今春、訪日外国人旅行者の受入れに向け、観光庁によって試験的に小規模ツアーが実施されることになり、海外からの旅行者が日本に到着しました。また、政府は2022年6月から観光目的の外国人旅行者の受入れを発表しました。長引くコロナ禍により、低迷する我が国の訪日外国人旅行者市場にとって、久しぶりの明るいニュースとなりました。
コロナ禍を経て、訪日外国人旅行者のニーズには、どのような変化があるのでしょうか。
今回は、日本より一足先に海外旅行市場が回復している海外の旅行会社で販売されている商品から、コロナ禍を経て旅行者の旅行会社へのニーズがどのように変化したかを考えてみたいと思います。(執筆:公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 活性化推進室 主任研究員 柿島あかね)
コロナ禍を経て変わる訪日旅行時のニーズ
本格的な外国人旅行者の受入にあたっては、2年に及ぶコロナ禍により、訪日外国人旅行者の嗜好が変化していることを意識する必要があるのではないでしょうか。2015年より公益財団法人日本交通公社が日本政策投資銀行と共同で継続して実施している「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」の結果から、直近の2021年10月に実施した調査(第3回新型コロナ影響度特別調査)とコロナ流行前の2019年度版の調査結果を比較すると、旅行者の意識が少しずつ変化していることがわかります。
例えば、(コロナが収束したら)次の訪日旅行は恋人・パートナーや自分の子供等よく知った行動経路が分かる人と、感染リスクが少ない野外での活動を好み、温泉なしの日本旅館やホテルの利用意向が高まっていること等、いくつかの変化を確認することができました(図1)。これは「訪日時」に限定して尋ねた質問ではありますが、こういった感染リスクを回避した旅行スタイルは、訪日旅行に限らず旅行全般における嗜好の変化と言ってもよいでしょう。
図1 データ出典:「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」(2019年度版・第3回新型コロナ影響度特別調査)より筆者作成。
※数字は新型コロナ流行前に実施した「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」(2019年版)と新型コロナ流行後に実施した同調査の第3回新型コロナ影響度特別調査を比較したもの。
海外の旅行会社が販売する海外旅行商品
さて、嗜好の変化において私が特に注目したのは旅行手配方法です。
新型コロナの流行以前の2019年までは、もともと個別手配の割合が高い欧米豪に加え、訪日リピーターが増加した東アジアでもその割合が高まっていましたが、コロナ禍が長引くにつれて、旅行会社の利用を希望する割合が徐々に増えています(図2)。
コロナ禍を経て、旅行会社の利用ニーズが高まっている背景には何があるのでしょうか。本来は消費者側のニーズをお伝えしたいところですが、今回は「パッケージツアーは消費者ニーズを反映している(Liao & Chuang 2019)」(※参考文献1) と仮定して、日本より一足先に海外旅行市場が回復している海外の旅行会社で販売されている商品から、コロナ禍を経て旅行者の旅行会社へのニーズはどう変化したかを考えてみたいと思います。
図2 データ出典:「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」(2019年度版・第1~3回新型コロナ影響度特別調査)
Withコロナの海外旅行における不安を取り除く商品と海外の旅行者の意識
まず、各国・地域及び各社目立ったのが、Withコロナの海外旅行における不安を取り除く商品です。
旅行前のサービスでは、渡航前の検査施設紹介(イギリス)、旅行中のサービスでは、帰国時に必要なPCR検査の手配(韓国)、スタッフ等の3回のワクチン接種(イギリス)、レストランの事前座席割り当て(イギリス)、ツアー参加者に対して公共の場でのマスク着用義務(イギリス)等があります。
また、韓国のハナツアー社では、旅行前には、安全チェックリストの提供(診断は旅行者自身で行う)現地の様子に関する事前情報提供、旅行中には消毒の徹底や人数制限、防疫基準をクリアしたホテルの利用だけではなく、緊急で医療機関を受診する際のサポート(24時間体制の医療助言、医療施設の案内や診療予約、緊急通訳サービス等)、旅行者の保険保証範囲を1億ウォンから3億ウォンにアップグレード、旅行後には、保険申請や払戻処理の支援等、フルパッケージで、海外旅行に対する不安をサポートするサービスが登場しています。
こうした商品が販売される背景には、旅行者の新型コロナの感染リスクに対する不安が67%(調査対象12地域)と、依然として高いことが挙げられます。また、不安は地域によっても大きく異なります。アジアでは74%が不安を抱いているのに対し、欧米豪では54%と、その差は20ポイントに及びます(図3)。アジアの中でもとりわけ東アジア各国・地域では感染不安が強く、韓国の旅行会社で販売されているような旅行商品が登場したのも頷けます。こうした旅行者の不安を反映して、訪日旅行市場の回復期においては、アジア市場を中心にWithコロナの海外旅行における不安を取り除くサービスや商品の需要が高まるものではないでしょうか。
図3 データ出典:「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」(第1~3回新型コロナ影響度特別調査)
サステナブル関連商品と海外の旅行者の意識
Withコロナの海外旅行における不安を取り除く商品と同様に目立つのが、サステナブル関連の旅行商品です。近年、「SDGs」や「サステナブル」等の単語が私たちの日常生活に急速に浸透しました。新型コロナの流行は、個人の小さな行動が、社会に大きな影響を及ぼすことを実感する機会にもなりました。地球で起きている環境問題や社会問題を、他人ごとではなく自分ごとと捉える価値観が広がったことも影響しているのかもしれません。また、こうした意識は、旅行においても例外ではありません。
特にこうした意識が強いとされる欧米の旅行会社では、自社として「サステナブル」をどう捉え、会社としてどう向き合うのか意志表示し、旅行商品を販売する例が多く見られます。
フランスの旅行会社では、自社で販売した旅行商品が排出するCO2を埋め合わせるため、世界各地での森林再生プロジェクトを通じて、大気中のCO2吸収量を増やすことにより、カーボンニュートラルを実現していることをアピールしています。
また、オーストラリアに本社を持ち、世界各国に支店を持つFLIGHT CENTRE社では、「コロナ後に責任を持って旅行する10の方法」として、自然、文化、地域コミュニティの持続可能性を意識し、責任ある旅行者として期待される行動が明記されています。例えば、「10の方法」の中には「野生動物との交流を慎重に選択する」という項目があり、野生動物との交流にあたっては、野生動物の保護プロジェクトへの参加や、野生動物の保全を行うホテルへの宿泊等が例示されています。FLIGHT CENTRE社では、「10の方法」を実現できる旅行商品として、タイでの野生動物体験として一般的だった象乗り体験に代わって、象乗りに従事して負傷している象や、病気等で働くことができなくなった象を保護している施設で、象への餌づくり、餌やり、水浴び等をサポートするプログラム等が紹介されています。
このように、欧米豪ではサステナブル関連の旅行商品が数多く販売されていますが、旅行者のサステナブルツーリズムに対する意識は世代別にも異なります。(図4)は海外旅行の訪問先や宿泊施設を検討する際のサステナブルな取組の重視度を年代別集計したものですが、若年層ほど海外旅行先や宿泊施設を選択する際のサステナブルな取組の実施を重視していることがわかります。
Z世代やミレニアル世代とも呼ばれる今後旅行市場をけん引する層を誘客する際には、特にサステナブルであることを意識した商品造成やプロモーションが必要となるでしょう。
実際に18歳~35歳までの若年層を対象とした旅行会社contiki社では、2022年1月より販売される全ての商品がカーボンニュートラルに対応していること、これを実現するための目標や行動計画をまとめ、ホームページ上で公表しています 。また、contiki社では、観光が負の影響だけでなくコミュニティに利益をもたらすことを目指してPeople、Planet、Wildlifeの3テーマから旅行商品を造成しています。例えば、ニュージーランドのウェリントンでのホームレスを対象にした夜食提供ボランティア、アイスランドでの植林体験、シドニーのボンダイビーチでのゴミ拾い活動等がプログラムとして提供されています。
図4 データ出典:「DBJ・JTBFアジア欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」(第1~3回新型コロナ影響度特別調査)
※世代区分についてはZ世代(20~24歳)、ミレニアル(25~39歳)、X世代(40~54歳)、ベビーブーマー(55歳以上)
新型コロナの流行を経て変化した旅行会社への期待
コロナ流行以前の2019年までは、国内旅行市場だけでなく、インバウンド市場も訪日リピーターの増加等に伴い、成熟化傾向にありました。旅行者が旅行会社の商品を希望する理由の上位3位は、「安心して楽しめる」「効率的に楽しめる」「旅行費用が安く済む」となっており、旅慣れた訪日外国人旅行者たちは、旅行会社を頼らずともこれらを実現し、個別手配化が進展しました。しかし、新型コロナの流行に伴い、旅行市場はいったんのリセットを余儀なくされました。
この間、人々の価値観や旅行に求める価値は大きく変化し、今回紹介したようなカーボンニュートラルや動物保護への理解を深めるプログラム等、個別手配では実現できない旅行も増え、旅行会社ならではの仕入れ、企画、コーディネート等への期待は高まるものと考えられます。また、昨今、国境が開かれつつある状況ではありますが、海外旅行の実施に際して、まだ多くの旅行者が不安やわずらわしさを感じる状況となっています。このような時こそ、旅行会社の強みである「安全・安心」な旅を提供し、旅行市場の回復に貢献できるのではないかと思います。
※このコラム記事は、公益財団法人日本交通公社に初出掲載されたもので、同公社との提携のもと、トラベルボイス編集部が一部編集をして掲載しています。