外国人旅行者でにぎわう光景が、日本各地に戻ってきた。順調に回復が進む訪日インバウンド旅行市場だが、今、日本が旅先として選ばれている理由には、円安や相対的な物価安があることも否めない。
日本が世界を魅了する旅の目的地であり続けるためには、「コロナ禍を経て加速した旅行スタイルや価値観の変化を的確にとらえ、ツーリズムを日本各地の活性化に活かす戦略が不可欠」と、コンサルティング大手EYストラテジー・アンド・コンサルティング(EY Japan)のストラテジック インパクト パートナー、平林知高氏は話す。
観光立国を目指す日本が今後、成すべきこととは? 2023年4月、レポート「世界のトレンドを踏まえたインバウンド回復期における日本の検討課題とは」を発表した平林氏に、話を聞いた。
短期レンタル(民泊)の健全な発展へ、舵を切る欧州
各国の海外旅行が本格回復するなか、平林氏は「今後は供給側の問題が、より大きな懸念材料になる」とし、特に注目すべき世界のトレンドとして2つのポイントをあげる。
ひとつ目は、ツーリズム産業がコロナ禍の大打撃を受けたなかでも躍進した、短期レンタル型宿泊(Short-term rental:STR)、いわゆる民泊だ。
民泊と聞くと、地域コミュニティへの観光客の流入に伴う負の影響を思い浮かべる人も少なくないだろう。しかし、「もはや世界では無視できない市場規模に拡大していることを、改めて認識する必要がある」と平林氏は指摘する。
米観光産業ニュース「スキフト(Skift)」の予測によると、世界の宿泊産業の2023年の予測収益は2019年比1%減であるのに対し、STR市場は41%増に成長。そもそも欧州では、パンデミック前の時点で宿泊市場の4分の1をSTRが占めており、利用者は140万人、延べ5億泊以上の規模に達していた。その状態から、コロナ禍でテレワークの浸透や、他の宿泊客やスタッフなど人との接触がない宿泊サービスに対する需要が高まったことで、STRはさらに拡大している。
追い風となったのが、働き方の変化だ。海外でも、以前は出社することが当たり前。ビジネス旅行(出張)に休暇を組みあわせる「ブレンデッド・トラベル」や「ブレジャー」はあっても、その逆は難しかった。それがパンデミックによって、「自分が居たい場所で仕事をすることに対する周囲の理解と環境が整い、旅先で1、2週間滞在する、いわゆる“旅先テレワーク”が可能になった。この影響が大きい」と、平林氏は話す。
ここで注目すべきは、需要の変化だけではない。平林氏は、海外では需要拡大を受け、STRを禁止するのではなく、健全なマーケットとして発展させるための枠組み作りが進んでいることを説明する。
平林氏によると、欧州では2023年3月、EUの規制当局がSTRを扱うOTAと、利用状況に関するデータの収集と共有をすることで合意。EU各加盟国がその仕組みを構築し、STRの各ホストに登録番号を付与して、OTAにプラットフォーム上で登録番号を表示することを義務付けた。これらは、一部の違法業者を排除し、健全なSTR事業者を可視化して、育てることがねらいだ。
こうした新しいマーケットを獲得しようと、動き出している国がある。その一例が、中長期滞在者の誘致を目的とする、新たなビザ制度の創設。ギグワーカー、デジタルノマドなどと呼ばれるIT系個人事業主の利用を想定したビザの発給に、タイなどアジア各国が積極的だ。平林氏は、「日本も、デジタルノマド層を誘客するメリットを真剣に考え、議論を進めるべき。出遅れれば、マーケット喪失のリスクもある」と、警鐘を鳴らす。
ツーリズムは地域活性化に欠かせない「インフラ」
平林氏がSTR市場に注目すべきという理由は、その規模の大きさだけではない。STRが地域活性化に、大きく貢献するマーケットになると考えるからだ。
「日本各地で、空き家や稼働していない別荘地が目につくのは、周知の通り。こうした住居は観光地というより、生活の場に近いところにあるので、旅行者よりも“滞在者”向き。地域の暮らしを感じながら滞在し、仕事もできる場として申し分ない」(平林氏)。
日本での滞在期間が長くなれば、1泊あたりの単価は下がっても、一人あたりの総消費額は大幅に増える。そして、東京、大阪、京都といった定番ルートだけでなく、様々な地方にも足をのばすようになり、“地方誘客”につながる。
さらに「滞在する地域の人や企業に対し、ITスキルなど得意分野のサービスを提供する。そんな双方向のポジティブな関係性が生まれ、地方におけるIT人材不足を解消し、新たな地域活性化の道を切り拓く可能性もありえる」と平林氏。旅行者と地域の事業者やコミュニティとの関係性は、「これまでより、ぐっと密接になる」と展望する。
もちろん、長期滞在のターゲットは、外国人だけでなく日本人も含まれる。少子高齢化が進むものの、日本の国内旅行の市場規模は21兆円と巨大だ。偏ったポートフォリオで戦略を組むことは、パンデミックの発生で学んだように、急に市場を失うリスクがある。だからこそ「国内とインバウンドのバランスの良いポートフォリオを目指す上でも、仕事をしながら滞在する客層を想定したSTR整備は理にかなっている」というのが、平林氏の考えだ。
そして、「ツーリズムは、レジャーを提供する役割だけではなく、経済を動かすためのインフラであるということを、もっと多くの人に理解してほしい」と平林氏は続ける。
「人口が減少している地域が、経済規模を維持するためにできることは2つ。地域のものを外に売るか、外から人を誘致して消費してもらうか」(平林氏)。これまで、製造業を主なエンジンとして発展してきた日本では、前者に活路を見出そうとする傾向がある。しかし今後は、「訪れる人を増やし、その一部を関係人口として定着させることが、持続可能な地域社会へと変革するカギ。ツーリズムはそのためのインフラである」と主張する。
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広い視野で「サステナブル」を考える
平林氏が、注目すべき世界のトレンドとして2つ目にあげるのは、サステナビリティ(持続可能性)。「コロナをきっかけに、欧米だけでなくアジアの旅行者の間でも、サステナブルな旅への意識は飛躍的に高まっている。インバウンド対策だけではなく、日本全体としてこの問題にどう取り組むのか。課題を突きつけられている」と、平林氏は指摘する。
世界に比べて日本の出足は遅いが、対応する事業者も増えてきた。とはいえ、その中身は、脱プラスチックをはじめとする環境保護の分野が多い。しかも、「海外の旅行者のニーズが多いから」といった、営業的な観点の理由も見受けられる。
本来の「サステナブルであること」とはどういうことか。平林氏は、「過去から様々な資源を受け継いだ我々が、それを未来に継承するためにどのような経済活動や社会を実現するべきか、という視点が重要」と話す。
これは当然ながら、ツーリズム産業だけでなく、あらゆる産業、社会全般の関与が必要だ。だからこそ、関連業種のすそ野が広く、地域単位で戦略を立てやすいといった特性のあるツーリズム産業が率先してサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を主導することを、平林氏は提言する。
これからの「循環型経済」を主導する存在に
「循環型経済」とは、すべての製品をリサイクル、アップサイクルして再利用できるようにし、廃棄ゼロを目指す経済活動のこと。この分野でも、枠組み作りで先行しているのはヨーロッパだ。
欧州委員会は2022年、「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」を発表。消費財の廃棄やリサイクルに関して制定していたルールを法律へ格上げし、厳格に規制する方針を示した。対象は主に家電製品だが、将来的には繊維製品、家具、タイヤ、洗剤など、幅広い品目へ広げることを構想している。この仕組みを実現するために、製造工程に関する情報をデジタル上に集約した「デジタル製品パスポート」を各製品に添付することも義務付ける。
こうした世界の動きを踏まえ、日本でも取り組みが始まっている。例えば家電製品では、ヤマダデンキやダイキン工業などメーカーや販売店が、中古品をリユースするための物流整備に動き出している。
平林氏は、「これに宿泊施設やツーリズム関連事業者が参画し、廃棄ゼロを目指してリサイクル可能な製品やリユース品を採用するようになれば、ツーリズム産業がサーキュラーエコノミーを促す力になる」と力を込める。リユース需要が増えれば、メーカーや物流業者も各地に工場や拠点を構えやすくなり、地域に新たな産業を興す可能性もある。
ツーリズム産業が主導的役割を果たしながら循環型経済を実現し、日本から世界へサステナビリティを発信することは、「日本が世界から注目されるクールな観光地であり続けるためにも、重要なポイントになる」と平林氏は指摘する。
平林氏は、実現へのロードマップとして、業種ごとの組合、あるいはDMOなどが主導して、地域単位での取り組みを進めることを提言する。もちろん、国からの支援も重要だ。税金の優遇措置や補助金、経済的なインセンティブや政策によるサポートなど、官民の総力体制での取り組みが、これからの時代の観光立国には欠かせない。
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記事:トラベルボイス企画部