旅行に絶対に欠かせないもの、それは「地図」だ。アドベンチャー志向の旅ではなおさら。ところが、旅行用地図のデジタルプラットフォームの現状といえば、データベースや検索機能、3D技術があれこれ追加されてはいるものの、旅行プランニングの中心に君臨しているとは言い難い。
この領域で先頭を走るのはグーグル・マップ(Google Maps)だ。同社によると、この地図プラットフォームを利用するモバイル・アプリおよびウェブサイトは500万以上にのぼり、月間ユーザー数は10億人以上。実際の数字は、この倍以上かもしれない。ホテルやフライトの検索サービスへの参入を進めてきたグーグルだが、対価を支払う相手に対しては、ユーザーとの橋渡し役で構わないという姿勢に見える。
交通手段のMaaSプロバイダー、Moovit社はユーザー数15億人を誇るが、旅行プランニングの分野で、グーグルと同じ土俵にあるとは言えない。2012年の創業以降、世界3500都市での旅行プランニングができるプラットフォームへと成長してきた。さらに2024年に加えた新機能により、同じ国の同じタイムゾーン内であれば、地域をまたぐ旅の計画作りもできるようになり、「特に、バケーションのプランニングが便利になった」(同社)。
一方、アップルは2024年に「アップル・マップ(Apple Maps)」のベータ版をウェブ上で公開して周囲を驚かせた。iOSのローンチからは12年も経っていた。ドライブや徒歩ルートの案内、写真、評価レート、クチコミといったおなじみのメニューに加えて、飲食や買い物、市内散策のおすすめポイントを探すキュレーション付きガイドを世界の複数都市で提供する。アップルでは、月間ユーザー数を現在の5億人からさらに増やすために、ウェブ検索に力を入れる考えだ。
多数派が「グーグルに便乗」?
旅行テック系スタートアップの間では、引き続き、デジタル地図への関心は高いものの、独自に開発するというより、グーグル・マップを活用した便乗型ビジネスが多い。Wanderlog社が手掛けるのは、ドラッグ&ドロップ機能による旅行・予算管理ツールで、バケーションの旅程を手軽に作成できる。グーグルやエアビーアンドビー(Airbnb)からの観光や宿泊のおすすめ情報をもとに、グーグル・マップを自分仕様にカスタマイズすることもできる。
BluePlanit社のトラベル・マッパーは、グーグル・スプレッドシートで作成した旅程が、グーグル・マップ上で見られるようになるものだ。ロンドンを拠点とするCitymapper社は、旅行系マッピングとMaaS領域で支持を広げ、ユーザー数は5000万人以上になる。マーケティングよりも顧客体験にひたすらフォーカスしてきたことが奏功し、5年連続でアプリ・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。Moovit同様、複数の都市間の移動ではなく、都市内での旅行プランニングに注力している。
ドイツのTextomap社は、旅行系インフルエンサーやホテルが主なユーザーだ。インプットされたテキストやチャットGPTのプロンプトに従い、自動的に地図を作成・保存する(例えば、「パリへの家族旅行に最適なプランを作って」など)。作成した地図は、ウェブサイトに組み込んだり、グーグル・マップにエクスポートしたりできる。
ユーザー参加型のソーシャル・マッピング・プラットフォーム、Atlyは、2023年に1800万ドルの資金獲得に成功した。同社の共同創業者、ジョシュア・カウフマン氏は「マッピングは進化しているようで、実はしていない唯一のテクノロジーかもしれない。コーヒーを飲みながら本が読める場所を探したいなら、まず博士号を取らないとね」。
何がそんなに難しいのか。カウフマン氏は、マッピング・プラットフォームのほとんどが、星の数の格付けなど、古いコンセプトに頼っているからだと考えている。こうしたデータは、できるだけ簡潔に表すために作られており、情報内容には限界がある。
自然言語での検索と「地図」
「まったく情報がなければ、1~5段階の格付けは非常に分かりやすい」とカウフマン氏は話す。
「だが、今やニューヨークでは平均的な場所でさえ500~1000件のレビューが付いている。一定以上を超えたら、あとは実質、無意味だ。未来のデジタル地図は、場所を探すというより、自分の希望を入力する作業が中心になるだろう。例えば、犬連れOKのコーヒーショップとか、独身者がたくさん来る公園とか」。
Atlyでは、問題解消に向けたアルゴリズム「プレイス・ランク」を開発して試験運用しており、カウフマン氏によると「世界で最も充実したグルテンフリー情報の地図」を提供している。Atlyは掲載情報の量でも、内容の正確さでも、これまでのマーケット・リーダーをすでに上回っていると同氏は話す。ここまで到達するには13年の歳月と、150万人の協力者からの貢献があったという。
SaaSプロバイダーのシルバーレイル・テクノロジーズ最高経営責任者(CEO)、アーロン・ゴーウェル氏も同じ意見で「地図は、もっとパワフルな存在になれるはずだ」と話す。同社は先日、グーグル・マップで鉄道の検索・予約機能を提供することでグーグルと合意したところだ。
ゴーウェル氏は、グーグルが圧倒的である理由として、誰もが知っているスタンダードなインターフェースであることを挙げつつ、改善すべき点も多く、その一つは検索と予約がつながっていない点だと見ている。
「私の個人的な意見だが、Citymapperと、その連携プラットフォームが付いた地図アプリがあったら最強だろう。すべてのパーツを手配できて、それを自分のウォレットに格納できる」(同氏)。
「予約や購入ができて、拡張現実(AR)機能も備えていれば、旅行にはぴったりのツールでゲームチェンジャーになる」。
シルバーレイルでも、これに近いものを目指して自社アプリViviの開発を進めてきたが、B2C向けではないと強調する。
AI技術を加えることで、地図アプリは各段にスマートになるとゴーウェル氏は見ており、たとえば通勤やレジャーで地図アプリを使うタイミングを予測したり、あるいは最寄り駅から目的地まで、「お天気が良いから歩いてはどうか」といった手軽な提案ができるようになると予想している。
「通勤や地図検索プラットフォームが進化し、もっと使いやすくなるために、生成AIは必然的なステップの一つ。パーソナライズした検索結果が出て、より適した移動プランや訪問先が選べるようになる」とMoovitのプロダクト担当副社長、ジブ・カバレティ氏は話す。
「とはいえ、正確性やカスタマイズの精度まで、すべてAIに任せられるようになるには時間がかかるだろう。『ここから一番近い、車椅子でアクセスできる地下鉄の駅は?』と聞いたら、ちゃんと答えてくれる――、そんな時代はまだ先だ。ボタンを何度も押したり、アプリ内を右往左往したりするのは大変で、時間もかかると嫌がる人もいるので、質問や指示を音声で出せる方が、使い勝手は良いだろう」。
3D技術の活況
マッピング・プラットフォームの大手各社が目下、力を入れているのが「3次元(3D)地図」だ。グーグルは5月、3D地図を高速作成する同社のレンダリング技術を活用したAPI「フォト・リアリスティック(Photorealistic 3D Maps)」を、一般開発者も利用できるようにしたと発表。さらに9月には、3Dマッピングにアニメーションのような効果を表現できる「fly to」および「fly around」機能を追加。観光施設やデスティネーション、ホテルが自社ウェブサイトで案内ツアーを簡単に提供できるようにした。
一方、サンフランシスコのNiantic Labsでは、3D画像作成の新しい手法、ガウス・スプラットをローンチした。これは「完全に没入型の3Dモデルで、従来のものより正確で鮮やかに仕上がり、作成スピードも速い」(同社)としている。ここ数年、人気のポケモンGOアプリのおかげで、同社の技術を使うユーザーは静かに増えてきた。同ゲームでは、プレイヤーが実存する場所で、その景色をスキャンする必要があるからだ。この蓄積が、ゲームだけでなくマッピング・プラットフォーム作りにも役立った。
しかしAtlyのカウフマン氏は、3D画像をどんなに極めても、いずれ行き詰まると考えている。「3D地図の中を歩くのは確かにとてもクールだが、私自身、使ったことは一度もない」。
分岐点は、拡張現実(AR)かもしれない。グーグルによる「グーグル・グラス」は時期尚早だったが、メタとサングラス・メーカーのレイバンの連携、さらにAI、3D、マッピング分野の進歩には、時代を変えてしまう力がある。地図がキラー・アプリになる可能性は大きいが、今はまだ、想像もつかない形になっているだろう。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営する「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との正式提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Tracking the evolution of maps in travel planning
著者:マーク・フレイリー(Mark Frary)氏