旅行業は、これまでにも厳しい逆境を経験してきたが、今回のコロナ危機下で、過去の教訓はちゃんと活かされてきたのか? という疑問を感じている。
感染症に対して、これほど脆弱である理由は、航空便を利用しての移動プロセスそのものに起因している。通常期に旅行に出かけるときの流れを追ってみると、大体、次のような流れになる。
- フライト出発時刻の1~3時間前に空港に到着
- 航空会社カウンターまたはセルフサービス・キオスクでチェックイン手続き。搭乗券と荷物用タグを受け取る。荷物を預けない場合は、オンラインでチェックイン。
- まずセキュリティ検査、続いて出入国管理の列に並ぶ。
- 時間に余裕があれば、免税店で買い物したり、仕事したり、ゆっくりして搭乗開始のアナウンスを待つ。
- 搭乗待ちの列にまた並ぶ。
このように人が密集する場が繰り返し出てくるため、世界的なパンデミック(感染大流行)に限らず、あらゆる感染症の流行に対して防御が甘い。規制をかけられ、場合によっては全面ストップを求められるのも当然だ。
混雑するピーク時間帯ともなれば、列に並ぶことで感染拡大リスクはさらに高まる。空港到着からフライト出発までの時間が限られていることも難点だ。現実的に可能な対策は限られ、検温による感染者チェックと隔離ぐらいになってしまう。
その結果、各国政府が真っ先にとる対策は、渡航を制限し、国から国への感染拡大を防ぐことになる。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
コロナ感染拡大下で何がおきたか?
コロナ感染拡大の初期、北京など一部の空港では、旅客の健康チェックを行う時間を確保するため、出発時刻の8時間前までの空港到着を求め、到着便の搭乗客には2週間の自宅隔離を求めていた。だがこのやり方では負荷が大きい上、個人の権利を厳しく制限することを躊躇する政府は少なくない。
新型コロナウイルスの感染拡大はあまりにも急激で、空港での水際対策はうまく機能せず、世界の航空便数は大幅縮小を余儀なくされた。以下のグラフは、2020年3月時点のパンデミックによる業務渡航の中止率を地域別に表したものだ。
同様に、1月6日から3月23日までの国別航空便数(週あたり前年比)の推移がこちら。
数字から分かる通り、感染確認後6週間ほどで、中国では空の移動の規制が始まり、大きく落ち込んでいった。こうした事態を回避できるように、我々は全力を尽くすべきだ。
従来のやり方を見直す
今までと同じ旅行手続きのやり方から、脱却する必要がある。いくつか例を挙げよう。
- 今までの旅行プロセスを再検討し、弱点を補うために大胆な見直しを行う
- 搭乗客のスクリーニングを、もっと早い段階で実施できないものか。空港に到着する前に済まられないか?
- 空港に集中している業務を全面的に開放し、分散する。混み合うピーク時間帯でも、行列に並ぶ必要がない状況が目標。
以上のような対策を講じることで、パンデミックへの耐性を強化できる。さらにサステイナブルなオペレーションや、経済的効果といったメリットも出てくる。モバイルやアナリティクス、生体認証などの技術を活かせば、旅行の流れはこんな風になる。
- ドバイから北京への旅行。フライトのチェックインは、出発12時間前に自宅で済ませる方法を選択。
- 航空会社のシステムには、全旅程と個人履歴が安全に保管されている。チェックイン前に、過去数日間の滞在場所をチェックされる。すると感染の危険が高い場所が含まれているたことが分かる。
- 医療機関の検査機器と、モバイル・チェックインのシステムを完備したリモート・ターミナルの一つに行くよう連絡が来る。
- 指定されたリモート・ターミナルの中で、自宅から一番近いところへ向かう。荷物を預け、チェックイン手続きし、検査を受ける。結果が出るまで、隔離室で数時間を過ごす。
- この隔離室には、空港内の免税店や、テレビのストリーミングなどのエンターテイメントが楽しめるオンライン・プラットフォームがあり、待ち時間に利用できる。
- 検査結果に問題なければ、生体認証での出入国管理とモバイルでのセキュリティチェックを受ける。その後、保税区域専用のスマート・バスに乗って移動。
- すでに出国手続きやセキュリティ検査を済ませているので、あとは飛行機の搭乗開始を待つだけ。
- 荷物や購入した免税品は、すでに搭乗便に運びこまれている。
これはテクノロジーを上手に活用しながら、必要な手続きの流れを再構築した一つのシナリオだが、感染症に弱い空の旅の問題点が、かなり解消できるはずだ。実現できれば、色々なことがもっと効率的に実施できるようになる。
例えば、
- 手続きを早い段階で行えば、健康に問題ない大多数の旅客と、感染疑いのある少数とを分け、予防措置を講じる時間的な余裕ができる。
- 予測分析により感染リスクが高い人を絞ることで、効率よく防疫対策を進められる。
- 空港内で、人が同じ場所に集中する時間を減らし、混雑を緩和することで、旅客および空港職員々の感染を防ぐ。
- 利便性は損なわずに健康管理の基準を満たす(行列やストレスの緩和)。
- セキュリティ検査と出入国管理における必要事項は遵守する。
ところで今回のパンデミック以前から、旧態依然とした空港業務にもっとイノベーションを取り入れるよう求める声は出ていたが、遅々として進んでいなかった。
IATA(国際航空運送協会)が2016年に実施したグローバル旅客調査では、「空港以外の場所で、荷物を預けたり、チェックイン手続きを済ませたい」と回答した人が、全体の50%以上だった。イミグレーションやセキュリティ検査のやり方にも、改善を求める声が多い。こうした手続きが、空港における長い行列や旅客ストレスの原因となっているからだ。
テクノロジーで次世代型の空港を実現するには?
では、「次世代型の空港」を目指す上で、我々はまず、どこから手を付けるべきなのか?
カギになるのは、インテリジェント・オペレーションと旅客対応向けテクノロジーの活用だ。AIや生体認証、モビリティなどを取り入れたい。
もちろんこうした技術の数々は、すでに色々な場面で導入されているが、問題は、バラバラに動いており、相互の連携がないことだ。引き続き、関係各社からの幅広い協力を呼びかけ、様々なソリューションを統合していくことが、目標達成につながる。
現在、導入済みのテクノロジーを統合していくと、どんなスマートエアポートが出来上がるのか、具体的な例を挙げてみよう。
1. 空港外でチェックイン手続き
アラブ首長国連邦では、オフ・エアポート・ソリューションの実用化が始まり、旅客や荷物のチェックイン手続きを自宅やホテル、ショピングモールなど、空港の外にある様々な場所で済ませることができるようになった。
例えば当社が手掛けているリモートチェックインの場合、どの航空会社にも対応可能で、超過荷物分の支払いや各種の航空券以外の付帯運賃(アンシラリー・サービス)販売もできる。米国、英国でも、同様の取り組みが進んでいる。空港外チェックインの導入は、IATAが提唱する「次世代旅行テクノロジー(NEXTT)」戦略の中核を成すコンセプトでもある。
2. バイオメトリクスでの個人認証
指紋や顔の特徴などを使った生体認証の運用テストは、世界中の数百にのぼる空港で行われている。これにより、セキュリティ検査や搭乗手続きのスピードアップが期待されている。エミレーツ航空とドバイの出入国管理局では、顔の生体情報を使った本人確認を試行中だ。チェックイン・カウンターから飛行機に乗るまで、パスポートや搭乗券の提示が不要なので、旅客の流れがスムーズになる。
IATAでも、空港におけるバイオメトリクス導入を標準化し、安全でスムーズな移動を実現する「OneID」計画を作成している。
3. トラッキングして解析する
コロナ危機を受けて、多くの新アプリが開発され、人々の現在位置のトラッキングや、健康状態をチェックができるものが登場している。これを空港でも有効活用できないか、検討するべきだ。
例えば航空会社のチェックイン・システムと組み合わせれば、旅客の位置履歴や体温データをもとに、搭乗の可否を判断する材料になる。エティハド航空では、空港キオスクや荷物カウンターで、非接触型でセルフサービスのテクノロジーを使い、旅客の健康状態を把握する方法をテスト運用する。
4. AIとデジタル・コンシェルジュ
ブリティッシュエアウェイズでは、試験的にAIロボットによる旅客へのリアルタイム情報提供を行っている。これにより空港スタッフはより緊急性の高い業務に対応できる。旅客の移動中に役立つアプリも拡充中で、デジタル・コンシェルジュとしての役割が期待されている。
デジタル・コンシェルジュで移動中のコンタクト回避
一方、テクノロジーの導入には、様々な理由から、難しい問題が多いのも事実だ。これを解決するためには、一気にすべてを決めるのではなく、段階的なアプローチをとり、関係者が意見交換し改良を加えつつ、柔軟に進めていくことが大切だ。最終的な目標は、すべてが完全に統合されたソリューションの実現であり、未来の空港には欠かせない要素だ。
「モバイル・チェックイン」「旅客データ」「出入国管理」「セキュリティ」「保税区域内での交通手段」の各分野別に、スマートエアポート化への工程表を3段階(試験段階→暫定版→最終的な「未来のスマートエアポート」)に分けて、以下の表にまとめた。
スマート化を遅らせている要因は?
航空産業界は変化に対して腰が重く、なかなか前に進まない。テクノロジーによる問題解決が可能であっても、航空会社や空港に加え、地上での様々な手配業者、法規制、警察、税関など、関係する業種や管轄当局が幅広く複雑なので、全方面からの賛同や協力をとりつけるのは簡単ではない。
IATAのNEXTTのような取り組みは、こうした困難を乗り越え、様々なステークホルダーが一つにまとまり、空港の未来像について考える絶好の場になるだろう。以下に、未来に向けた空港の変革を阻んでいる要因について考えてみたう。
1. 既存のレガシー・システムへの満足度が高いこと
空港で使用中のシステムや業務プロセスには旧式なものが多いが、まだ利用可能であるし、新しいスタンダード導入には関係各社の意見調整という大変な作業が伴う。例えば、最もよく利用されている旅客チェックイン・プラットフォームは、1980年代からずっと「CUTE」のままだ。
2. データ統合の悩み
航空業界におけるIT導入状況は、各社や地域ごとにバラバラで、最新の通信プロトコルが採用されていないケースもある。航空会社、空港、地上手配業者、政府や担当官庁で使われているシステムも異なるため、チェックインから搭乗まで、旅客サービスを本格的に見直し、すべてのシステム基準を統一するのは至難の業だ。
3. データのプライバシー保護
旅客データへのアクセス増と、プライバシー保護の両立が問題になる。過去の渡航歴から直近の数日を過ごした場所、免税品の購入、医療情報など、多くのことをチェックする必要があるからだ。欧州では、生体データによるチェックインや本人確認を導入しながら、GDPR法も遵守するという難題に直面している。
4. 投資リスクの負担
誰がコストを負担するのか?という問題が、空港のテクノロジー改革では常につきまとう。新しい空港への関心は高いものの、それに伴う投資負担の許容範囲には温度差があり、合意形成は難航する。
以上の問題点は、過去10年間、あらゆるデジタル化のプロジェクトで持ち上がり、実現を妨げる要因にもなってきた。これを打破するためには、関係者が一堂に会し、共通のビジョンに目を向け、建設的かつ現実的な姿勢でイノベーションに取り組むことが不可欠だ。
なお、同じ理由から、スタートアップ各社が航空産業のイノベーションに参画できなくなるケースは多い。こうした障壁を取り壊し、リスクを厭わないベンチャーキャピタルがもっと参画しやすい産業となることも、改革を加速するために必要なことだ。
最後に
SARSからジカ熱まで、過去に起きたアウトブレイクの収束後を参照すると、以下の通り、マーケットは順調に回復している。
新型コロナウイルスについても、日常生活に多くの変化をもたらし、長く影響を与える一方で、いずれ旅行が再開されることに疑問の余地はなく、むしろリバウンド特需すら期待される。過去のアウトブレイク収束後もそうだった。
だが航空産業は、再び新しいウイルスや感染症の脅威が起きる事態に備え、適切な対応策を講じておくべきだ。今こそ関係者が協力し、未来へのビジョン実現に着手するタイミングだ。
航空・旅行業界では、多くの企業が今回の打撃を避ける手段を持たず、自らの弱点を痛感している。即刻、対処し、問題解決へと動き出すべきだ。
パンデミックはこれからも何度も起きるだろう。その都度、瀕死の重傷を負うような事態は避けなければならない。テクノロジーを取り入れることは、旅行需要の激減を避けるだけでなく、世界的な感染拡大を防ぎ、グローバル経済を支えることにも役に立つ。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:
Coronavirus is reshaping the airport experience of the future, part 1
Coronavirus is reshaping the airport experience of the future, part 2
著者:Omar Abou Faraj 氏(Dubz社CEO)
協力:Samer Sobh(同COO)、Mustafa Maghraby(同CCO)、Amine Oubrahim(成長戦略担当)