観光業界の「7月クライシス」を回避できるか? 緊急事態宣言解除で求められる「地域単位の方策」【コラム】

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こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

緊急事態宣言は延長されたものの、全国的に新規感染「確認」者が減少し、今月末には、緊急事態宣言は解除される見込みです。

「出口戦略」が各所で語られ始めていますし、実態として、GW明けの都心部では、あきらかにGW前よりも人手は増えてきており、宣言解除を先取りした動きも見られるようになっています。

感染拡大とは言っても、延べ数でみても、99.9%の人は非・感染者であり、そのために経済の多くの部分を止めたままにはしておけない(社会的には経済停滞に伴う自死の方が深刻な問題となる)ことを考えれば、こうした動きは当然のことと言えます。

3月下旬以降、国全体を覆っていた「目に見えない恐怖」「多大な閉塞感」を霧散させていくことが期待されます。

他方、現時点で、我々は「どのレベルの行動抑制が、感染発生と社会活動のバランスが取れるのか」という点について、十分なノウハウを持っているとは言い難い状況です。

東京都での新規感染「確認」者数の推移を見ると、3月下旬の都知事の自粛要請以降、新規感染は抑制され、さらに、緊急事態宣言によって強く抑制された(数値で現れるのは2週間後)ことが解っています。一方で、2月下旬から大規模イベント自粛や学校休校、大規模集客施設(例:東京ディズニーランド/TDR)休業、宴会自粛はされていたものの、感染拡大は抑え込めませんでした。

この結果をそのまま読み取れば、2月下旬の「自粛」水準では、抑え込みは不十分であり、都知事の自粛要請に準じる行動抑制でなければ抑え込めないということになります。

欧米でもロックダウン解除の動きが出ていますが、これは、ニュージーランドのレベル設定で言えば、レベル4からレベル3に落とすというものです。日本は、緊急事態宣言でレベル3相当であり、これをレベル2に落とすというものであり、レベルが違います。

欧米からすれば「日本がレベル3相当で、それなりに上手く行っているのだから、我々だってできるだろう」という感覚なのかもしれません。裏を返せば、「ロックダウンが社会的コストを支払うだけの効果をもったものなのか」という疑問もあるのでしょう。

いずれにしても、今後、日本が緊急事態宣言を解除し、レベル2相当にまで緩和するというのは、未知の領域ともなります。

さらに注意が必要なのは、規制レベルをすべての人が守るわけではないということです。現在のレベル3をすべての人が遵守しているわけではないように、仮にレベル2にした際、勝手にレベル1相当の行動をとってしまう人も出てくることになります。

実際、いちはやく規制緩和した隣国ではクラスタが発生し、一気に100名を超える感染者が発生しています。ただ、このクラスタ発生は、時間的に規制緩和前であり、かつ、緩和後の基準で見ても避けるべき行動のようです。つまり、規制緩和後の行動基準が原因ではなく、規制緩和されるということで、社会的に「緩み」が出たことが原因だと指摘できます。

我が国においても、緊急事態宣言を解除したら「元の生活に戻れる」と考えている人や、もともと、自粛に否定的だが社会的要請(世間体)があるから自粛していたという人も少なくないでしょう。

最悪のシナリオは何か

さて、そうした現状整理をした上で、観光業界において「最悪」なシナリオは、宣言解除されて6月に「観光客が戻る」が、並行して、各所でクラスタが発生。6月下旬に再度、緊急事態宣言(または、強い自粛要請)が出されてしまい夏休み需要を喪失する、というものです。

もともと、6月は梅雨時で、多くの地域においては「閑散期」です。

しかしながら、4月、5月と続いた自粛社会で蓄積されたストレスは尋常なものではありませんから、少し緩めれば、一気に需要は吹き出ることになるでしょう。

もちろん、「まだ怖いから止めておこう」という人もいるでしょうし、「十分にフィジカル・ディスタンスを取れる行動を厳選しよう」という人もいるでしょうが、ザクッと言って3割くらいの人々は「待ってました。もう大丈夫だよね。」とばかりに自身の行動を緩和するでしょう。

その結果は、自ずと想像がつきます。

新型コロナの非常に厄介なところは、2週間前の結果を見ているということにあります。例えば、5月13日現在で新規感染「確認」者数が減っているのはGWに自粛したからではなく、その前の自粛によるものです。GW以降は明らかに行動自粛が弱まっていますが、これが感染拡大させるか否かは、20日を過ぎてこないとわかりません。そして、仮に、感染拡大させていた場合、指数的な広がりとなって蓄積されているため、そこから自粛モードに切り替えても、そのピーク超えに2週間、収束までさらに2~3週間という月単位の時間を必要とします。

これは、我々自身が3月中旬から身を持って体験している話です。

そのため、たとえば緊急事態宣言後に再度感染が拡大し、それが6月中旬に「確認」された場合、その規模によっては、8月上旬くらいまで、再度・緊急事態宣言が出される可能性があります。

これは、観光業界に取って、最悪のシナリオでしょう。

春休みとGWを喪失し、これに夏休みも加わるとなれば、手の施しようがありません。

急がれるニューノーマルへの対応

感染が再拡大するか否かは、現時点では、全くわかりません。

もしかすると、高温&高湿によってウィルスの活動は抑制されるかもしれませんし、既に大きなクラスタを発生させるほどウィルスが社会に残っていない可能性もあります。

しかしながら、感染再拡大→夏休みの喪失という最悪のシナリオを否定できる要素も現状有りません。リスク・マネジメントの基本で考えれば、発生確率は低くても、発生した場合に甚大な被害がでるものは、優先して対処すべきリスクとなります。

仮に、感染再拡大が起きたとしても、自分の地域は、または、自分の事業については、一定の需要を取り込みながら夏休みに対応していくことができる体制を構築しておくべきでしょう。

それは、以下の3つに取り組んでいくことです。

  1. 地域ぐるみで感染症対策ができるサービス・デザインに転化する。
  2. 感染しているリスクの低い顧客を選別し、誘致できるようにする。
  3. 地域での感染症対応医療サービス容量を拡充する。

ここでのポイントは、観光/ホスピタリティ産業側が、自身の取り組みスタンスをしっかりと示すことです。

誰でも感染するのは怖い。しかし、フィジカル・ディスタンスの確保など、感染は十分に予防できるものともなっています。外から人を呼び込む以上、また、人と人のコミュニケーションが大きな経験価値である以上、感染を拡げる可能性はゼロではありません。ただ、世の中、可能性がゼロというものは、そもそも存在しません。やれるだけのことをやり、一定の水準以下にまでリスクを下げることができるのであれば、一概に否定されるものではないと考えることができます。

とはいえ、新しいサービス・デザインとは、例えば、「テーブルをこまめに消毒します」程度で終わる話ではありません。フィジカル・ディスタンスが自然ととれるような構造や仕掛けが必要となるでしょう。

例えば、先日再開業した上海ディズニーでは、入場者数を30%に絞り込んでいます。また、国内宿泊施設では稼働率を下げ、物理的に宿泊者数を減らすと同時に、空いている部屋を使って食事を部屋出し(食堂を使わない)できるようにしているところも出てきています。この他、カラオケルームは使わないとか、チェックイン手続きは部屋でやるとか、設備の閉鎖や動線変更も取り組まれるようになっています。

当面は、このように「人数を絞り込む」「一部の機能を制限する」「やり方を変える」といったことが産業側の姿勢としても重要でしょう。もちろん、単純に人数や機能を絞り込むだけでは、収益が下がるだけですから、単価を上げる工夫も必要となります。

こうした新しい行動規範、行動計画を策定し、それを公開。当然、批判もあるでしょうが、自分たちにできることとしてアピール。ある程度、社会的責任も示して行動していくことが必要となるのではないでしょうか。

仮に、6月中旬以降に、感染の再拡大が生じてしまった場合においても、一定の活動の自由を確保できるか否かは、産業サイドが、その事態においても責任ある行動を示すことができるかにかかってきます。

ニューノーマルへの対応というのは、そういう自立的な判断、行動も含まれるものと考えています。

言い方を変えれば、6月に復活する需要に「飛びついて」しまい、その状況が広く取り上げられてしまえば、感染が再拡大したら、例え実際にはそこでクラスタが形成されなかったとしても批判の対象となってしまい、その後のロックダウンを強制されることになってしまう可能性があります。

DMOへの期待

新しい行動規範や計画は、プレイヤーとなる事業者が策定、実践していくことになりますが、それを地域において共有し、コロナ禍に対応していくには、事業者だけでは不十分です。

各地で感染の再拡大が起これば、再び世論は自粛一色なってしまうからです。今回の緊急事態宣言では、観光・ホスピタリティ産業の維持存続に関する知見やネットワークを十分に有しているとは限らないことを浮き彫りにしています。

そうした状況において、しっかりと観光・ホスピタリティ産業の代弁者となり、行政・首長、またはメディアに対して、主張を展開できるのはDMO以外に想定できません。

また、行政や首長の懸念事項についても、民間側に伝え、解決策を考えていくという役割もDMO以外では難しいでしょう。

今後の感染状況は「神のみぞ知る」ですが、全ての地域が、同じ様に感染拡大するわけでもありません。地域単位での感染拡大は、対策によって変えることができるはずです。一定の経済活動を維持した上で、です。

現時点では、そのバランスのとり方は判然としませんが、感染が落ち着いてきた現在であれば、冷静な議論も可能でしょう。各地域において、感染拡大防止と経済振興の両立に向けた取り組みについて、官民での協議を行っていくことを期待します。

それが地域単位で、7月クライシスを避ける方策と考えています。

【編集部・注】この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。

出典:7月クライシスを回避する

原著掲載日: 2020年5月13日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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