マーケティング事業を展開する刀社が立ち上げた「沖縄アドベンチャートラベル」は、2024年4月から「沖縄アドベンチャーズ」のブランドのもと、やんばる地域を舞台としたアドベンチャートラベル(AT)ツアーを本格的に開始した。森にフォーカスした「やんばる、奇跡が生きる森へ」と、海をテーマにした「サンゴの海、うみんちゅの祈り」に加えて、欧米で注目が高い『健康・長寿社会』を深掘りする「ブルーゾーン(Blue Zone)」をツアー化。いずれも、旅行者が物語の中を旅をするようなストーリーを仕立てることにこだわっている。
アクティビティ、自然、文化体験のうち、2つ以上で構成される旅行形態であるATは、欧米豪の富裕層を中心に年々拡大している。アクティビティは目的ではなく手段であり、アクティビティを通じて自然や異文化体験するのが特徴だ。
「地方はもっと面白くなるはず」
「沖縄アドベンチャートラベル」は、刀社の社内コンペから生まれた。提案者の一人、竹田尚子さんは「とにかく、地方はもっと面白くなるはずだと信じていた」と、沖縄拠点の旅行会社立ち上げに熱意を注いだ。
刀社が筆頭株主のジャパンエンターテイメントが、沖縄北部にテーマパーク「JUNGLIA」の開業計画を進めていたこともあり、沖縄への理解と期待が大きかった点も立ち上げの後押しになったという。
立ち上げにあたって、竹田さんは沖縄への移住を決心する。前職では、沖縄でホテル開発に携わっていた竹田さん。沖縄でビジネスを進めていくためには、地元の信頼を得る必要があり、そのためには「会社の住所が沖縄であることを伝えて、本気度を示すことが大切」であることを経験上学んでいたからだ。
加えて、アドベンチャートラベルは、アクティビティや自然体験を通じて、その土地の文化や自然に没入していく旅であることから、そのコンテンツ開拓は、本土から通いながらできるものではないとの思いもあったという。何よりもアドベンチャートラベルは人と人の関係性から生まれてくる豊かさが重要な要素となる以上、コンテンツ開拓でも人の力がものを言う。
ツアーのストーリーラインは、旅行者に旅を全日程で案内するスルーガイドと一緒に作り上げていたった。そのなかで、竹田さんは「ストーリーを組み上げていくための説明の段取り、練習は、かなりおこないました」と振り返る。
アドベンチャートラベルの成功の鍵の一つは、スルーガイドの存在だ。全行程を通じて参加者に寄り添うことが大切だが、竹田さんは「途中で喋りすぎるのも良くない」と話す。ストーリーを感じてもらうためには、次の目的地のインプットを最小限にし、現地に到着したら、その地域に特化したローカルガイドに引き継ぐ、その役割分担が重要だという。遠方から足を運んだ現地の空気を感じ、景色を眺めながら、その地域のストーリーを味わうことは、まさに旅の醍醐味だからだ。
「スルーガイドの役割は、参加者を『早く次に行ってみたい』とワクワクさせることに尽きる」と竹田さん。沖縄アドベンチャーズでスルーガイドを務める篠田宇希さんは、スルーガイドの役割を「さまざまな伏線を、現地で回収していく感じ」と表現した。
欧米が注目する「ブルーゾーン」、カギは「人とのつながり」
沖縄アドベンチャートラベルでは、やんばるの新たなアドベンチャートラベルとして、「ブルーゾーン」を切り口としたツアーを造成した。
「ブルーゾーン」とは、健康で豊かな生活を送る長寿の人々が暮らす地域のこと。作家ダン・ビュイトナー氏の著作が世界中でベストセラーになったことで一躍注目を集めた。彼は、世界各地を取材するなかで、沖縄、イタリア・サルデーニャ島、カリフォルニア州ロマリンダ、コスタリカ・ニコジャ半島、ギリシャ・イカリア島を5大ブルーゾーンとして紹介。最近では、ネットフリックスで放映されたドキュメンタリーも反響を呼んだ。
沖縄アドベンチャートラベルでは、古くから続く自然と精神の関係性、やんばるの森の恵みを生かした食生活、ハイキングやサバニなどのアクティビティ、そして地元の『おじい(お爺さん)』の話などを通じて、やんばるの長寿のヒントに触れてもらう3泊4日のツアーをつくりあげた。
ブルーゾーンには、9つの秘訣があると言われているが、その一つが「人とのつながり」だ。地域コミュニティの絆の強さが、長寿に大きな影響を与えていると言われている。ツアーではその一端に触れる機会も用意されている。
東村で体験農家民宿を営む與古田(よこた)力男さんもその一人。伝統的な沖縄家屋で、沖縄そばと、ゆし豆腐をいただきながら、車座になって與古田さんの話に耳を傾けた。
特に、生活の知恵や長生きの秘訣を教えてくれるわけではない。何気ない雑談から聞こえるエピソードからは、與古田さんの人柄が滲み出て、沖縄のおじいの素朴な面白さに笑顔になる。地域に根を下ろした人の「語らい」は、部外者にとっては新鮮だ。
「昔はすごいヘビースモーカーだったけど、次男が生まれた時、じっとその姿を病院で見ながら、『こいつのために何ができるだろう』と考えても、『何もできないじゃないか』と思ったね。だったら、こいつのためにせめてタバコをやめようと思ったわけ。それ以来一度も吸ってないよ」と與古田さん。「タバコは健康に良くないとやっと気づいた」と声を上げて笑った。泡盛は、毎日の晩酌というよりも、知人が来た時に大いに飲むという。
與古田さんの話は、自分史から家族の歴史へ。與古田さんは、自ら祖先の系譜を長年にわたって調べ上げ、家系図にまとめた。横数メートルに及ぶファミリーツリーは、與古田さんの今に繋がる証しだけでなく、地域の営みの証拠でもある。その元祖である阮氏一族は、今は沖縄だけでなく、中国、台湾、ハワイなどにも散らばっているが、4年に1度、その一族が集まるという。與古田さんの願いは、次に中国で開かれるその集まりに参加することだ。
ローカルガイドの導きで、やんばるの精神性の世界へ
ブルーゾーンで大切にされていることの一つに「信仰心を持つ」ことも挙げられている。
辺戸集落では、 やんばるの森認定ガイドの平良太さんの案内で、やんばるの精神性の世界に一歩入り込んだ。集落を散策する前に、神屋にお参りし、近くの大川でお水取り。心身ともに清めて、訪問に敬意を表す。
集落、やんばるの森を散策したのちは、体力があれば、沖縄最高の聖地と言われる辺戸の御嶽に祈りを捧げる。竹田さんは「やはり、ローカルガイドがいなければ、実現しない体験」と話し、その存在の貴重さを強調した。
辺戸集落の人口は現在、36世帯38人。ほぼ、おじいとおばあだという。「老け込んでいる暇がないですよ」と平良さんは笑うが、やんばるの自然と文化を伝承していく重要性も感じている。ガイド料の中から協力金を村に還元しているほか、後継ガイドの育成として、ガイディングのマニュアル化も進めているという。「マニュアルを残すことが、集落の文化的なものや風習的なもの後世に伝えていくことになるのでは」と、この地で生まれ育った自身の役割を考えている。
やんばるの森の恵みで、旅の物語に想いを馳せる
3泊4日のブルーゾーンツアーで、3日目に宿泊するのが国頭村の東側に位置する「アダ・ガーデン・ホテル」。沖縄とベトナムの友好の証として建てられた。室内装飾や調度品などベトナム色の強いリゾートホテルだ。
スルーガイドの篠田さんは、「アドベンチャートラベルでは、体験は本物、食は質の高い地産地消、そして宿泊はある程度、高級な場所でなければ、満足度が下がってしまう」と話し、このホテルを選んだ背景を説明する。
このホテルは、やんばるでのバードウォッチングの拠点として有名な場所だ。また、かなり高い確率で野生のヤンバルクイナに出会えることでも人気を集めている。ヤンバルクイナとの遭遇確率を高めるために、森の中に遊歩道も整備しているところだという。
食もブルーゾーンのキーワードの一つ。沖縄最北端の辺戸岬に近い集落にひっそりと佇む「やんばる園」という古民家カフェでは、自生する野草を使った素朴な食事を楽しむ。完全予約制で、予約が入ってから、店主の佐久眞カツエさんが、やんばるの森で採取するという。
佐久眞さんは、食事の前に一つ一つの野草について、その文化的背景も含めて説明してくれた。雑炊のボロボロジューシーは、「昔、沖縄ではお米が貴重だったので、少しでも大家族が食べられるように、ふやかして、そこにヨモギやさつまいもなど野菜を入れて食べた。本当に身近にあるものを美味しくいただく知恵があったんですね」といった具合だ。
ここでのランチは、3泊4日の最終日に設定されている。やんばるのブルーゾーンのスートリーを巡った後に、やんばるの森の恵みをいただきながら、その物語に想いを馳せる。ツアー最終日、やんばる時間で時がゆっくりと過ぎていく。
スルーガイドの篠田さんは「アドベンチャートラベルの醍醐味は、ネットでは決して探せない人やことに出会うこと。旅は人生を前向きにして、困難を乗り越えていく力を与えてくれると思う」。世界中の世界遺産でガイドを経験してきた篠田さんは、やんばるで改めてその思いを強くしている。
トラベルジャーナリスト 山田友樹