JTBは2020年6月30日に第57期定時株主総会を開催、山北栄二郎氏が正式に代表取締役社長執行役員に就任した。1987年4月に日本交通公社(JTB)に入社し、営業開発やマーケティング、経営企画などを経験後、2017年にはJTB欧州本社代表を務めるなど、グローバルな視点で同社のビジネスに携わってきた。コロナ禍という未曾有の危機の中でのトップ就任。ウィズコロナの中で、あるいはポストコロナに向けて、どのような舵取りで「第三の創業」を進めていくのか。デジタルトランスフォーメーションからソリューションビジネス、店舗改革まで、その考え方と方向性を聞いてきた。
デジタルプラットフォーム構築を加速
こういう時期だからこそ、旅行産業のあり方をもう一度考え直し、ツーリズムをしっかりと育てていきたい——。山北氏は、コロナ禍での社長就任の抱負をそう話す。
考え直す旅行産業のあり方のひとつが、デジタルトランスフォーメーション(DX)だ。JTBは、コロナ以前からその推進をしてきたが、「ニューノーマルの中で、デジタル化は明らかに進む」として、デジタルプラットフォームの構築を加速させる。
JTBは108年の歴史のなかで、旅行を中心としたビジネスを拡大し、それとともに関係するステークホルダーの領域も広げてきた。近年はインバウンド市場の拡大によって、観光の裾野がさらに拡大。さまざまな業種の企業が観光に関わるようになり、自治体やDMOも観光施策を進化させ、JTBが進める交流創造事業も波紋のように外に広がりを見せている。
「そうしたステークホルダーとともに、テクノロジーの力を活用して、ニューノーマルで求められる課題を解決していく」と山北氏。JTBが「第三の創業」で掲げるソリューションビジネスをさらに推し進めていく考えを示す。
一方で、テクノロジーは手段に過ぎない。大切なのは目的だ。旅行にも交流にも目的がある。
山北氏は「その目的を理解しているのがJTB」と強調し、OTAなど旅行系テクノロジー企業との違いを鮮明にする。そのうえで、JTBの人材力を生かしつつ、優秀なテクノロジー企業とパートナーシップを組みながら「お客様の目的達成のお手伝いをするためにテクノロジーを活用していく」考えだ。
バーチャルとリアルとの新交流時代へ
DXを進めていくうえで、山北氏が描く未来はバーチャルとリアルによる新交流時代。「交流は五感で感じるもの。バーチャルだけではツーリズム力は発揮できない。結局はリアルが大切になってくる」。目指すのは、テクノロジーを駆使したバーチャルを取り入れつつ、リアルのよさを追求するハイブリッド型交流だ。
JTBでは、すでにその取り組みを実現化している。たとえば、ウエディングプラザでは、パソコンやスマホなどで「リゾートウエディングオンライン相談」を始めた。デジタルだが、JTBの人材力が介在し、リアルのウエディングにつなげていく。
また、最近ではバーチャルでの企業イベントのコーディネートも始めた。中国で新型コロナウイルスが発生し、日系企業のイベントが相次いで中止。商品発表する機会が失われていたことから、北京支店がバーチャルでのイベントを提案した。そこから、この新しいビジネスが生まれたという。山北氏は「JTBは総合的に目的達成のための勘所を掴んでいる。ベンダーの選択を含め自社のコーディネート力やコンサルティング力を活かせる」と自信を示す。
リアルイベントとは異なり旅行手配業務は発生しないが、バーチャルの強みは、開催回数や参加人数を増やすことが可能で、時間とロケーションの問題も解消できるところにある。しかし、山北氏は、企業のニーズにもよるが「バーチャルで完結させることは考えていない」という。小規模なリアルイベントから大規模なバーチャルイベントへ、あるいはその逆の可能性も模索しながら、密を避けるニューノーマルでのハイブリッドソリューションを提案していく。そのうえで、「この取り組みはポストコロナでも続けていけるだろう」と意欲を示した。
特化型店舗で、JTBの「人財力」を活用
デジタル化のなかで、課題として取り組んでいるのが店舗改革だ。コロナ禍以前からの課題だが、今後も「軽量化を進めて、機能や役割を変えていく」。マーケットのニーズに合わせて、特化した店舗ネットワークを効率よく回していく方針だ。たとえば、ウエディング、クルーズ、ロイヤルロードなど。最近では、店舗スタッフが顧客の希望に合わせた時間の過ごし方を提案する「JTB Wa!Life」というサービスも始めた。
店舗の集約を進める一方で、新交流時代での「人財力は不可欠」との認識は変わっていない。従来の計画にしたがって全体の要員数は縮小していくが、デジタル化の推進、ソリューションの構築、マーケティング機能の強化などに向けて人材への投資は進めていく。コロナ禍で厳しい状況にはあるものの、来年度の新卒採用も継続する予定だ。
また、山北氏は「お客様にしっかりと向き合い、お客様の実感価値を高める組織にしていく」と話し、今後の顧客と関係性を最適にするためには組織改編にも含みをもたせた。
Go To キャンペーンで国内旅行市場復活へ
JTBの2019年度連結決算では、第4四半期でのコロナ禍の影響が大きく、減収減益となった。現在、外務省の海外危険情報と感染症危険情報のレベルは下がらず、各国も入国制限を継続していることから、海外旅行ツアーはすべて止まったまま。緊急事態宣言下の4月には、この危機に対応するために1400億円の資金調達に動き、それも決まったものの2020年度も厳しい状況が続くと見られている。
そのなかでも、山北氏は「行けるようになったら旅行に行きたいという需要は強い」と前向きだ。国内旅行では、近場とファミリーから戻り、年内には通常に戻ると見る。すでに沖縄などリゾート地の予約は動き始めているという。
「Go To キャンペーン」の開始が遅れているが、そのつなぎとしてJTBは独自キャンペーンを展開。自治体も限定的ながら独自のクーポンを発行し、旅行需要の喚起に力を入れている。そのうえで、「『Go Toキャンペーン』が始まれば、国内はかなり戻るだろう」と期待をかける。
一方、海外旅行については、厳しい見立てだ。今年秋以降に動き始め、まずはハワイやグアムなどから再開するが、欧米市場の回復は来年いっぱいかかると見通す。
変化する旅行形態に対応し、持続可能な観光産業へ
コロナ禍でニューノーマルの観光とともに旅行者数が回復していく一方で、旅行形態の変化も進むとする。たとえば、バスを利用したツアー。密を避けるため乗車人数を制限せざるを得ず、そうなると収益に課題が出てくる。こうした課題に、山北氏は、これまでの一度に集客して送客し、利益を出す構造から、分散集客して頻度を高めることで利益を出す構造に変えていくことが必要との考えを示す。そのなかで、カギとなるのが需要に合わせて価格を弾力的に設定するダイナミックプライシングだ。
このビジネスモデルの変化は、コロナ禍以前から課題となっていたオーバーツーリズムの緩和や地域とのつながりの強化にもつながる。当然ながら、密を避ければ、オーバーツーリズムは起こり得ない。また、頻度を高めることで、地域コミュニティーが旅行者を受け入れる機会も増えることになる。
「今後は、特定の場所への送客ではなく、DMCや自治体との連携を強化し、(旅行者の受け入れで)地域での広がりや奥行きをつくっていく必要がある」と山北氏。事実上の休業中でも、逆に地域とのコミュニケーションは深まっているという。
また、場所の分散化とともに、時間の分散化への取り組みにも関心を示す。旅行時期の平準化は、ライフスタイルと深く関わるため「簡単な話ではないが、休日のあり方などは検討していくべきだろう」との見解を示した。
ニューノーマルで変わる消費者ニーズ。リモートワーク、ワーケーションなど働き方の変化に合わせて、旅行・観光への期待も変わってきている。「ウィズコロナ、ポストコロナの旅行業界では、SDGsの考え方が加速していくだろう」。山北氏は、デジタルという土台を構築し、マーケットの変化に柔軟に対応しながら、「ツーリズムを持続的に発展させていきたい」と未来を見据えた。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹