日進月歩の勢いで旅行を進化させるテクノロジーによって、クルーズ体験も大きく変化している。プリンセス・クルーズに革新をもたらしたのは、日本の500円硬貨ほどの大きさのウェアラブル端末「メダリオン」と、その連携アプリだ。
テクノロジーを駆使することで実現した、従来との違いはなにか? ダイヤモンド・プリンセスの日本発着クルーズに乗船して、体験してきた。
非接触と位置情報がもたらす変化
プリンセス・クルーズは、従来、客室キーや船内のセキュリティチェック(本人確認)、決済などの役割を果たしていた船内用のカードを、コイン型のウェアラブル端末「メダリオン」に代えた。非接触のサービスに変更するとともに、連携アプリ「メダリオン・クラス」とメダリオン端末の位置情報を活用したサービスを提供している。連携アプリは船内のイントラネットに接続し、乗船中は誰でも利用できる。
いまや非接触サービスや位置情報を活用したサービスは、日常生活のなかでは珍しくない。しかし、日常生活から離れたクルーズ船上で利用すると、その利便性の高さや船内体験の劇的な変化に驚いた。
例えば、広い船内での行動をともにする同行者とのやりとりだ。
事前登録した同行者とのチャットはもちろん、リアルタイムで同行者がいる場所を把握できる。アプリ上で同行者としての登録を済ませれば、同行者のいる場所がアプリはもちろん、船内各所にあるタッチディスプレイのマップ上に表示できる。船内にはブティックやカジノ、エステ、フィットネスジムなど多くの施設があり、各所で様々なイベントが開催されている。同行者と別行動しても、広い船内での待ち合わせが楽になる。誰がどこにいるのか瞬時に把握できれば安心だ。
また、プリンセス・クルーズでは船内アプリで軽食や飲物をオーダーすると、自分のいる場所に届けてくれるサービスもある。ビュッフェやカフェバーなどの飲食エリアはもちろん、プールサイドやショーイベントのあるラウンジでも、席に座ってオーダーをすれば、ほしいものが届く。ウェイターを待ったり、バーカウンターに並んで注文をする煩わしさから解放され、快適だ。多くの乗客と空間を共有し、行動をともにするクルーズ船内では、特にそう感じる。
これ以外にも、コイン型端末の利用によって、非接触で素早い認証が実現したり、連携アプリでダイニングの予約や個人会計などの情報を乗客がいつでも確認できるようになったことも、スムーズなサービス提供と船内体験の向上につながっている。
その一例が、寄港地で下船する時のセキュリティチェック。以前は、いち早く観光に出かけたい人で出口にはセキュリティチェックの行列ができる光景が多くみられた。それが今回のクルーズでは、少なく感じた。ゲストサービスデスク(フロント)も、クルーズ最終日には船内会計などの問いあわせをする乗客で行列ができることが多かったが、これも少なかったように見えた。
プリンセス・クルーズでは6年前から、メダリオンサービスを他客船に順次搭載しており、2023年には運航する全15隻への導入を完了した。プリンセス・クルーズ日本代表の堀川悟氏(カーニバル・ジャパン代表取締役社長)によると、メダリオンサービスを搭載する目的は、クルーズ業界で客船の大型化が進むなか、テクノロジーによってサービスの低下を防ぎ、同社の強みであるカスタマーフレンドリーなスタッフの良さを生かすことだという。スタッフは、手元の端末でそばにいる乗客の名前や購買履歴などの情報が確認できるため、「名前をお呼びして、注文履歴から『昨晩と同じカクテルにしますか?』など、パーソナルなサービス対応をサポートできる」(堀川氏)という効果を見込む。
また、プリンセス・クルーズの高速船内Wi-Fi「メダリオン・ネット」の存在もある。従来の客船内でのインターネット接続は、通信速度が遅く、イライラさせられることも多かった。それが、メダリオン・ネットが搭載された今回のクルーズでは、動画やビデオ通話を違和感なく利用できた。クルーズ中のテレワークにも支障はなさそうだ。プリンセス・クルーズでも現在、日本オフィスのマーケティングチームが、旅先テレワーク(ワーケーション)を行う客層の獲得に向け、動きはじめているという。
テクノロジーを駆使して、船に日常の利便性・快適性を取り入れ始めたクルーズ。今後も、さらなる進化が期待できそうだ。
進む環境対策、クルーズコースにも影響
クルーズ客船の進化は、最新テクノロジーの導入によるクルーズ体験の向上にとどまらない。急速に進んでいるのが、旅行・観光分野で大きなテーマになっている、サステナブル対応だ。一度に大人数の旅行者が乗船し、船内で生活をしながら動くクルーズでは、環境負荷の低減が課題になっており、対策が求められている。
そのため、最近の新造船は、燃料に液化天然ガス(LNG)を用いてCO2排出量を減らす“エコシップ”が増えている。プリンセス・クルーズ の親会社であるカーニバル・コーポレーションでは、計11隻の新造船にLNG燃料技術を搭載する計画だ。プリンセス・クルーズでは2024年就航予定の「サン・プリンセス」、2025年就航予定の「スター・プリンセス」(いずれも17万5500トン/乗客定員4300名)から順次、搭載が始まるという。
では、すでに運航している客船では、どのような対策をしているのか。
堀川氏によると、クルーズでの海洋汚染防止については、船舶の安全や海洋汚染の防止、海事問題などに関する国連の専門機関「国際海事機関(IMO)」や、欧米のクルーズ業界団体「クルーズ船社国際協会(CLIA)」、運航海域の国家などが基準や規則を定めている。
プリンセス・クルーズでは以前から、排気や排水、廃棄物の処理などによる環境負荷を低減するための各種施策に取り組んできた。例えば、排気ガス対策では大気汚染の原因となる硫黄分を除去する「排気ガス洗浄システム」を煙突に設置。停泊中はエンジンを切り、港の電源を使用する「陸上電力供給システム」も搭載し、対応可能な港で使用している。このほか、汚水や生ゴミの処理装置など、有害な廃棄物の排出を抑えるシステムを設置している。
堀川氏によると、これに加え、最近ではクルーズのコース設計にも、環境対策の対応が必要になった。CLIAが排気ガスの排出量の低減を目的に、客船の運航スピードを落とすことを決めたのだ。従来、平均20ノット(時速約37キロ)程度だったのを、平均17ノット(時速約31キロ)程度にまで落とすという。
日本は、船舶法で外国船による国内の沿岸運航を原則禁止しており、外国客船はコース内に海外寄港を入れることで、日本発着クルーズを運航している。そのため、運航スピードを落とす場合は、従来の日程より日数を伸ばしたり、日数を変えない場合は寄港地を減らすなどの対応が必要になる。
寄港地を減らすことは、クルーズ自体の魅力に関わる。そして、旅程を伸ばすのは世界的にも連続休暇日数の少ない日本市場にとっては厳しい。一方で、同社の日本人顧客へのアンケート調査で「1週間以上の日程の方が人気がある」との結果が出た。堀川氏は、これをポジティブに捉えているという。
こうしたことから、2024年と2025年の日本発着クルーズでは、11日間や10日間のコースを中心にラインナップ。2023年まで、ショートコースとして運航していた6日間コースをなくし、最短コースは8日間として設定した。
2023年3月に販売を開始した2024年の日本発着クルーズの予約状況は「非常に好調」(広報担当)。特に、春のコースは訪日外国人旅行者の人気が高く、すでに満船のコースもある。日本人には「沖縄・台湾リゾートクルーズ」(10日間)の人気が高いという。2023年9月末に発売したばかりの2025年の日本発着クルーズは、今後、様々なキャンペーンを展開していく予定だ。
取材協力:プリンセス・クルーズ
取材:2023年7月末