2022年9月、日本で第5回目となる観光大臣会合が開催された。コロナ禍で昨年は見送られたが、今回はリアル開催。気候変動をテーマに、各国・地域が進めている政策や官民パートナーシップのあり方を紹介したほか、ポストコロナの需要創出に向けて、日本をはじめとする7カ国の観光行政トップとUNWTO (国連世界観光機関)など4つのグローバル観光組織の代表ら11人が一堂に会して新たな観光産業の未来を語った。
コロナ禍を経てサステナブルな観光が重視されるなか、気候変動への対応は大きな課題だ。世界を代表する各トップの見解をリポートする。
モデレーターは、前回に続き、コネクトワールドワイド・ジャパン代表取締役のマージョリー・デューイ氏。参加国及び観光組織は以下の通り(アルファベット順)。
- 参加国:カンボジア、ジャマイカ、日本、フィリピン、南アフリカ、スペイン、ウズベキスタン
- 参加組織:アドベンチャートラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)、太平洋アジア観光協会 (PATA)、国連世界観光機関(UNWTO)、世界旅行ツーリズム協議会 (WTTC)。
アジアの事例に学ぶ気候変動との共存とは
まず、フィリピン共和国観光副大臣のシャリマル・ホファ・タマノ氏は、2022年にも超大型台風の被害を受けた日本の各地域について、「フィリピンにも毎年平均20回もの台風が襲来するが、年々、その規模は激化している。台風と密接な関係がある気候変動への取り組みは必至」と話した。フィリピンにとって重要な観光資源である自然環境を維持するために、同国観光省では近年、環境天然資源省、農業省、内務自治省などの他省庁、さらに地方自治体や地域社会との連携を強化。またASEAN各国の観光当局による環境・気候変動対策においてもリード役を務めている。
カンボジア王国観光省国務次官トック・ソコン氏は、同観光省が森林破壊と二酸化炭素の排出削減のために展開しているキャンペーン「One Tourist, One Tree(観光客1人に1本の木)」や、ホテルやレストラン向けに作成した環境に配慮した経営指標、観光分野における優れたエコ・ビジネスの表彰、エコツーリズム推進による過疎地の経済活性化、観光省と環境省の連携によるプラスティックごみ削減などの事例を紹介した。官民パートナーシップでは、NGO(非政府組織)や民間企業との連携も強化している。
ウズベキスタン共和国の副首相兼観光文化遺産大臣、アジズ・アブドゥハキモフ氏は、「消滅に瀕するアラル海を抱えた中央アジアでは、気候変動は、世界平均の倍以上に深刻な状況」とコメント。これを食い止めるべく、2億本の植樹を行う国土緑化プログラム、再生可能エネルギーや水素燃料の利用を進めており、2030年までには再生可能エネルギーの割合を25% 以上に拡大、またGDP単位当たりの温室効果ガス排出量を2010年比35%削減する目標などを設定。周辺国とも協力し、干ばつや水資源対策に取り組んでいるという。
日本からは、国土交通副大臣の石井浩郎氏が登壇し、「地球温暖化や環境面を単独で捉えるだけでなく、経済、社会の面も含め、それぞれの地域が、それぞれの観光資源を活かしながら、着実に持続可能な観光地マネジメントを進めることが必要」との考えを示した。日本の事例として、UNWTO駐日事務所の協力を得てまとめた「日本版持続可能な観光ガイドライン」や、鳥羽市における観光と漁業産業の連携、支笏湖での水資源を活かした再生可能エネルギー活用などを紹介した。
サステナブル観光には地域の意思決定が不可欠
太平洋アジア観光協会(PATA)副会長のベンジャミン・リャオ氏は、想定外の天候被害が増え、気候変動の直接的なインパクトが激化するなか、「旅行産業が元通りに回復するだけでなく、より健全な姿へと変わるようにサポートするのが責任ある政府の役割」と指摘。PATAでも持続可能な産業への転換や脱炭素化に、民間企業やユネスコなどと協力して取り組んでおり、自然・人的災害に備えるための観光デスティネーション・レジリエンス・プログラム(TDRP)や宿泊産業向けの排出ガス削減策などを作成、提供している。
スペイン王国観光庁長官のフェルナンド・バルデス・ベレルスト氏は、「コロナ禍の最悪期を脱した今、ツーリズム産業の未来にとって大きな問題となるのが気候変動だ。バリューチェーンを持続可能なものに変え、投資先や、取引先を見直す必要がある」と話した。その際、「受け入れ地域と共に取り組むこと。また環境問題だけでなく、社会的な持続可能性の実現も忘れてはいけない」と指摘。観光客と住民、両方のための施策を整えるには、地域側の果たす役割が重要であり、「サステナブルな観光のカギは地方主権」との見方を示した。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)のシニア・ヴァイス・プレジデント、マリベル・ロドリゲス氏は、「パリ協定には193カ国が署名したが、取り組みには温度差がある。昨年の排出ギャップ・レポートによると、このままでは今世紀末、目標をはるかに上回る2.7度の上昇が見込まれている」と警告した。WTTCでは、ツーリズム産業における2050年までの排出ガスのネット・ゼロ達成を掲げ、脱炭素ロードマップを策定。課題の整理や事業者向けのターゲット設定などに着手。消費者向けキャンペーンも展開している。
ジャマイカ観光大臣のエドモンド・バートレット氏は、「観光産業にとって自然は商品そのもので、気候変動は大きな危機だ。特にカリブ海の島国など、観光に大きく依存する国や地域にとっては重大問題」と指摘。持続可能な観光への転換を進める上では、「まず人的資源の強化、人々を教育する必要がある」と話した。一方、パンデミックや激化する自然災害により、GDPの大半が消滅してしまう事例を念頭に、「知識だけでなく、財政支援も不可欠」とし、危機によるダメージを最小化し、回復を最速化するためのグローバルな観光復興基金を検討するよう提案した。
南アフリカ共和国駐日本大使のルラマ・スマッツ・ンゴニャマ氏は、「観光産業がGDPの多くを占める南アフリカにとって、気候変動は、社会的にも経済的にも深刻な問題だ」と懸念。同国政府では、気候変動対策プログラムやアクション・プランを策定し、観光産業による温室効果ガスの削減や、エネルギーや水資源の効率的な活用に取り組んでいる。また、漁業、林業、環境当局と連携し、気候変動の状況把握にも着手。不足している人材や資金、技術などの支援には、官民パートナーシップが奏功していると話した。
アドベンチャートラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)最高経営責任者のシャノン・ストーウェル氏は、米国でこのほど成立したインフレ削減法により、「再生可能エネルギーへの投資が大きく拡大し、2030年までの温室効果ガス40%削減が見込まれている」と期待する一方、アドベンチャートラベル事業者には中小企業が多く、変革への支援や、消費者向けの教育も不可欠との考え。また各国政府に対し、需要回復ムードに押されて過去に逆行せず、量から質への転換に引き続き目を向けてと訴えた。
多様な課題に向けて世界観光トップの意見が一致
最後に、UNWTO賛助会員部本部長のイオン・ビルク氏は、パンデミックから回復する一方、気候変動による災害の激化や地政学的な問題などの問題に直面している今、「官民のあらゆるステークホルダー間での強固なコラボレーションとパートナーシップが求められている。この点について、パネリスト各氏の意見が一致していたことを強調したい」と議論を総括した。
またビルク氏は、2050年のツーリズム産業におけるネット・ゼロ達成に向け、多くの企業や団体が動き出しているものの、「気候変動という現代の最も差し迫った課題に取り組むためには、新しい声やアイデアを取り入れ、これまで以上に協力し合わなければならない」と指摘。消費者の行動変化にも言及し、「旅行においても、自分の選択が気候や環境に及ぼす影響を注意深く考えるようになった。脱炭素への関心は高まっており、社会的責任やより良いインパクトをもたらす旅に関する情報も増えている。政府もツーリズム産業界も、こうした変化にどう対応していくべきかを再考しなければならない」と話した。
モデレーターを務めたコネクトワールドワイド・ジャパン代表取締役のマージョリー・デューイ氏は「気候変動対策は、地域や企業、あるいは政府レベルなど、あらゆるところで取り組まなくてはならない大きなテーマだが、我々はきっと目標を達成できるはずだ」と締めくくった。