カナダ観光の目玉として注目される「先住民観光」。今年の観光商談会「ランデブーカナダ(RVC)」ではメイティ・クロッシングとパークス・カナダ(カナダ国立公園管理局)が企画した2泊3日のツアーに参加した。毛皮貿易の歴史を知り、アクティビティを体験し、メイティの文化を理解するための内容が盛り込まれた3日間。その魅力と、そこでしかできない体験を取材した。
カナダの先住民には、かつてインディアンと呼ばれたファーストネーションズ、北極圏のイヌイット、先住民とヨーロッパ人の間に生まれたメイティという3つのグループがある。アルバータ州のメイティの自治組織では、メイティとは「メイティを自認し、メイティの先祖を持ち、メイティネーションに受け入れられている者」と定義。現在、カナダ全土でおよそ55万人、アルバータ州で11万人以上のメイティが存在する。
メイティ文化を分かち合う「メイティ・クロッシング」
エルクアイランド国立公園からメイティ・クロッシングへは北東に約60キロ、車で45分。エドモントンから直接来る場合はおよそ1時間半の道のりだ。レッドリバー植民地からやってきたメイティのコミュニティがあったリバーロットの農場で、今ではビクトリアディストリクト国定史跡となった一角にメイティ文化を分かち合う場所として2020年にオープンした。今では、宿泊施設も備え、メイティの歴史と文化を体験できる複合施設として注目されている。
2022年には宿泊施設のロッジを備え、2023年にはドームも完成。688エーカー(2.8平方キロ)の敷地に40室のロッジからキャンプサイト、伝統的な家や荷車などの歴史展示、放牧場とトレイル、農場を併設する複合施設として構成されている。設計から建築、運営も全てメイティが担い、4.86メガワット規模の太陽光発電システムも設置されたネットゼロ施設でもある。宿泊パッケージのほか、季節ごとのアクティビティ体験や伝統工芸ワークショップも提供し、宿泊とアクティビティは単体でも販売されている。
8つのスカイウォッチングドームは、2023年にできたばかり。6つあるシングルはキングベッドが1つ、ファミリータイプのドームも2つあり、合体した2つのドームにキングベッドと2段ベッド、ソファベッドが備わる。それぞれトイレとシャワー、電子レンジと冷蔵庫のミニキッチン、エアコンと床暖房も完備。手縫いのかわいらしいキルティングのベッドカバー、天井部分が透明になった丸い部屋には旅のテンションが上がる。寝たまま星空が見えるシチュエーションも格別な体験だ。
ビストロでの夕食後、外で焚き火を囲みながら、ナレッジ・キーパーが物語をシェアする時間も設けられる。「書き言葉を持たなかった祖先は、物語を語ることが歴史や儀式、マナーを伝える手段だった」と居住区に40年以上住み長老から教えを受けたナレッジ・キーパーのリリーローズ・マイヤーズさんは語る。メイティや先住民クリー族伝承のトリックスター(昔話に登場するいたずら者)であるウィサケチャック(Wisakedjak、スペルや発音は地方、民族により異なる)に伝わる話をしてくれた。
その冒険話のなかに、バイソンやアヒルが現れ、野草を使った食事や飲み物、道具やカヌーなどメイティの伝統的な生活が見えてくる。外が寒くても、カポートという伝統的なフード付きコートを貸してくれ、これが実に暖かかった。
毛皮貿易の仕事を体感できるアクティビティの数々
翌日は、メイティ文化を体験するアクテビティの1日。メイティの文化を知る上で欠かせないのがバイソン猟だ。
バイソンや馬がいる5つの放牧場をSUV車で回るツアーは、地元入植者である牧場主の協力によるもの。バイソンをこの地に戻すというメイティの望みが叶い、伝統のバイソン猟と結びつけたアクティビティだ。見られるのは、ウッドバイソン、プレーンズバイソンや希少なホワイトバイソン、エルク(ヘラジカ)、ペルシュロン種の馬。実際に猟をするわけではないが、野生に近い状態で放牧されている動物たちの群れを探しながら、車で追っていくハンター気分が楽しめる。
実際のバイソン猟は馬で走りながら銃で狩りをするため、偵察、指揮官、狩猟隊など役割分担があり、コミュニティ全員が参加した。それをまとめるために規則を作り、高度に組織化されていった。「メイティはビーバーとともに形成され、バイソン狩りによってネイション(民族意識)がもたらされた」といわれるそうで、春の終わりから初夏の狩りは親戚が集まって親睦を深める場でもあったという。
夏季に催行される「Paddle into the past」というツアーでは、メイティ文化の源となる毛皮貿易にまつわる仕事や生活を学ぶ。バイソンの皮を剥いでなめし、乾燥肉のペミカンを作り、モカシンという靴やサッシュなどの衣類を作り、ビーズや刺繍で飾るのは女性たちの仕事だった。
カラフルなサッシュはヘルニアを防ぐウールベルトで、止血帯や牽引ロープにしたり、小物入れにも使われた。英国王チャールズ3世の戴冠式でもみられた王冠やローブにあしらわれた白い毛皮は、冬に白くなるイタチ科のオコジョのもの。アーミンと呼ばれる高級毛皮で、実際に触れてみるときめ細かくふわふわだ。ビーバーの毛皮は、英国からの要求で硬い刺毛を取り除いたうえで、黒く染めてから出荷していた。これらの毛皮はレッドリバーカートという荷車で運ばれた。釘を使わず木材のみで組み立てたのは、軽量かつ壊れても材料を手に入れやすかったためだという。
展示を見ながらのレクチャーのあとは、夏のアクティビティのハイライトとなるノース・サスカチュワン川の川下り。カヌーの漕ぎ手でもあったメイティに倣い、カヌーでおよそ1キロ下った先にあるフォートビクトリアに向かう。
ハドソン湾会社が1864年に設立した先住民との交易所だったところで、現在はビクトリアディストリクトの歴史博物館となっている。当時の衣装を着た案内人の説明を受けながら、40キロの荷物(実際は重くない)を運んだり、在庫リストに昔のペンで記帳したり、スティルツというヨーロッパ式竹馬で遊んだりとハドソン湾会社で働いた人々の生活を擬似体験する。アルバータ州最古の木造建築のひとつ、1864年に建てられた事務員の家も当時の位置のまま佇んでいる。
メイティの音楽にヨーロッパと先住民のルーツを感じる
最後の夕食時には、メイティのギターとフィドル(バイオリン)の演奏と手拍子とタップの音とともに激しく回りながら踊るメイティジガーが披露された。ケルト音楽を彷彿させる演奏に合わせてサッシュを身に付けモカシンを履いて踊る姿に、まさに先住民とヨーロッパの文化の融合が感じられた。ちょうど太陽フレアが活発だった日のため、深夜の10分間オーロラも出現した。専門家の調べではここでオーロラが出現する可能性があるのは8月末から5月あたまだという。地理的にオーロラが見られるのは非常に稀だが、星空環境は1年中良好だ。
3日目の最終日の朝、スタッフを囲み、参加者からは参加の思いが語られた。「歴史の別の側面を見られた」「静けさと自然がよかった」「情報として知っていたが話を聞き体験するのでは全く違う」「忙しさにかまけていたが、周りの人をもっと大事にしたい」「先住民について知っているつもりだったがわかっていなかった」など各人の感じたことが共有された。
最後に、1999年からメイティの文化を伝えるための場所を探し続け、2020年に開業に辿り着いたCEOの ホワニータ・マロワ氏が思いを述べた。「私たちがここにいるのはメイティの物語を分かち合うため。ヨーロッパの入植者と先住民との間に進んで橋を架けてきた私たちはツアーガイドの元祖でもあり、この特別な場所で世界からの訪問者との関係を築くことを楽しみにしている」。
この2泊3日ツアー「Beavers, Bison, and People: Our Promise to Wahkotowin」のWahkotowin(ワコトウィン)はクリーの言葉で直訳はKinship、親族という意味だが、もっと広く、あらゆるものとのつながりや関係を表すという。「自然も人間もすべてのものは互いに関係し合い、支え合っているからこそ、尊重し、責任を持って大切にしていくこと」。これがメイティの人たちの変わらぬ教えとなっている。
取材協力:カナダ観光局
取材・記事 平山喜代江