オンライン旅行業界の国際会議「WIT Japan 2018」のメインカンファレンスが2018年6月29日に開催され、国内外のトラベル業界のキーマンが次の成長に向けた課題認識や注目のトレンド、未来の展望などを語った。今年は32社がスポンサーとして協賛し、業界のキーマンからスタートアップまで82人のスピーカーが登壇。2日間あわせ500人超が参加した。
冒頭挨拶で、WIT Japan実行委員責任者の柴田啓氏(ベンチャーリパブリック代表取締役社長CEO)と浅生亜也氏(サヴィーコレクティブ代表取締役社長)が登壇。柴田氏は、2大OTAグループの1つ、ブッキング・ホールディングス(旧プライスライン・グループ)の時価総額が2017年に1000億ドル超と大幅に拡大した一方で、グローバルのオンライン市場の成長が鈍化したことも指摘し、オンライン旅行業界が転換期にある現状を指摘した。
恒例で人気を集める日本のオンライントラベルを語るセッションでも、進行を務めた柴田氏はこの点に言及。登壇した、楽天トラベル、JTB、リクルート(じゃらん)とも、2017年の売上成長率が10%以下であったと回答した。今年の見込みについては1桁台~20%未満と2017年を上回る見通しを示しつつ、現状評価については各社とも「50点」と述べ、次の成長への意欲を示した。今年の同セッションには日本OTAに加え、エクスペディアとトリップアドバイザーから日本のトップが登壇。内容は後日、詳報する。
オンラインとオフラインの融合/伝統と革新が次の成長へ
また、WIT創始者のイェオ・シュウ・フーン氏は、「テクノロジーによる変化を止めるものは何もない」と語り、フォーカスライトの「APACオンライントラベルオーバービュー」に基づき、オンライン旅行市場が2021年までに市場全体の41%となる1450億ドルへと急成長が見込まれることを紹介。中国市場の成長やモバイル化、鉄道やレンタカーのオンライン予約の増加といった8つの潮流を提示した。
その上でシュウ・フーン氏は、「これが意味するものは、オンラインとオフラインがともにあること」との見解を披露。「この2つが合わさると素晴らしいことが起こる。旅行は古い業界であり、伝統に革新、従来のアイディアに新しい技術が組み合わることが、(今年の会議のテーマである)“Better Travel”」と述べ、テーマの趣旨とともに、変化を次の成長に繋げるヒントを語った。(以下は会場で表示された、オンライン旅行市場の現状を示すデータ)
待ったなしに進む未来の旅行
シュウ・フーン氏が言うように、「止めるものは何もない」ほどの勢いで変化・進化するテクノロジー。今年も、技術革新とそれによる旅行の未来が語られた。
例えば、旅行ビジネスで導入が進むAI(人工知能)は、すでにチェスや囲碁、将棋などで人に勝利したニュースは知られているが、日本IBM Watson カスタマー・エンゲージメント事業部長の樋口正也氏は、IBMのAIシステム「Project Debater」が人間とのディベートでも勝利するようになったことを紹介した。相手の発話内容を理解し、会話を成立させる技術が、精度とスピードをもって進化しており、さらなるビジネスの機会と変容を生みそうだ。
また、個人投資家で昨年、ドローンに特化したファンドを立ち上げた千葉功太郎氏は、「ドローン市場は急速に進化している」と、日本のインバウンド市場を引き合いにその勢いを表現。同ファンドでは6000万米ドルを調達し、日本を中心に19のスタートアップに投資していることを説明した。
千葉氏は、2020年にVR(仮想現実)とテレイグジスタンス(遠隔臨場感)によるドローンツーリズムの実現を目指しており、さらに2025年には東京で道路に浮かぶホバーバイクとドローンタクシーのプロジェクトにも投資を実施。「投資家としてこういう未来を作りたい」と、間もなく訪れる未来の姿を紹介するとともに、熱い思いを語った。
キーワードはマインドセット
今年の各セッションでしばしば登場したキーワードの中で印象的だったのは、「マインドセット」。新たなビジネス、イノベーションが生まれるなかで、自社の強みを生かしつつ、これらを成長戦略にどう取り入れるか、その思想の重要性が語られた。
例えば千葉氏は、「日本は製造の長い歴史があり、素晴らしいコアテクノロジーを持っているが、未来のプロデューサーがいなかった」と指摘。ちなみに、ドローン・ファンドでは同分野で日本が牽引する未来を目指しているという。
もう少し、旅行に関係するところでは、JTB Web販売部戦略統括部長の三島健氏が「コンフォートゾーンは変えるべき領域、というマインドセットが必要。デジタルとデータに取り組まない限りは、次の成長はない」と述べ、例としてアマゾンの実店舗「Amazon Go」に言及。「これは、オフライン行動を可視化し、すべてデジタル領域で管理したもの」と解説し、「オンラインプレイヤーがオフラインでそういうことをやりだしたときに、自社のオフラインの部分をどう考えるか。オフラインをオンライン的に捉えることが重要だと思う」と語った。
さらに印象的だったのは、82歳のアプリ開発者・若宮正子さんの登壇。60歳を過ぎてPCを触ったという若宮さんが、雛飾りゲームアプリ「HINADAN」や、Excelで日本の文様などを表現する「エクセルアート」を生み出したきっかけを語った。若宮さんは、手にしたスマートフォンが「シニアには使いにくい」と感じ、「シニアが使いやすいアプリを作ってほしい」と依頼したところ、「それなら自分で作れば」といわれたからなのだという。そのアドバイスを受け入れた柔軟性と意識転換、それによって形となった若宮さん世代ならではのユニークなデジタル発想が喜ばれている現実は、多くの参加者にとって感じるところがあったはずだ。
このほか、今年のWIT Japanでは、新たな技術で誕生したBtoBビジネスプラットフォーマーや、決済、タビナカのプレイヤーなども登壇し、旅行市場の広がりを感じさせるものだった。
なお、世界各国で開催されるWITの次の1年のスタートになる本国シンガポールでの「WIT Singapore2018」は、2018年10月15日~17日に開催される。
記事:山田紀子