江戸時代から明治期にかけて北前船の寄港地として栄えた山形県酒田市。酒田では米に加えて紅花を積み込み、帰りの荷には、その紅花で染められた雛人形や京友禅など京の文化を運んでくるなど、北前船の交流によって、豊かな風土を育んできた。しかし、これまで観光には縁遠く、近隣の有名観光地の影に隠れていたのが実情だ。ところが、2015年から現職の丸山至市長は「地域活性化の核にできるのではないか」と観光に注目。かつての北前船時代のような交流都市を目指すなかで、観光交流にも力を入れ始めた。丸山市長が、人口10万弱の日本海の市で描く観光の未来を聞いてきた。
「ファンが多く、移住者・定住者・観光客が増加する酒田」に
丸山市長が市長選立候補の際に掲げたキャッチフレーズは「人材と風土が支える産業交流都市、酒田」。その基本的な考えは、2018-2027年酒田市総合計画で掲げた政策のひとつ「ファンが多く、移住者・定住者・観光客が増加する酒田」にも反映されている。具体的には、「移住者・定住者が増えるまち」「『おもてなし』がふあれ、交流でうるおうまち」「『港』発の交流で賑わうまち」を目指している。
丸山市長は「酒田市はこれまで観光で食べてきた経緯はなかった。人口が減っていくなかで、生き残って行くためには、農業、製造業、エネルギー産業などに加えて、新しい産業に手を伸ばす必要があると考えたとき、観光もひとつの大きな柱になりうる」と話す。
地域の共通の課題は少子高齢化と人口減少。その解決の糸口として、丸山市長は「交流都市」という視点を据えた。移住定住者を増やすのはハードルが高いが、「人が行き交うことでお金が落ちる仕組みをつくり、産業都市と交流都市として、酒田を今一度再生していきたい」と意気込みを示す。
丸山市長の就任後、酒田市は既存の観光資源の磨き上げとブランド化を着々と進めた。2016年には「鳥海山・飛島」がジオパークに指定。2017年には「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」のタイトルで日本遺産として認定された。酒田市最大の観光資源である「山居倉庫」は、文化庁の補助金制度を活用し、所有者のJA全農山形から買い取り。2021年には国の史跡に指定された。
「山居倉庫」は、白壁と土蔵づくり12棟からなる米倉庫。現在でも9棟が農業倉庫として使用されている。NHK朝ドラ「おしん」のロケ地のひとつで、コロナ前は年間約80万人が訪れていた。「自分達の手でなんとかしなければいけない」(丸山市長)との思いから、酒田市自らこの観光資源の磨き上げに乗り出した。
外航クルーズ寄港がきっかけ、観光に本腰
さまざまな取り組みの中でも、本気で観光に力を入れるきっかけとなったのは訪日クルーズの寄港だったという。
2017年8月にコスタクルーズの「コスタ・ネオロマンチカ」が寄港することが決まったのを機に、インバウンド市場を強く意識。2017年2月にに丸山市長を発起人に「酒田交流おもてなし市民会議」が設立された。丸山市長は「旅行者が行ってみたい、また訪れたいと思える風土が酒田にあるのか、本当のところが分からなかった」と当時を振り返る。
おもてなし市民会議では、産官学そして市民を巻き込んで、クルーズ船客のおもてなし体制を議論し、それを実践した。2018年7月には「ダイヤモンド・プリンセス」、2019年には5隻の外航クルーズが酒田市に寄港。「MSCスプレンディダ」クルーズ船乗客アンケートで、酒田市は「感動した日本の港」の1位に選ばれ、おもてなし市民会議の取り組みは実を結んだ。
おもてなし市民会議の活動はさらに広がり、2018年には観光・交流に貢献する伝統文化・芸能の団体・個人を「さかた観光交流マイスター」として認定する制度を創設。第一号として「酒田舞娘」を認定した。
観光都市としての磨き上げは、魅力あるまちづくりにも
一方で、課題もある。丸山市長がまず口にしたのが、消費の機会としての宿泊施設がないことだ。「観光客を酒田に迎えても、泊まる場所は鶴岡の湯野浜温泉に流れてしまう。観光で売り出していくためには、受け皿を整備していく必要がある」との考えを示す。以前から、観光の拠点となりうる宿泊施設の誘致に取り組んでいるが、まだ実現には至っていない。
また、日本最大の地主と称された本間家の遺産の観光への活用も可能性として残る。現在は、「本間家旧本邸」や「本間美術館」などが公開されているが、「その魅力をどのように発信していくかが課題」との認識だ。2018年9月には、NHKの「ブラタモリ」で「山形・酒田はなぜ日本の中心!?」をテーマに、本間家も取り上げられたが、瞬間的でなく継続的な発信が求められている。
「観光都市としての磨き上げは、魅力あるまちづくりにつながる。人、文化、生産物、あらゆるものが観光素材になりうる」と丸山市長。酒田市の観光、コロナからの回復に向かう中で、「やっとスタートラインに立ったところ。これからそのダッシュ力を鍛えていけるかどうかがカギ」。酒田市は2022年5月、「酒田DMO」を立ち上げた。
デジタルで観光産業の振興、交流人口の増加を
酒田市は、市民サービス、地域、行政の3分野でデジタル変革を進めている。DXを推進する専門部署を新設。最高デジタル変革責任者(CDO)として、酒田市出身でNTTデータ社長の本間洋氏を迎えた。
丸山市長は「コロナがなければ、デジタルにこだわらなかったかもしれない」と本音を漏らす。コロナ禍での自身の経験から、「デジタル化によって、手間暇かけず、お金もかけず、さまざまなサービスが提供できることに気づいた」という。DX推進による市民サービスの向上、地域課題の解決、デジタル人財の育成などを目指す。
DX推進には観光分野も視野に入る。「デジタルをツールとして、観光産業の振興で交流人口を増やす。雇用が増えれば、定住にもつながる。そういう戦略を組んだ」。
2022年3月には、観光分野でのDXでひとつのマイルストーンを実現。岸田首相肝入りの「デジタル田園都市国家構想」推進のために設けられた交付金が、「観光商品販売ポータル&CRMシステム活用事業」で認められた。デジタル田園都市国家構想の交付金が観光分野で採択される事例は、全国的にまだ少数だ。交付金を活用して、NECソリューションイノベータのシステムを導入した。
さらに、酒田市は、令和4年度「夏のDigi⽥甲⼦園」で、観光地飛島の「スマートアイランドプロジェクト」で実装部門優勝(内閣総理大臣賞)。本土と離島を繋ぐ海底光ファイバーケーブルにより通信環境を整備し、公共施設を改修して新設した店舗で扱う商品などをスマホで注文できるスマートオーダーシステムの開発と、小型e-モビリティで商品配達を行う取り組みが高く評価された。
外の血を入れて変革を
丸山市長は、酒田人気質について、「自分たちの町を『こんないいところはない』と思っているが、意外と自分の町のことを知らない。井の中の蛙のようなところがある」と評し、だから、「外の血が必要」と強調する。特にDXについては、外から人や仕組みを持ってくることが大切だという。
CDOも外部の民間の力を借りることにした。酒田DMOの設立に関しても「最初は、市と商工会議所の職員で組織化しようとしたが、それはダメだろうと。それでは何も変わらない」。その考えから、理事長兼事務局長には、元大手旅行会社の荒井朋之氏を迎えた。
地域活性化や国内外の観光振興に向けて日本海側が栄えた「北前船寄港地」ルートを点から面へ発展させる目的で、「北前船交流拡大機構」が設立されたが、この活動の中心は自治体ではなくJR東日本、JR西日本、JR北海道、JAL、ANA総合研究所の民間の力だ。
「今、観光の下地がようやくできた。これからは、実績を積み重ねていく段階に入る」。
これまで観光とは縁遠かった酒田市が、DXと外の力を取り入れながら、どのように変化していくのか。その取り組みは、観光による地方創生のモデルケースになるかもしれない。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹