皇居東御苑に隣接し、唯一無二の立地と景観を誇る「パレスホテル東京」。1961年に開業した旧パレスホテルを2009年に閉じ、2012年5月に新生「パレスホテル東京」として建て替えて開業して以来、継続的に国内外からの高い評価を受けている。
世界のラグジュアリーホテルの日本進出が相次ぐなか、日本の独立系である同ホテルが世界の富裕層に注目され、高い評価を受ける理由とは? 建て替え開業の準備をすすめていた2011年にパレスホテル社に入社し、2020年3月から代表取締役社長を務める吉原大介氏に話を聞いた。
「世界に通用する日本のラグジュアリーホテル」への取り組み
パレスホテル東京が開業した2012年当時、日本ブランドのラグジュアリーホテルは、そう多くはなかった。老舗の帝国ホテル、ホテルオークラ、ホテルニューオータニが長く日本のホテル御三家といわれてきたが、それ以降、新御三家や新々御三家などと称されたのは、1990年代以降に日本に進出してきた外資系ホテルだ。
「建て替え開業にあたり、『世界に通用するラグジュアリーホテルを目指そう』という思いで一気に変えた。コンセプトからサービス、プロダクトなど、細部までこだわり、突き進んできた12年間だった」と、吉原氏は振り返る。
建て替え後は、レストランの数を減らし、ひとつひとつの空間を広げた。客室は建て替え前の全389室から全290室に減らし、1室あたりの広さをラグジュアリーホテルの水準とすべく、全室45平米以上に拡大。その後も、2019年には旧パレスホテル時代から評価が高かったファインダイニング「クラウン」の営業を終了し、フランス料理界の巨匠アラン・デュカス氏と組んで「エステール」をオープンした。2022年には客室12室をスイート6室に改装。全284室とし、ゆとりのある客室を増やしている。
吉原氏は「ラグジュアリーホテルにはミシュラン星付きの良いファインダイニングがある。都内に素晴らしいレストランが数多くある中、常に進化をしていなければ飽きられてしまう。現状に満足せず挑戦していくことが大切。それを忘れずにいようと、スタッフと話している」と明かす。
外部機関の評価(格付け)も重視している。同ホテルは、2016年に米国「フォーブス・トラベルガイド」のホテル部門で、日系ホテルで初めて最高位である5つ星を獲得。それ以降、9年連続で同評価を維持し、2024年にはスパ部門をあわせ、日系で初めて2部門での5つ星ホテルとなった。2024年には、「ミシュラン・ガイド」が新たに始めたホテル格付け「ミシュランキー」でも、最高位の3ミシュランキーを獲得した。
吉原氏は「世界的な評価を獲得することが、世界に通用するラグジュアリーホテルへの一歩になると考え、取り組んできた。この過程で学ぶことは多い。例えば、フォーブス・トラベルガイドの評価項目は800以上あり、定量的な面を測定できる外部の評価だと捉えている。価値を出す手段のひとつでもあり、独立系である当ホテルが世界に知られる機会にもなる」と意義を説明する。
2024年上期(1~6月)は客室平均単価(ADR)が10万5500円となり、2012年の開業後、初めて半期を通して10万円を超えた。外国人比率は72.1%に上昇し、特に桜シーズンである3~4月のADRは12万円台になった。
「日本人だけでなく、外国人のリピーターも多い。お客様に価格に対する価値、当ホテルだからこそ経験できる価値を提供しようと、スタッフ全員と話をしている。そこを感じ取り、利用していただくお客様がこの12年間で増えた。コツコツと継続していくことが未来につながる」と吉原氏は話す。
価格に対するパレスホテル東京の価値
では、パレスホテル東京ならではの価値とは何か。吉原氏は、企業理念“美しいこころで、感性をゆさぶる”を大事にし、日々、スタッフに「どうやってお客様の感性を揺さぶるか、1人1人が考えて取り組もう」と話しかけ、常に意識できる機会を作っているという。
四半期に一度、“感性をゆさぶった”スタッフを報奨する制度を設けているのもその1つ。また、吉原氏は自ら、約800人の社員の誕生日にカードを贈り、そこにも必ず、企業理念と「価格に対するパレスホテルらしい価値を提供していこう」というメッセージを添える。
ラグジュアリーホテルになるほど、フレキシブルな対応が求められ、パーソナライズなサービスは増える。満足度のカギを握るのは、人とのタッチポイントだ。 吉原氏は、館内を歩き、スタッフとゲストの信頼関係が伝わってくる光景を見るたびに「最終的には人がすべて。ホテルの価値は働く人で決まる」と実感している。世界のホスピタリティを知るセレブリティのゲストに「そのスタッフがいるから、パレスホテル東京を選ぶ」と言われることも少なくないという。
だからこそ、吉原氏は「価格に対する価値を提供する人員は、しっかり配置しなくてはいけない」とし、そのためにも「経営者はスタッフが気持ちよくサービスができるよう、バックアップの環境を整えることが大切」と考える。その一環として同社では初任給を上げ、ベアはこの2年連続でおこなった。「スタッフの満足度を上げることが顧客満足につながる」と、待遇面で採用も強化している。
一方、価格に対する価値の提供では「プライシングも非常に大事」と続ける。ゲストは価格に対する価値を感じて初めて来店する。「その時に価値が実感できなければ、二度と利用されない」と、値付けの重要性を強調する。
特に、世の中の物価が上昇し、ホテルのADRが上がっている昨今、日本のホテル価格は海外の主要都市と比較すると低価格だが、国内からは“高騰した”といわれる。国内と海外で価格に対する感覚に大きなギャップがある状況だが、吉原氏は「マーケット全体を見ながら適正な価格設定をしたい」という。日本人の価格感を大事にしながら、バランスをとることを重視している。
価値向上と事業拡大の関係
パレスホテル社は2020年7月、宿泊主体型ホテルの新ブランドを立ち上げ、「ゼンティス大阪」を開業した。「パレスホテルによるラグジュアリーホテルのリミテッドサービス」(吉原氏)として、国内主要都市に展開していきたい考えだ。「これからの10年、20年は、『パレスホテル』と『ゼンティス』を両軸に展開する。グローバルホテルの進出が続く中、日本のホテル運営会社として事業展開をしたい」と意欲を示す。
現在、同社グループにはパレスホテル東京とゼンティス大阪、「パレスホテル大宮」がある。2028年には台湾に運営会社として「アンバサダーパレスホテル台北」をオープンする。吉原氏は「一つのベンチマークとして目標を設定しないと、そこに向かって走れない。まずはホテル数を、2030年までに既存施設・計画を含めて10軒程度に広げたい」と意気込む。
事業拡大をしていくためにも、運営ホテルのクオリティは重要だ。競合となるグローバルブランドは、どの場所にあっても顧客の期待に応えられる同水準のクオリティを維持する安定感が強み。また「数では日本国内の独立系ホテルは敵わない」(吉原氏)。だからこそ吉原氏は、グローバルホテルができない部分まで細部にこだわり、立地から厳選していく方針だ。
「数を追うよりも質にこだわり、いいホテルをお客様が価値を感じる場所に作っていきたい。その土地の雰囲気から出るサービスがある。それこそ差別化であり、付加価値だ。そういうホテルを求めるお客様にしっかり刺さるものを作っていきたい」(吉原氏)。
そのためにも、パレスホテル東京については「フラッグシップが輝いていなければ、運営を任せようというオーナーからの声掛けは来ない」と今後も磨き上げに余念がない。
そして、ホテルを輝かせるのはやはり人だ。この点でも、事業拡大をする意味を強調する。「1施設だけではポジションが限られ、若いスタッフがキャリアアップできない。施設を増やし、若いスタッフが次のステップやキャリアを描けるような場所を用意していくのが私の使命。人材獲得競争が激化している中、やりがいと待遇の両輪を極めて取り組みたい」と考えている。