ハワイが観光振興と地域生活をバランスする「観光地経営(マネジメント)」に舵を切る理由とは? 現地の大学教授にハワイ特有の事情を聞いてきた

ハワイ州観光局(HTA)が推進する「マラマハワイ」プロモーションは、観光による環境保護や文化継承、地域コミュニティへの貢献だけでなく、ハワイ経済にとっても重要な取り組み。ハワイ大学マノア校経済学部の樽井礼教授は、そう主張する。地球温暖化に起因する海面上昇が懸念されるなか、ハワイで沿岸管理は今日的にすでに大きな課題になっているという。環境資源の保護による経済効果は、将来の持続可能性に関わるテーマだ。

ビーチ保全は、観光経済に重要

「このままでは、今後ビーチが消失する日も増えてくる。今でも、非常事態宣言に当たるような事態に直面している」。樽井教授はそう警鐘を鳴らす。昨年3月、オアフ島ノースショアの海岸線が崩落し、家屋が崩れ落ちる様子は現地のメディアで大きく取り上げられた。地球温暖化を遠因とする海面上昇と海岸侵食が原因と言われている。

「ビーチの保全は、生態系の維持だけでなく観光経済にとって必須」と樽井教授。ビーチがなくなると、観光客が減ると予想されることから、観光が主要産業の一つであるハワイにとっては死活問題になる。樽井教授によると、ワイキキビーチの侵食が進み、ビーチが消失すると、年間20億ドル(約2740億円)以上の経済損失になるという。オアフ島全体の観光関連収入の3割に当たる額だ。

オアフ島では、海面上昇の懸念によって沿岸沿いの不動産価格の下落するなど、「すでに経済的な負の影響が出始めている」(樽井教授)。

樽井教授らは、2019年から2020年にかけて住民と観光客にアンケート調査を実施した。回答者の大部分が「ビーチの保全活動は必要」と回答。観光客への調査では、「ビーチ幅が1フィート(約30センチ)広がるためなら、渡航費用の増加を許容する」との回答が多く、その増加分の平均額は一人当たり14ドル(約1900円)だったという。

今年4月下旬にホノルルで開催された「Japan Summit」で樽井教授にインタビューした。環境保全の原資はどこから?

現在も、ワイキキビーチを維持するために砂が運び込まれているが、それには多額の費用がかかる。環境資源とともに観光資源を守るための経済的負担は、誰が担うべきなのか。ハワイでは近年議論が進み、新たな施策も導入され始めた。

人気観光地のダイヤモンドヘッドやハナウマ湾などでは、事前予約システムを採用し、観光客から入場料を徴収する取り組みが始まっている。

2023年1月に就任したジョジュ・グリーン知事は、ハワイ州非居住者に対して、ハワイ州を訪れる場合に、自然環境の保護を目的に一定額を徴収する「グリーン・フィー」の導入を打ち出した。「州立公園やビーチ、国有林、国有地のハイキングコース、またはその他の国有自然地域の利用には1年間有効のライセンスを必要とする」とするもの。ハワイ州議会で議論が進み、「地元でも注目度は高かった」(樽井教授)が、グリーン知事の肝入り政策は最終的に否決された。

しかし、こうした制度の議論が進むこと自体が、ハワイ州の切実さを物語っており、訪問者に負担を求める動きは今後も続くと予想されている。

観光振興と地域の生活のバランス

州外から負担を求める動きには、地域コミュニティへの配慮も伺える。樽井教授は「コロナ禍で観光客が一気に減り、観光を戻さないといけいないと考えるようになったとき、以前と同じように、単に数が増えればいいのかという疑問の声が大きくなってきた。観光局も州政府も、その声により真剣に耳を傾けるようになった」と話す。

コロナ禍前から、渋滞、駐車スペースの減少、ゴミ問題など地域コミュニテイーの日常生活に関わる場面で問題が顕在化。その要因を「観光客の増加のため」と考える住民も多く、パンデミック中にそれを繰り返したくないとの声も高まってきたという。

観光振興のマーケティングやプロモーションと地域に目を向けるデスティネーション・マネジメント。樽井教授は「そのバランスの取り方は、島や地域によっても温度差があり、所属する産業の間でもギャップがある。それをハワイ州としてまとめていくのは難しい作業」と話す。

そのバランスを保つためには、観光客と住民双方の満足度を高めていく必要がある。逆にいうと、バランスが保たれれば、満足度は高まる。樽井教授は「満足してもらうための公共インフラの改善も必要。民間の力を借りながら公共セクターの効率的な改善も求められる」と今後の課題を指摘する。

そのうえで、ハワイ州が進むべき道として、「大量誘客を避けつつ、観光資源への負担を抑え、島の経済に貢献する高付加価値化を追求していくべきではないか」と提言した。

また、ハワイ州は、資源を輸入に頼る島国経済からの脱却を目指し、2045年まで再生可能エネルギーの普及率100%を掲げるなど、米国内でも先んじたエネルギー政策を推進している。海洋保護などの環境対策も含め、SDGs関連をテーマにした教育旅行やボランティアツーリズムもハワイらしい観光と位置付けた。

2023年3月に開催されたジャパンサミットでは、日本の旅行会社もNPO「Sustainable Coastlines Hawaii」が主催するビーチクリーン・イベントに参加。ボランツーリズムを体験した。※ドル円換算は1ドル137円でトラベルボイス編集部が算出

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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