デジタル版の「ヘルス・パスポート」がいよいよ動き出した。テクノロジー企業に加え、各国政府もこれを活用する方向にあるが、現状のように検査やワクチンの規定がバラバラなうえ、様々なパスポートが出回るようになれば、混乱に拍車をかけることになりかねない。
そこですでに登場しているパスポートとその機能、心配されている点について、Q&A形式で整理してみた。
Q: デジタル・ヘルス・パスポートとは? 誰が発行しているのか?
デジタル・ヘルス・パスポートは、アプリまたはオンラインの証明書で、旅行者が新型コロナウイルス検査を受けた際の結果や、ワクチン接種記録が分かるもの。航空会社のスタッフや国境管理の係官がこれをチェックし、その人の感染リスクや周囲にウイルスを伝播するリスクが低いことを確認するという流れを想定している。
入国を許可してよい旅行者かどうかを確認する現実的な方法ではあるが、どのヘルス・パスポートのプラットフォームを採用するか、どの検査方法やワクチンを有効と認めるかは、各国の裁量に任されている。帰国後、出社許可の判断でも役に立つかもしれない。
すでに2020年4月の段階で、コロナ検査が必要になると考えていた航空会社もある。そのうちの一社、エミレーツ航空では、ドバイ保険局(DHA)の協力を得て、検査施設を開設した。現在では複数の航空会社や空港が検査施設を整えているが、デジタル・ヘルス・パスポートが登場したことで、さらに先の段階まで考え、よりユニバーサルな体制を構築することが求められている。
最初に登場したデジタル・ヘルス・パスポートには、ICC AOKパス、コロナパス、コモンパスなどがある。
続いてIATA(国際航空運送協会)のトラベルパスやMvine-iProovパスポート、VeriFLY、V-ヘルス・パスポート、パスポート・フォー COVID、CCI Linuxなどが出てきた。チケット販売のチケットマスター社が、ライブイベント業界の窮地を支えるべく、同様のパスを作成中との報道もある。
OTA各社も、予約を確定する際の必要事項に、ワクチン接種証明を加えるかもしれない。ウェブジェット(Webjet)が顧客の免疫情報をシステム上に記録する機能を設計していると報じられたが、背景には、今後、海外旅行にはワクチンが必須になるとの予測がある。カンタス航空のCEOも同じような考え方を示している。
こうしたなか、様々なコラボレーションが始まっており、航空会社も各国政府も、様々なパートナーとのパスポート開発に動き出している。
Q: 実際には、どのような流れになるのか?
デジタル・ヘルス・パスポートの枠組みはシンプルだ。
まず旅行者は自分のスマートフォンにアプリをダウンロードし、そのアプリを自分が利用する旅行会社につなげるか、旅程をアップロードする。すると、その旅程において、どの証明書類が必要になるのか、アプリが案内する。これに従い、例えば認定検査機関でコロナ陰性証明を取得し、これが承認されると、搭乗許可を示すQRコードまたは何らかの証明が送られてくる。
しかし、これはまだ始まりに過ぎない。IATAでは、航空各社が自社アプリにトラベルパスを組み込めるようにする予定で、旅行者が自分でアプリを探したり、ダウンロードする手間が省けるとしている。他にもIATAの空港・旅客・貨物・セキュリティ担当上級副社長、ニック・キャリーン氏は1月27日、複数の機能を加えて、3月初めにはリリースする予定だと明らかにした。
続く第二段階として、子供や未成年者、グループ内の複数人を対象としたサービスも4月から提供する。またトラベルパスに検索機能を盛り込むことも検討中だと同氏。複数言語にも対応させていく計画だ。
Q: デジタル・ヘルス・パスポートはどこでも通用するのか?
デジタル・ヘルス・パスポートを認めるところは限定的だ。
こうしたプラットフォームを正式に認めている国は、今のところアルーバだけ。同国の場合はコモンパスを選択した。自国で展開しているアルーバ・ヘルス・アプリに加え、2月から承認する計画だ。デンマークでは、独自にワクチン・パスポートを開発中という。
しかし、ほとんどの国で、最終的にはワクチンと同様、複数のプラットフォームをデジタル・ヘルス・パスポートとして認めるようになる、という見方が主流だ。国が正式に認めるかどうかは、当該国の国内旅行で義務付けられている規則への対応の有無が、一つのポイントになりそうだ。IATAのトラベルパスでも、今年後半までに対応予定だとキャリーン氏は話す。
同様に、航空各社でもプラットフォーム採用に向けた各種アプローチが進んでいる。ユナイテッド航空はニューヨーク/ロンドン便で、コモンパスの利用を試験的に導入する一方、トラベルパスの諮問グループにも加わっている。また米国政府により、海外からの到着便客すべてを対象に、コロナ検査が義務付けられたのを受け、自社アプリに、デジタル・ヘルス・パスポート的な機能も加えている。
ブリティッシュエアウェイズや複数の旅行会社では、コモンパスの試験利用が始まっている。
シンガポール航空はIATAのトラベルパスを検討しており、IAG、エミレーツ航空、エティハド航空、カタール航空もこれに追随している。アメリカン航空は、米国到着便の利用客向けアプリとして「VeriFLY」を提供。ブリティッシュエアウェイズも2月4日から、ロンドン発米国便で同アプリを試験導入。英国の航空会社では初の利用となる。
ここで留意すべきは、自国への到着便については、提携するデジタル・ヘルス・パスポート以外は認めないという航空会社の方針が散見されることだ。
Q: データの安全性は?
「取扱い要注意」のデータを格納しているあらゆるシステムと同じく、デジタル・ヘルス・パスポートについてもプライバシー保護対策は、詳細なチェックを受けている。先ごろ開催されたBCDトラベルのウェビナーでは、この問題が最大の懸念材料であると指摘された。
ICC AOKパスとIATAトラベルパスは、ブロックチェーン技術を採用している。一か所に集約してデータベースを管理しないので、ハッキングによりすべての個人情報が流出する事態を防げるという利点がある。アプリ提供会社が、個人情報や健康に関するデータを集める必要もない。
VeriFLYは、ID保証テクノロジー会社のDaonが提供しており、承認手法には生体認証を採用している。
各社がそれぞれ独自の手法を用いているが、ウェブサイトを見ると、やはりデータ保護には力を入れている。例えばVヘルス・パスポートでは、同社のトレードマークであるVコードについて、220京にのぼるセキュアVコードを用いた映像技術(地球人口の一人当たりの数は約3億)であると説明している。
今後、浮上しそうな問題点として、医療ジャーナルのランセット誌は、免疫特権に関連する懸念を挙げており、デジタル・ヘルス・パスポートの普及が、贈収賄などの不正や、無意識の先入観によるバイアスを生むリスクを指摘している。
Q: デジタル・ヘルス・パスポートは、世界各地へ旅行を再開するための切り札になるか?
答はイエスでありノーだ。
デジタル・ヘルス・パスポート技術には、航空会社や各国政府が大いに関心を示しているものの、今はまだテスト段階の初期に過ぎない。最終的には、多くの国が承認するパスがいくつかに集約されていき、旅行者が迷うことが少なくなるだろう。
旅行促進団体のトラベル・アゲインが実施した調査によると、レジャーおよびビジネス旅行者の75%は、旅行前や旅行中に複数のコロナ検査を受けたり、検査結果をシェアすることについて、それが渡航制限を解除し、旅行を再開するためなら容認するとしている。だが残りの25%については、何らかの対策が必要ということになる。
BCDトラベルの調査を見ると、ワクチンに懐疑的な国もある。中国、ブラジル、メキシコなどでは、国民の80%がワクチンを歓迎する一方、心配している国もある。
またイプソス(IPSOS)と世界経済フォーラムが2020年12月に実施した調査結果では、南アフリカ国民の50%強が接種について、準備はできていると答える一方、ロシアやフランスで同様の回答は40%前後にとどまった。主な懸念材料は「副作用(副反応)」(48%)、続いて「効果がない」(18%)となった。
テクノロジーはすでに出来上がっており、コラボレーションへの意欲もある。しかし問題は、これから世界各地で国境の再オープンが進むのか、ワクチン接種が拡がるのか、そしてデジタル・ヘルス・パスポートの世界標準化が進むのかだ。
※この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Digital Health Passports Explained in 5 Questions
著者: エドワード・ラッセル&マシュー・パーソンズ、Skift