現地体験を訴求している。
2022年6月上旬、ホノルル市で日本の旅行会社を対象に開催された商談会「ジャパン・サミット」では、旅行会社スタッフにハワイの自然や文化について理解を深めてもらうための企画が多数用意された。レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の推進の先駆けでもあるハワイ・オアフ島の現地体験をレポートする。
※上写真はクぺエ(腕用の短いレイ)作りのワークショップで撮影。
絶景のタロイモ畑でボランティア
商談会の会場で用意されたのは、ハワイ語講座のほか、クぺエ(腕用の短いレイ)、フルクラフト(羽細工)、ラウハラ編みのブレスレッド、オヘ・カパラ(竹細工のスタンプ)を作る4種類のワークショップ。さらには、地元NPOのボランティア体験のファムツアー、さらにビショップ・ミュージアムの見学、NPO団体との商談会などが行われた。
ボランティア活動に参加したのは、日本から訪れた旅行会社スタッフとハワイ在住の旅行業界関係者。一行はワイキキから大型バス2台に分乗し、オアフ島北東の町カネオヘ向かった。事前にタロイモ畑での作業があることは知らされており、泥で汚れてもよい服装(ひざ丈のパンツ、ビーチサンダルなど)、川や珊瑚礁に害を及ぼさない日焼け止めを用意すること、熱中症対策のため水を持参することが指示されていたので、バスの中は大人の遠足のような雰囲気だった。
ワイキキからカネオヘはフリーウェイのH3を使って30分強の道のり。広大なホオマルヒア植物園、美しいサンゴ礁が広がるカネオヘ湾を擁する風光明媚な地域で、壁のように切り立った山々が、かつてそこに存在したカルデラの名残を伝えている。
この日訪ねた「パパハナクアロア(Papahana Kualoa)」は、2006年に設立されたNPO法人だ。カメハメハ・スクールが所有する63エーカーの土地の管理を任されており、この地に残る「アフプアア」の保全と継承のため様々な活動を行っている。
「アフプアア」とは、山から海を結ぶ扇形の平地を指す言葉で、古来からネイティブ・ハワイアンはこうした土地にタロイモ畑をつくり、また海辺では、川の水と海の水が混じる場所に養魚池を設けて共同生活を営んできた。昔は「アフプアア」ごとに税が徴収されたというから日本の村、集落と同じようなものだろう。自然と共存してきたハワイの人々の生活文化や価値観を伝える上でも、重要な意味を持つ土地だ。
現地到着後、同団体のローガンさんからカネオヘの土地の紹介や活動の目的などの説明を受けた。かつてこの土地はコンクリートなどの大型ごみや廃棄物が散乱し、雑草に覆われていたが、長年ボランティアの人たちと清掃や整備を続け、現在の状態に戻したという。
「アフプアアでは水が重要な意味を持っており、雨が降り山から川を伝って流れる水が、畑を潤し、海に流れる。この水系を美しく保たないと下流の地域にも悪影響を及ぼすので、自分たちの責任を自覚し、理念を持って活動を続けている」とローガンさん。
パパハナクアロアでは個人、団体を問わずボランティア活動の参加者を受け入れており、過去には最大で250人のグループも受け入れた実績がある。また、地元の子どもたちにハワイ文化を伝える活動も行っており、この日も小学生たちが我々に笑顔で「コンニチハー」と挨拶してくれた。
作業内容はタロイモ畑と小川の草むしりだった。用意されていたビニール手袋を受け取り、2班に分けてタロイモ畑と小川に移動する。まずやってきたのはタロイモ畑。なだらかな土地に畳二、三畳分くらいの小さな畑が点在し、畝を囲むように水が張られている。
当初は炎天下、しかも泥の中での作業に不安を感じたが、やってみればなかなか楽しいものだった。何より景色が素晴らしい。突き抜けるような青空と熱帯の緑を背景に、のどかなタロイモ畑が広がる様子は、古来より続くハワイの里山そのものだ。絶景に泥の感触も重なって、普通の旅では体験できない時間であることを実感させられる。
作業開始から40分ほどで班を入れ替える。
小川の作業では小型のカマが用意されていたので、こちらでも40分ほど雑草と格闘した。集めた雑草をバケツリレー方式で運び、小川で足の汚れを洗い流して作業は終了。参加した旅行会社のスタッフに感想を聞いたところ、「青空の下での作業が楽しかった。いい汗が流せた」、「新しい観光の在り方を実感させられた」、「パッケージツアーのオプションとしては難しいが、教育旅行のプログラムとしてはおもしろい」、「万人受けはしないだろうが、こうした活動に興味のある人には、非常に響く内容」、「作業の後にタロイモ料理を試食できれば、参加者により楽しんでもらえるのでは」などの声があがった。
教育旅行や報奨旅行の素材として
HTAではレスポンシブル・ツーリズム促進のため、地域の自然や文化保全のために活動する団体と旅行会社を結び、NPOのボランティア活動やワークショップなどを教育旅行や報奨旅行のCSR活動などに組み込んでもらうことを目指している。「ジャパン・サミット」ではNPOと旅行会社の商談の場も設けられたが、NPOにその声かけを行なったのが、ビショップ・ミュージアムだ。
ハワイ州最大の博物館で研究機関としての機能も備える同施設はハワイ州内のNPOとも関わりが深く、また博物館自体がハワイの歴史文化の保護、環境保全やエネルギー問題にまつわるサステナビリティに取り組んでもいる。そのため商談会はビショップミュージアムで行われ、学芸員による館内と屋外のツアーが行われたほか、同館のサステナビリティへの取り組みについてのプレゼンテーションも行なわれた。
商談会に参加したのは、ハワイ在来の樹木「オヒア(オヒアレフア)」の枯死から守るための活動を行う「O‘ahu Invasive Species Committee」、ハワイ文化やサステナビリティについて学ぶアクティビティやワークショップ、ツアーのアレンジ、湿地の整備などの活動を行う「kāko ‘o ‘Ōiwi」、ビーチの清掃を行う「Surfrider Foundation」、地元の食材を95%使いハワイの伝統食を意識したケータリングを行う「Nui Kealoha」などの団体だ。
また、ビショップミュージアムの芝生広場にブースを常設し、ビーチで回収されたプラスチックを別のものに加工するワークショップを行う「Parley for the ocean」や、同団体と連携しながらビーチクリーニングの活動を行う「Sustainable Coastlines Hawaii」の活動も紹介された。
ハワイではパンデミックを機に、HTA、行政、研究機関、観光業者、地元コミュニティなどがコミュニケーションを密にし、オーバーツーリズムを防ぎながら、今ある自然や文化、人々の生活を次世代に継承するための観光の在り方が模索されている。
ハワイ州観光局日本支局(HTJ)のミツエ・ヴァーレイ日本支局長は「HTAがレスポンシブルツーリズム、リジェネレイティブ・ツーリズム(再生型観光)に力を入れる背景には、ハワイの人々がそうしたことに理解のある観光客を求めているという背景がある。旅先でのボランティア活動は簡単には受け入れてもらえないかもしれないが、メイド・イン・ハワイのものを購入したり、食べたりすることでローカルビジネスを応援し、地産地消に貢献する方法もある。旅行者に合った方法を考えていただきたければ」と話す。
レスポンシブル・ツーリズムという言葉は、一般の旅行者にはまだ馴染みがなく、新しい観光の在り方として捉えられがちだが、かみくだけば「旅行先の地域に迷惑をかけない。そして何かひとつでも、その地域のためになることをする」ということでもある。今、その考えに賛同してくれる旅行者は、少なくないのではないだろうか。
ハワイ特派 吉田千春