インバウンド再開に向けて「今できること」は? 日本政府観光局の新理事長代理に聞いてきた

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は収まらず、2020年3月以降、訪日外国人数は、ほぼゼロ。これまで右肩上がりで成長してきたインバウンド市場は、前例のない事態に直面している。世界的に海外旅行の制限が続き、日本も水際対策として入国規制を継続しているなか、日本政府観光局(JNTO)が打つ手も限定的にならざるを得ない現状だ。

依然として先行きが見通せないなか、今年6月、JNTO理事長代理に前国土交通省関東運輸局長の吉田晶子氏が就任した。「今できることをやるしかない」と話す吉田氏に、将来のインバウンド再開に向けて、今やるべきことを聞いてみた。

インバウンドは必ず元の水準以上に回復する

吉田氏にとって、今回の理事長代理就任は3度目のJNTO勤務になる。最初は2000年〜2003年にかけてニューヨーク事務所に赴任。2001年9月11日の米同時多発テロを現場で経験した。

吉田氏は「テロ直後は多くのアメリカ人が航空機に乗らなくなった。米国の空港では厳重なテロ対策が行われ、2、3時間前までに空港に行かなければ搭乗できないような状況だった。その後、航空テロ対策が定着し、それが新しい日常として受け入れられて、航空需要はテロ以前の水準に戻っている」と話す。感染症も同じことで、感染症対策が空の旅の新しい日常として定着して、航空機利用も戻ることが期待される。そして 「インバウンドは必ず元の水準以上に戻ると確信している」と力を込める。

テロ後、同年12月頃にはヨーロッパからアメリカへの旅行者が戻り始め、1年ほどで通常に戻ったが、「米同時多発テロのときと異なるのは、新型コロナウイルスは、よりグローバルな問題であること。例えば、今から5年後を想像した場合、多くの人が従前の姿に戻っているだろうと想像できるだろうが、それまでの間の収束状況については、ワクチンや治療薬の開発状況や各国の感染状況次第で様々なシナリオがありうる。IATAなどは国際航空需要が2019年レベルに戻るのは2024年と見通しを発表している」と中長期的な視点でとらえる。

コロナ禍の中で、さまざまなグローバル市場調査で日本は「将来訪れたい国」として上位にランクされている。コロナ禍以前からの人気は幸いにも継続しているようだ。しかし、新型コロナウイルスの世界的な収束やワクチン普及が見通すことができるタイミングが来れば、世界の観光市場で一気に旅行者の争奪戦が始まる。「訪れたい国」というポジションは、ずっと続くとは限らないというのが現実だ。

吉田氏は、「SNSでの情報発信や海外事務所で可能な事業は継続して実施している。一方、本格的なプロモーションキャンペーンは、入国制限の緩和を見極めながら行うことになる」との考え。「旅行者受け入れによる感染の再拡大は絶対に避けなければならない。入国可能になった段階で、『日本に来る場合に守るべきこと』をきちんと伝えることが大切になるだろう。それは受け入れる日本人との関係でも非常に重要なテーマ」と話し、2030年の訪日客6000万人という目標達成に向けて、インバウンド振興と感染防止とを両立さていく重要性を訴えた。

今、できることをやる

JNTOは訪日外国人誘致を目的として、海外向けの情報発信や海外からの情報収集に加えて、BtoB商談会やBtoCのイベント、海外からのメディア招請などを行っているが、日本と海外との往来を前提とした事業は現状では実施が困難になっている。そのなかで、「今できることをやる」と吉田氏。「前職の関東運輸局では、地域の交通・観光産業の経営をモニタリングし、地域が疲弊している実情を見てきた。それだけに、その思いは強い」と強調する。

2019年に3188万人を記録したインバウンド市場は日本の宿泊市場全体の約2割までに成長。吉田氏はインバウンドが再開するまでの間に観光産業が疲弊してしまうことを懸念する。

インバウンドが止まる一方、日本人の海外旅行(アウトバウンド)も止まっている。「海外旅行者約2000万人が国内旅行にシフトすれば、国内観光と相まって一定の観光需要は維持できる。現在、観光業界が疲弊しているのはインバウンドもさることながら国内観光が回復していないことが大きい。GoToトラベルキャンペーンや自治体による需要喚起策による国内旅行市場が回復することを、まず期待する」。

JNTOは、海外でのSNSでの情報発信等を継続して行うとともに、JNTO会員企業や地方自治体向けには、JNTO海外事務所とオンラインで結び、最新情報の提供と将来に向けたプロモーションアイデアを共有する活動を拡充している。加えて、新たな施策も検討中だという。

JNTOは独立行政法人として、法律上の目的が国際観光の振興と定められているが、その解釈の範囲内でできることを模索。たとえば、現在のところ外国語だけで発信している日本の観光コンテンツ情報については、従前から素材を提供した国内の関係者を中心に、「JNTOが海外に発信している内容が、国内の関係者にはわからない」と日本語化の要望が寄せられていた。

吉田氏は、今後、外国人目線で選んだテーマ型コンテンツを中心に順次国内関係者が確認できるようにする考えを明かす。外国人目線で構築したコンテンツは、日本人が日本の魅力を再発見することにつながる可能性がある。また、地域にも観光コンテンツの開発でヒントとしてもらいたい考えだ。

また、「地域の観光は収入がないと生き残れない」との危機感から、海外向けにオンラインでの観光情報の提供と地域の物産の販売とを組み合わせることを検討していくという。

JNTO吉田氏消費額拡大に向けて、地域を質の高い高価値市場に

さらにJNTOが重要な施策として位置づけていることがある。これまでの知見を活用した地域へのコンサルティング活動だ。「JNTOの仕事は究極的にはインバウンド観光による地域の雇用創出、地域活性化だと思っている」と吉田氏。特に国内旅行市場しか動いていない現在、地域の観光素材を磨き上げ、さらに質の高い観光地を創っていくことは、将来のインバウンド復活に向けても重要なテーマだと強調する。

日本政府は、コロナ禍でも2030年の訪日外国人6000万人、消費額15兆円の目標は変えていない。質の高い観光地の創出は、その消費額を上げていくことにもつながる。吉田氏は「コロナ禍は、人数だけでなく、経済政策として消費額をどのように上げていくかを立ち止まって考える期間にもなる」。

「安かろう、悪かろうの価格競争ではなく、質の高い高価値市場にすることが大事。インバウンドが戻ってくるとき、そのことは非常に重要になる」。そして、「海外旅行者のニーズを国内旅行で満たすことは、将来のインバウンドのニーズに応えることにもなるのではないか。国内旅行であれ、インバウンドであれ、地域の魅力を高めることは同じ」と話す。

吉田氏は、そのために地域で取り組むべきことのひとつとして「宿泊施設の高度化」を加える。

日本独特の旅館は外国人観光客のあいだで人気だが、「宿泊」というよりも「体験」の要素が強い。吉田氏は「旅館は外国人にとって日本での体験として非常に魅力的だが、長期滞在には向いていない。長期滞在型の休暇スタイルである欧米人にとって、日本は宿泊施設の選択肢が限られている。また、欧米だけでなく中東や中国の富裕層も、インターナショナルブランドのホテルがあると選択しやすいという声を聴く」と話し、宿泊の選択肢が広がることの必要性を指摘。また、高品質の宿泊施設の整備について、都市部だけに偏るのではなく観光客の地方への分散化の観点からも、観光訴求力の高い国立・国定公園との組み合わせのポテンシャルを指摘する。

地域でサステイナブルなエコシステムの構築を

新型コロナウイルスは、インバウンド需要に頼る危うさを顕在化させた。市場の先行きが不透明ななか、誘客戦略を練り直す事業者も出ている。それでも「日本の観光産業にとってインバウンドの重要性は変わらない」と吉田氏は指摘する。中長期的に日本の人口が減少していくなかで、日本人旅行者数も減っていくことは避けられない。産業としての発展を考えるなら海外に目を向けるほかない。地域も同じだ。

「観光は地域の装置産業」。吉田氏は、観光と地域との関係をそう定義し、インバウンドと国内とのバランスのなかで、産業も地域もサステイナブルなエコシステムを作り上げていく必要性を説く。「地域の環境を維持し、固有の文化を発展させながら、地域に雇用と収益をもたらす事業として回していく仕組みを作らないと、人を呼び込んでも持続可能な観光は成り立たない」。その点で重要な点が2つある。

1点目は、地域ぐるみでのオーバーツーリズム対策。もう1つ、地域のエコシステムのなかで、経済を循環させながら、旅行者の消費額を上げていくために必要になるのが、マーケティングの力だ。製造業は、マーケティングを通じて、売れるもの、求められるものをリサーチし、開発し、製品化し、販売する。「それが観光業に欠けている」と吉田氏。

インバウンド需要はいずれ戻ってくる。そのときに備えて、「海外も含めて地域外で行われていることにもっと耳を傾けながら」、地域が潤う高価値のプロダクトを開発、あるいは磨き上げる。それも、「今できることをやる」ことのひとつだ。

聞き手 トラベルボイス編集部 山岡薫

記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹

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