世界的な旅行ブームの中でも、一段と活況を呈しているクルーズ旅行。客船会社の多様化や新造船の就航ラッシュが、世界の旅行者にクルーズ旅行の門戸を広げている。特に、各客船会社のノウハウと最新の技術が搭載された新造船は、クルーズ旅行の進化がみえるとして注目を集める。
世界大手カーニバル・コーポレーション傘下でプレミアムクラスのクルーズを運航するプリンセス・クルーズでは、新造船でどのような魅力を打ち出したのか。2024年2月に就航した同社最大客船「サン・プリンセス」(約17.8万トン、乗客定員4300人)の地中海クルーズに乗船して取材した。「サン・プリンセス」は、同社にとって2年ぶりの新造船だ。
大型客船で体感的なエンターテイメント
大きな船体の中央部に、巨大なガラスの円球体が埋め込まれたようなデザインが目を引く「サン・プリンセス」。全長345メートル、21階建ての船内には、80室のスイートを含む2157室の客室に、30のレストラン・バーやスパ、劇場、プール、遊具を備えたアクティビティエリア、200超のブランドを扱うショップなどが配置されている。同社の新しい客船クラス「スフィア・クラス」第1号の客船だ。
プリンセス・クルーズが同客船の就航で目指したのは、自社の強みを生かしながら、従来のクルーズ体験を超える新しい価値を提供すること。乗船すると、同社の狙いが五感で伝わってくる。
わかりやすい一例は、エンターテイメントだ。メインシアターの「プリンセス・アリーナ」(定員990名)以外に、プールエリアにあるガラスのドーム「ザ・ドーム」(同250名)、船体中央の球体部分にあたる3階吹き抜けのアトリウム「ピアッツァ」(同300名)、船内TVスタジオ「プリンセス・ライブ!」(同200名)などがあり、船内各所で趣向の異なる様々なイベントを開催している。小規模の施設をそろえることで観客と演者との距離を縮め、よりインタラクティブなエンターテイメントの提供を目指しているのだという。
エンターテイメント施設で最大の「プリンセス・アリーナ」も、ステージの周囲270度に座席が並び、演者と観客の距離が近い。さらにステージの形やレイアウトは臨機応変に変更し、より臨場感あるショーを演出する。
ある夜のショーでは、まさにその効果を実感した。ショーの終盤、ステージの高さを下げて演者が観客をステージに招き入れ、両者が一体となって締めくくる演出があった。会場は、大いに盛り上がった。大型シアターならではのダイナミックさと、演者と観客の距離感を縮めることで感じられる一体感が印象的だ。こうした、大型客船に乗船していながら小型客船のような距離感から得られる感覚を、船内の随所で感じられることが同客船の魅力のひとつといえる。
食事を重要な要素に
もう1つ、特徴的なのが、ダイニング。もともと同社をはじめ、客船各社は船内で提供する食事を重視してきた。「サン・プリンセス」では「洋上最大のグルメのデスティネーション」を掲げ、味覚による満足度だけではなく、クルーズ全体の満足度に影響するダイニング体験に引き上げようとしている。
その体験を生むポイントとして注力しているのが、さまざまなコラボレーションだ。米国フロリダでセレブシェフとして成功した寿司職人の大桑誠氏や、世界に知られるイタリアの精肉職人ダリオ・チェッキーニ氏などの食の専門家のほか、世界的なポップアーティストのロメロ・ブリット氏などとコラボ。それぞれの世界観に没入する体験を重視している。
米ハリウッドで人気の会員制・奇術劇場「マジック・キャッスル」とのコラボでは、夕食後に、専属マジシャンの手品を目の前で見られるカクテルタイムを提供。同劇場ならではの仕掛けを反映した部屋で特別なカクテルと共に過ごした時間は、まさにその世界観に入りこむ、特別な体験だ。
元英王室専属シェフのダレン・マグレディ氏とコラボした、作法や雑学に触れる「ロイヤル・アフタヌーン・ティー」や、世界的なミクソロジスト(既成概念を超えたカクテルを創作する人)ロブ・フロイド氏とコラボした「グッド・スピリッツ・アット・シー」など、知的好奇心をくすぐる食体験も興味深い。
こうした食の体験は、基本のクルーズ代金に追加料金が必要なものが多い。しかし、プリンセス・クルーズの個性として1つ1つの体験に参加することでクルーズ体験がより豊かなものに変わる。プリンセス・クルーズでは、同客船での没入感のある体験が、乗客のロイヤリティを高めると考えている。
大型客船でパーソナル感覚のサービス体験をする時代に
約17.8万トンの船内には、まだまだ多様な施設やサービスがある。プール1つとっても、デッキ中央部のメインプール以外に、最後部でインフィニティプールから航跡を眺められる「ウェイク・ビュー・テラス」、上級カテゴリの客室を対象にした特別プログラム専用エリア「サンクチュアリ・クラブ」などさまざま。
さらに、2フロア展開のスパ、フィットネス、ハンモックエリアやジョギングトラックなどを備えるレクリエーションスペースなどもある。12カ所のカフェ・バーでは、そのバー独自のドリンクやスナックがあり、例えばカクテルは船内全体で218種類以上に及ぶ。だからこそ、4300人もの乗客が自分にあった好みの居場所を見つけることができるのだろう。
筆者は、船のアイコンであるガラスの円球体の一部、中央部の「ピアッツア」エリアにいる時間が多かった。船内は採光を意識して窓枠を大きくとり、全体的に明るく、開放的な印象を受けるが、それを最も感じられるのがこのエリア。この球体の大きなガラスから差し込む自然光の明るさが、クルーズの心地よさに一役買っている。
そして、これらの施設やサービスを快適に利用できる基盤となっているのが、乗客に配布される同社独自のウェアラブル(装着型)デバイス「メダリオン」と専用アプリだ。船内の各サービスを受ける場合、メダリオンから本人確認の情報を読み取るので、オーダーはスムーズ。スタッフは手元の端末に表示された乗客の名前を呼び掛けて、サービスをする。飲み物や軽食を専用アプリからオーダーすれば、ブッフェやカフェ・バーから、自分のいる場所まで届けてくれる。
このメダリオンの仕組みは、同クルーズの社長であるジョン・パジェット氏が、前職のウォルト・ディズニー・パークス&リゾーツで顧客体験向上のための専用テクノロジーの開発・導入に携わった経験をもとに、プリンセス・クルーズ向けに開発・導入したもの。メダリオンの活用により、プリンセス・クルーズが強みとしているフレンドリーなサービスをさらに発揮し、乗客の好みに沿ったパーソナライズなサービスの提供を目指している。
記事 山田紀子
取材協力:プリンセス・クルーズ
取材:2024年6月