レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)などの発想転換で、地域が「観光客を選ぶ時代」を考察してみた【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

コロナ禍は、いつ収束/終息するのかは「神のみぞ知る」という状態ですが、仮に終息したとしても、元の世界には戻りません。

ワクチンが開発されたとしても、ウイルスがこの世界からなくなるわけではなく、依然として、感染症対策は欠かせない対応となるからです。

また、コロナ前に顕在化していたオーバーツーリズム、低い生産性、地域振興との乖離といった問題に対する対応ができなければ、仮にコロナ禍が終息しても、観光が持続性を持つことはないでしょう。

こうした「これから生じる問題」に対応するには、観光集客の手法を根本的に切り替えることが必要と思われます。

レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の発想

端的に言えば、「来てくれる人は誰でもウェルカムです」という発想を切り替え、地域側で「来て欲しい」人を明確にイメージし、そちらに誘導していくことが重要となるでしょう。

日本語の観光は需要側の行動に主軸をおいていますが、対応するツーリズム(Tourism)は、観光客と事業者、地域との関係性を包含した概念です。

すなわち、観光客は単なる「客」ではなく、観光(ツーリズム)を構成する主体の一つであり、彼らの行動によって、観光(ツーリズム)は良いものにもなるし、悪いものにもなるわけです。

観光は、観光客にとって、生活の質を高めることにつながる貴重な活動ですが、他方、来訪先となる地域に一定の負荷をかける活動でもあります。自然地域への負荷だけでなく、今回のような「感染症を地域に持ち込むかも」というのも、その一例です。

こうした、観光客の意識や行動にも一定の責任をもってもらうことで、より良い観光地を作っていこうという動きが「レスポンシブル・ツーリズム」(責任ある観光)です。

もちろん、観光客は「客」なのですが、自分の行動が地域や環境へ負荷をかけているという事を意識した自律した行動をとってもらおうという考え方です。

例えば、オーバーツーリズムも、その問題の多くは「交通やごみ処理、トイレなどで負担だけかけて、それに見合う経済行動をしない人」や「ルールを守らず私有地に侵入したり、写真を撮りまくる人」の存在であり、それが多量になるから問題も大きくなります。

仮に、観光客が自律的な行動をするのであれば、オーバーツーリズムのほとんどの問題は解決可能でしょう。

ただ、これまでは、来訪自体を制御する手段がありませんでしたから、地域側がいかに啓蒙をはかっても、実態を変えることはできなかったわけです。

これは、いち早くレスポンシブル・ツーリズムに取り組んだハワイでも同様です。

「検疫」というフィルタリング

しかしながら、今回のコロナ禍によって、人の移動は大きく制限されました。前述したように、コロナ禍が終息しても、感染症拡大のリスクは一定程度残りますから、人の移動には、一定の制約が付加されることになるでしょう。

また、全世界の観光リゾート地は、これから、「誰を呼び寄せるのか」について、しっかりとした方針をたて、それに沿った行動を行わなければ地域コミュニティの支持を得ることはできないでしょう。

これからの「ウィズ・コロナ」期間は厳しい市場環境におかれることになるホスピタリティ産業ですが、ポスト・コロナにおける集客について対処を間違えれば、コミュニティに「この地域には要らない」と判断されてしまう可能性すらあると考えておくべきです。

観光リゾート地においては、感染症対策上、リスクの低い人を呼び寄せる手法を開発し、運用する必要があるかもしれません。

さらに、そうした顧客のフィルタリングを行うのであれば、同時に、レスポンシブルに行動できない人にも「遠慮」いただくという考え方があっても良いでしょう。

これは、観光地マーケティングに大きな構造変化となるはずです。

CRMの徹底

とはいえ、人の移動を物理的に制限する権限は、政府レベルにしかありません。地域のDMOはもちろん、地方自治体であっても、AさんはOKだけど、Bさんはダメといった対応は不可能と言えます。

さらに、そうしたフィルタリングは、常に「差別」と表裏一体の関係にあります。人種、宗教、国籍などで一律で線引きすることは、ダイバーシティの考え方にも反することになります。

あらかじめ、対象となる個人の属性によって排除したり区分したりするのではなく、あくまでも、自地域との関係性によって顧客を切り分け、より相性の良い顧客に対して優先的な取り扱いを行っていくことで、結果的に、「相性のよい顧客」の比重を多くし、「相性の悪い顧客」を抑制していくという考え方が重要です。

これは、いわゆる「ロイヤルティ・プログラム」と同じ考え方です。一般的には、航空会社のマイレージ・プログラムが有名ですが、利用回数/搭乗距離の多い顧客に、特別なおもてなしをすることで、自社を特別なものだと認識してもらい「贔屓にしてもらう」やり方です。

この考え方を、感染症対策と合わせて、地域で展開するとしたら、例えば、以下のような対応が考えられます。

  1. 感染症対策負担金として、1日あたり1000円とか2000円といった金額設定を行う。
  2. しかしながら、旅行の2週間前から、しっかりと感染症対策を行っている人(例:テレワークを徹底、外食はしない)に対しては、半額にする。
  3. 地域検定のホルダーについては、さらなる減額をする。

これは一つの考え方ですが、その地域への旅行に対して、どれだけ節制した行動をとれるのか、また、その地域についてどれだけの造詣や思い入れを持っているのかによって、顧客と地域との関係性、相性の良さは浮き彫りにしていくことができるでしょう。

このままで推移すれば、仮に自粛によって、ある程度の水準に感染者数の発生は抑え込むことができていたとしても、おそらく、年単位にわたって、旅行すること自体がナンセンスとなってしまうに違いありません。

潜伏期間も長く、無症状者も多い。さらには、PCR検査に対する信頼性や、仮に検査で陰性でも検査後の感染は否定できない…といったことを考えると、「すべての人が感染していると考えて行動する」というのが、最も合理的な感染拡大防止策であることに変わりありませんし、地域住民も観光客を受け入れることに肯定的な意識を持つと想定しにくいからです。

ただ、崩壊状態とされるNYCであっても、感染者数は人口の1.5%(840万人に対して、13万人/2020年04月17日現在)に過ぎません。その十倍としても、8割以上の人たちは、感染してはいないわけです。東京は、さらに感染者数が少ないですから、ほとんどの人は、非・感染者です(人口930万人に対して、3千人。率にして0.03%/2020年04月17日現在)。

しっかりとコロナの危険性を認知し、その予防措置を行い、自粛した日常生活を送っているセグメントの人々に限定すれば、そこに感染者が居る可能性は、極めて低いと考えられます。

そう考えれば、旅行前(タビマエ)の段階から地域や施設がしっかりと顧客とつながり、顧客が「楽しみにしている旅行」のために感染しないような日常生活を送っていることが「確認」できるのであれば、相当量のリスクを抑えることになります。

これを実現するには、地域単位で、観光客を不特定多数から特定多数へと切り替え、タビマエ・ナビナカ・タビアトのそれぞれでインタラクティブな対応を行う必要があります。

その中で、単に感染症対策だけでなく、地域との相性の良い顧客との関係を強めていくことができれば、コロナ以前に生じていた問題の多くも解決可能となるでしょう。

つまりは、観光地としてCRM(Customer Relationship Management)を展開するということです。

地域コミュニティとしても、「ともかく来訪禁止」と呼びかけるより、こうした「CRMによる管理された来訪を認める」ことの方が安心できると考えてくれる可能性はあります。

なぜなら、法的に罰則付き移動制限を設定できない我が国において、来訪自粛を呼びかけても、「自分には関係ない」と勝手な判断をする人々の動きは止められず、人数は減ってもリスクはむしろ高まるとも考えられるからです。

CRMによる来訪者管理は、感染拡大防止とホスピタリティ産業維持を両立できる取り組みとして、地域コミュニティから支持を得ていくために必要な取り組みと考えます。

観光が「動いている」時には、関係者が膨大であるために、これを実施することは非常に困難です。しかし、現在のように事実上「止まっている」状態であれば、十分実現可能ではないでしょうか。

顧客にとってもメリットは大きい

観光地でのロイヤルティ・プログラム導入、CRM展開は、例えば、京都の「一見さんお断り」のように、敷居を高く感じさせてしまう部分があります。

ただし、コロナのような感染症対策で言えば、ほとんどの人は、しっかりと自己防衛をしています。それにもかかわらず感染拡大が止まらないのは「自分には関係ない」と人の言うことを聞かず、「感染上等」で、やんちゃな行動をしている人たちが、少なからずいるためと考えられます。

感染拡大が止まらないために、さらに、行動抑制が強まりますが、感染上等な人たちは、そうした要請も聞き入れませんから、結局、その他大勢の「自粛を受け入れる人々」の生活が、さらに切り詰められるだけとなります。

言ってみれば、真面目な人が割りを食っているというのが、現在の、そしてここ当面の間の問題です。

しかしながら、そうした「真面目に」生活している人であれば、感染拡大リスクは少ないとして、何かしらのリターンが得られるようになれば、それはただの我慢ではなくなります。

例えば、「夏休みの家族旅行」は、そうした我慢に見合うイベントとなるでしょう。

こうした取り組みには、個人情報、プライバシーの保護など、解決すべき問題も多くあります。しかしながら、「観光が止まった」今だからこそ、観光客を単純な「量」ではなく、一人一人を独立した個人と捉え、地域との関係性を丁寧に再構築していくことが求められるのではないでしょうか。

なお、どんなにCRMが徹底されたとしても、社会全体で、日々の新規感染者数が増大しているような状況においては、観光を展開することは困難です。

この取り組みは、自粛によって、ある程度の水準にまで新規感染者数が抑え込まれている状態(収束状態)での、自粛緩和策の一つであり、また、将来的なコロナ禍終息後での検疫体制という位置づけであることを付記しておきます。

【編集部・注】この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。 

出典:DISCUSSION OF DESTINATION BRANDING. 観光客を「選別」する時代へ

原著掲載日:2020年4月18日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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