山形県酒田市の地域DMO(観光地域づくり法人)「酒田DMO」は2022年5月に設立され、現在、観光庁の候補DMOに登録されている。設立にあたっては、観光による地域創生に期待する酒田市の丸山至市長の意向で市外の知見を入れ、地域の合意形成にも時間をかけた。設立の準備段階からDXも重視。観光商品販売ポータルとCRMシステムの構築で国の「デジタル田園都市国家構想推進交付金」も認められ、現在本格的な稼働に向けて着々と準備を進めているところだ。その酒田DMOが目指す観光のカタチとは?埼玉県出身で大手旅行会社出身の荒井朋之代表理事に聞いてみた。
外の視点で酒田の観光課題を整理
「動くDMOにしていきたい。」荒井氏はそう話す。
荒井氏と酒田市との出会いは、大手旅行会社が分社化したタイミングで酒田支店に赴任した時から始まる。その関係はおよそ13年になり、「酒田では、すでに知っている顔も多かった。他の地域のDMOから声がかかっても、行かなかっただろう」と振り返る。
外の視点から酒田を見てきた荒井氏。その観光戦略の課題として「20年前から同じことをやっている」と感じていたという。コンテンツが悪いのではなく、やり方が時代遅れ。「外から見ると、顧客となる旅行者にしっかりとタッチしていない」と思っていた。
酒田市の観光入込数は、酒田市が舞台となった映画『おくりびと』が公開された翌年の2009年に約315万人に達したものの、その後は減少の一途。近隣の鶴岡市、庄内町、三川町、遊佐町を含む庄内エリア全体では増加傾向にあったが、酒田市はその流れには乗り切れなかった。2018年からは外航クルーズの寄港が始まり、インバウンド旅行者の増加にも期待が高まったが、コロナ禍に突入。2021年度には約195万人にまで減った。
酒田市には、北前船に関連する歴史文化、ジオパークの鳥海山や飛島、日本海の食など豊かな観光コンテンツがあるが、ターゲットとする旅行者は高い年齢層。これまでは、「その層しかターゲットはいないと思い込んでいた」(荒井氏)ため、下の世代への広がりがなく、観光客の年齢層が高いままで、入込数もジリ貧に陥った。
ターゲット層の低年齢化、酒田ファンの創出、3世代観光
その現状のなか、酒田DMOがまず取り組むのがターゲット層の多様化だ。
「コンテンツの刺し方を変えれば、年齢層は下げられるし、世界にも売れる」と荒井氏。若い世代には「酒田舞娘」を知らない人も多い。例えば、「『会える舞娘』として、切り口を変えれば、若い世代にも刺さるはず」と話す。京都の舞妓と直接接するのは敷居が高いが、「酒田舞娘」なら、舞娘茶屋「相馬楼」を訪れれば、写真撮影も会話も楽しむことができる。
地域ターゲットについては、現実的な計画を掲げている。酒田市は車での来訪が多いことから、まずは東北域内、特に太平洋側からの旅行者の呼び込みに力を入れていくという。東京を含めた首都圏は最大市場であることは間違いないが、荒井氏は「羽田から航空代往復4万円をかけて来てもらうだけのコンテンツ力はまだない」と冷静だ。
東京から旅行者を呼ぶためには、「高付加価値コンテンツを創り出し、お金をかけてでも来訪してもらえる層にターゲットを変えていく必要がある」。その施策として、酒田の風土歴史をストーリーとして体験するアドベンチャーツアーを造成し、モニターツアーを展開した。「自然、文化、食を切り売りするのではなく、そのツアーに参加すれば、結果的にすべての要素がつながっていることが分かるような旅程になっている」と自信を示す。
酒田DMOとしては、今後も独自のコンテンツを開発していく考えだ。ただ、DMOとして旅行業の機能は持たず、販売や催行は地元の旅行会社やバス会社に委ねることで、地域が観光で潤う仕組みで回していく。DMOは営業や情報発信、そして予約の窓口の役割に徹する。
次に荒井氏が言及した戦略は、酒田ファンを増やすこと。まずは「なんだか酒田が面白そうだ」と思ってもらえる情報発信をしていく。「言い換えれば、酒田の未来づくり。ファンが酒田の観光を作り上げていくようなイメージ。これをスピード感を持って進めていきたい」と意欲を示す。
そのなかで、大事にしていくのが訪問者の見える化だ。「例えば、1万人を呼び込むのではなく、100人でもいい。その100人に対して、しっかりと付加価値をつけて、お金を落としてもらい、またリピートしてもらう。『あの人にまた会いたいから酒田に行く』という関係人口を増やしていきたい」と話す。
さらに、荒井氏は「3世代観光も戦略のひとつ」と明かす。歴史文化、自然、食など個別のコンテンツを、それぞれのターゲットに合わせて尖らせるというよりも、どの世代が来ても楽しみがある酒田にしていきたいという。「子供に合わせると祖父母は不満。逆だと子供は楽しめない。そのギャップを埋めるために、ハワイのように、それぞれの世代が選べるオプショナル・コンテンツを増やしていく」考えだ。
これが実現できれば、目標とする来訪年齢層を下げることもでき、世代もつながっていく。さらに、異なる楽しみ方を提案することで、滞在時間の延長にも可能性が出てくる。
デジタル田園都市国家構想推進交付金でDX
こうした戦略を実現していく手段として、酒田DMOではDXを重視している。設立準備段階から、観光販売ソリューションの導入に向けて動き出していた。DMOや観光事業者が自社の観光商品のオンライン販売を簡単に実現できるNECソリューションイノベータ(NES)のクラウドサービスを選定。自社サイトを入口に予約から決済まで直接販売を完結できるソリューションだ。
導入にあたって壁となったのは財源。設立前の酒田DMOにとっては難題だった。そこに、酒田市役所から国の「デジタル田園都市国家構想推進交付金(デジ田交付金)」を活用できるのではないかとの提案。申請締め切りが迫っていたが、「デジ田交付金の応募要件を読み解くことから始め」(荒井氏)、今年1月末、交付金申請を行った。
応募した事業は「観光商品販売ポータル&CRMシステム活用事業」。DMOとして分析・マーケティングを行うためのCRM(顧客情報管理)システムと、酒田の観光商品の予約・決済を一元的に管理するポータル機能の導入だ。
デジ田は、観光促進関連の交付金ではないため、「観光だけに閉じず、地域の関係人口や移住定住につながり、稼ぎ続ける地域に自走する地域を目的に設定した」(荒井氏)。まさに、DMOが目指す形を申請書に落とし込む作業だった。
デジ田交付金が観光視点で認められたのは全国的にも珍しい。荒井氏は「ゼロからでは難しかっただろう。NESと話し合いを続けていたからこそ、実現できた」と話す。
今後は、来訪者のデータ取得、見える化を進め、そのデータを分析し、DMO会員や協力企業に提供することで、目標やターゲットの共有化を進めていく。
また、販売ポータル機能では、アドベンチャーツアーをはじめDMOが独自開発したコンテンツのほか、将来的には観光施設の入場チケット、イベントチケット、地元産品の販売にも広げ、最終的には宿泊施設や二次交通などの予約・販売にまで発展させていきたい考えだ。
インバウンドでも重要な役割を果たす「酒田舞娘」
2022年10月11日の大幅な水際対策緩和によって、インバウンド市場も徐々に活発になってきた。本格的な復活に向けて、酒田DMOも動き出している。酒田はコロナ前に、外航クルーズの寄港によって、インバウンドの重要性を初めて意識。庄内空港への台湾チャーターなどもあり、国際的な観光交流が地域経済に大きな効果があると認識している。
2022年10月17日からは、「北前船交流拡大機構」の一員としてパリで行われた日本の食文化を発信するイベントに参加。10月20日からは台湾市場でのプロモーションのため、台中国際旅行展覧会に参加した。いずれも「酒田舞娘」が同行。現地で「酒田甚句」などの踊りを披露し、喝采を浴びたという。
台中では、舞娘は地元中学校も訪問。このなかには、酒田に修学旅行に来るはずだったがコロナ禍で中止となった学校も含まれた。酒田DMOとしては、修学旅行の誘致も旅行会社に委ねるのではなく、「直接セールスをしていく」考えだ。
また、台中ではスーパーマーケットでも舞娘の演舞を披露したほか、写真撮影にも応じた。荒井氏は「インバウンドでも、『酒田に来れば会える舞娘』をアピールすれば、ファン化は可能」と自信を示す。
有名観光地でもない人口10万人足らずの酒田市が、観光で稼げる地域になれるのか。コロナ禍を経て、新たな段階に入る地域の観光。高付加価値化やDX、インバウンドの復活が酒田の地域経済にどのような効果を生んでいくのか注目だ。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹