多くの地域の課題である、観光のデジタル化とDX。ひがし北海道(道東エリア)では、地域の事業者が自ら動き、周囲を巻き込みながら地域が主体となった観光商品のオンライン販売に取り組んでいる。中心となるのは、釧路市の地域交通事業者の阿寒バス。コロナ禍にNECソリューションイノベータの「NECガイド予約支援サービス」を導入し、自社サイトでのオンライン販売を開始して得た学びを伝え、地域事業者を巻き込んでいる。
デジタルに長けたOTAでもソリューション会社でもなく、地域内の事業者が自ら動くからこそ、DX後の観光振興が違う。変化を受け入れて根深くあった課題にも向きあうことで、地域の魅力と旅行ニーズにマッチした商品開発ができるという。1社のDXから地域として立ち上がった、ひがし北海道の取り組みを聞いた。
観光DXで変わり始めた地域観光
阿寒バスがひがし北海道に観光DXのうねりを起こすきっかけとなったのが、2020年7月にNECガイド予約支援サービスで開始した、自社サイトでの定期観光バスの販売だ。
同社はコロナ禍直後に開始したオンラインツアーで手ごたえを得たが、定期観光バスは「すぐに売れるようにはならなかった」(営業本部取締役・西岡一麻氏)。それでも諦めず、販売を継続。閑散期に売れ筋の定期観光バスとホテルを組みあわせた一人用の宿泊パックを販売したところ「少しずつ予約が入ってきた。企画力で反応が変わる」との学びを得たという。
また同社が開始した釧路/知床間の定期観光バスは、地域事業者が連携する必要性を認識する機会となった。コロナ禍と観光船の事故で知床の観光客数は激減したものの、同社は少数でも運行し、実績を重ねた。すると2023年は販売初日から予約が入り、シーズン終了後も翌年の問いあわせが来るほどに。「オンライン販売を続けることでお客様がついてくることがわかり、自信がついた」と西岡氏。さらに「自社の営業圏だけではなく、他のバス会社の路線も販売をすることで、展開が変わるのではないか」と思うようになったという。
これらの学びから、同社は2つの挑戦をした。1つは、阿寒バス旅行サービスの主催で、路線バスと観光施設や飲食店などを組みあわせた観光商品を企画、販売したこと。西岡氏によると、同社は阿寒バスの営業圏発の圏外行きが取り扱いの中心だった。「着地型商品は採算性の観点で二の足を踏んでいたが、バス会社内の旅行会社ならやるべきと思い切ることができた」と話す。
もう1つは、根室交通の路線バスや定期観光バスなどを、阿寒バスのウェブサイトで販売したこと。「当社のバスで中標津に到着後、根室行きのバスに乗り換えるというお客様のコメントがあり、想定外の旅行ニーズがオンライン販売をしたことで見えた」(西岡氏)。根室交通にも話したところ、提携販売の話が進んだ。今では、くしろバスの都市間バスや、阿寒バスの路線バスとタクシーを組みあわせた観光プランも販売している。
地域課題にも気が付いたという。例えば、地域の二次交通。「脆弱」や「不便」といわれるが、具体的な問題点の指摘はなく、以前は「地域としては都会と同じレベルを期待されても対処できないと思うのが普通」だった。しかし、「例えばバスで目的地に到着した後、その先の交通情報が入手しにくい現実は、当社にも当てはまる」とし、「地域の当たり前を何とかしなければ、二次交通の課題は解決できないと考えるようになった」と話す。
ひがし北海道観光DXプロジェクト
阿寒バスにDXのきっかけをもたらしたのが、地域連携DMOである釧路観光コンベンション協会だ。釧路市と提携していたNECソリューションイノベータを紹介し、オンラインツアーの実現に向けたサポートを実施。現在は阿寒バスに同協会および、釧路、阿寒湖、弟子屈の3地域で連携する「水のカムイ観光圏」に関係を持つ観光事業者を紹介する。
例えば、屈斜路湖のキャンプ場「EHAB Outdoor Field 和琴湖畔キャンプフィールド」や、阿寒湖を拠点にプライベートガイドツアーを提供する「ガイドのお店イ・モシリ」など。今の冬の時期には、湖畔での雪に囲まれたデイキャンプや、凍結した阿寒湖の神秘的な自然現象「アイスバブル」や「フロストフラワー」を見るガイドツアーなどが楽しめる。
「まずは釧路らしい体験ができるアクティビティを優先的に進めている」と同協会DMO推進室の佐藤明彦氏は話す。冬の釧路エリアの自然の魅力を象徴するコンテンツだが、知る人ぞ知る素材でもある。これらが交通と結びつき、観光商品としてオンライン販売される意味は大きい。北海道では2023年、アドベンチャートラベルの世界大会が開催されたこともあり、「今後はインバウンドの受け入れ整備も求められる。効率よく誘客し、地域周遊を促すことは大きな課題。釧路は拠点都市としてどのような滞在や観光を提案できるか、仕組み作りが必要」と話す。
こうした課題があるなか、NECソリューションイノベータと同協会、阿寒バスの3者は2023年6月、「ひがし北海道観光DXプロジェクト」を立ち上げた。阿寒バスが地域観光販売の取りまとめ役となり、NECガイド予約支援サービスを導入した事業者が自社商品を自社サイトのほか、複数の地域交通を販売する阿寒バスのサイトでも販売ができるようにするものだ。さらに、参画した事業者間も同じシステムのもと、相互販売をできるようにすることも計画している。
旅行者側から見れば、点在する観光事業者が、地域交通商品が集まる阿寒バスのサイトに載ることで、旅行の足の手配と同時に観光の予約がしやすくなる。地域としては「面」で観光促進をしていくことになる。
地域の観光事業者も「地域のつながり」を求めていた
こうした動きを、地域の事業者も歓迎している。釧路を代表するアクティビティであるカヌー体験を提供する「釧路マーシュ&リバー」もその1つ。同社もこのほどNECガイド予約支援サービスを導入。2024年から同社ウェブサイト上でのオンライン販売を開始し、その後、阿寒バスの予約サイトでも商品販売をする予定だ。
同社代表取締役の斉藤松雄氏によると、以前からデジタル化の必然性は感じていたが、予算や使い勝手を理由に、踏み切れずにいた。しかしNECソリューションイノベータは阿寒バスの紹介に加えて対面での説明もあり、「ニーズを汲んでくれようとする熱意を感じたのが大きかった」と斉藤氏は話す。
斉藤氏がデジタル化で期待するのは、業務の効率化。ガイド業も人材不足は大きな課題で、特に繁忙期の夏はツアー数が多い。1日のガイドを終了した後、予約・販売管理をするのは「もう限界」という状況だった。
また、オンライン販売による訴求効果も見込む。現在、同社では、まずはパッケージツアーを造成する旅行会社に予約枠を提供し、催行1カ月前に個人客向け販売を開始する。以前は電話やフォームでの自社予約受付とOTAでの販売をしていたが、現在はガイドの人数を考慮して自社予約に絞っている。そのため「個人客の予約を取りこぼしている」(斉藤氏)との懸念があった。オンライン販売をすることで、個人客へのリーチが広がることを期待する。
そして、ひがし北海道の観光地や体験が地域交通でつながり、商品として販売されることに、大きな期待をしている。ガイドをしたお客様には、カヌー体験後の旅行情報を聞かれることも多く、斉藤氏はおすすめの観光スポットや知り合いのガイドが提供するツアーなどを紹介し、喜ばれてきた。「そんな観光スポットやガイドツアーを地域交通で繋いだ販売ができれば面白い。交通網が広がることで、地域の観光がしやすくなれば」と展望する。
地域とつながるプラットフォームに
NECソリューションイノベータではこれまで、様々な地域のデジタル化と観光DXを支援し、各地域の課題に接してきた。同社イノベーション推進本部シニアプロフェッショナルの川村武人氏は「地域振興の主役は、あくまでも地域。地域が主体になって取り組むことが、地域が稼ぎ、持続可能な地域を作るうえで必要」と力を込める。
ひがし北海道観光DXプロジェクトは、根室交通やくしろバス以外にも、網走バスや斜里バス、北海道拓殖バスなど、地域のバス会社の参画が広がり、同エリアの観光プラットフォームとなりつつある。川村氏は「地域のデジタル化や観光DXに立ちはだかる壁は、デジタル化そのものより『変化』に対する不安が一番大きい。ひがし北海道では、地域事業者の実体験とDMOのサポートによって、そのハードルがぐっと下がったと感じている。新しい挑戦に、地域が力をあわせて取り組んでいる。その手段の一つにデジタル化がある」と話す。
今後、阿寒バスではプロジェクトに参画する事業者を増やし、掲載商品の種類を広げていく考え。「観光商品だけでなく、地域の土産品・特産品などの販売もあり得る」(西岡氏)と、新たな可能性を展望する。釧路観光コンベンション協会の佐藤氏は「これが進んだ先には、住民も観光に真剣に向きあえるような地域でありたい。そうすることで、地域の観光産業に希望を持ち、就職を目指す人が増えれば」と期待する。
ひがし北海道観光DXプロジェクトに加え、事業者の実情にあわせた観光DXの支援メニューも用意している。「ひがし北海道を訪れた人が自然、文化、そして地域の人々とつながり、地域のファンを作るプラットフォームになっていくと思う」とNECソリューションイノベータの川村氏は話す。観光関連の事業者のみならず、幅広い事業者や住民の参画を促したい考えだ。
問合せ先:gias-support@nes.jp.nec.com
本記事で紹介したNECガイド予約支援サービスでの販売ページ例:
記事:トラベルボイス企画部