コロナ禍を機に急増したテレワークという働き方。野村総合研究所(NRI)未来創発センターの上席研究員、森健氏は、コロナ禍で移動が制限されたことで、デジタルサービス活用による「空間の解放」が起きたと指摘している。自宅やオフィスの場所に制限されず、様々な可能性が拡がる仕事のスタイルが一般化し、勤務場所を柔軟に選択できる「フレックスプレイス」制の定着が進むとの未来展望を描く。
先ごろ、NRIは日本など8カ国(米国、英国、ドイツ、イタリア、スウェーデン、中国、韓国)でテレワーク(遠隔勤務)実態調査を実施。業務推進におけるコミュニケーションやメンタル面など課題はあるが、生産性は「変わらない」「上がった」との回答比率が8か国すべてで過半数を超えた。
同調査レポートを執筆した森氏は、テレワークが今後進むかどうかは生産性にかかっていると考察。そして、人によって働く拠点は異なるため、どこが基点で何が「遠隔」 かが曖昧になる近未来を予測した。こうしたことから、勤務場所の柔軟性を担保する「フレックスプレイス制」は、世界的に定着していくとみている。
調査レポートの内容は以下のとおりだ。
テレワーク利用率の最多は中国、日本は最低に
NRIによる「withコロナ期における生活実態国際比較調査」は2020年7月、インターネット経由で8か国にて同時期に行い、各国2060人の回答を得た。なお、中国と韓国については、回答者の8割が都市部居住者。
テレワーク利用率が最も高かったのは中国で回答者の75%を占めた。次いで米国とイタリアが61%。日本は同31%で最も低い。総じてコロナ禍をきっかけにテレワーク経験者が増えているが、スウェーデンのみ、コロナ以前からの経験者(35%)よりコロナ以降(17%)の数字が低い結果に。対照的に、日本はコロナ前の倍以上に拡大した。
テレワーク導入による業務の生産性に対する影響を問う質問では、「(生産性が)かなり落ちた」「やや落ちた」とする回答が目立つのは日本と中国で、それぞれ回答者の48%と47%を占めた。一方、欧州大陸の各国は「変わらない」「上がった」の回答が多数を占める。特にドイツでは「かなり落ちた」「やや落ちた」が計26%に対し、「変わらない」「やや上がった」「かなり上がった」が計74%を占めた。こうした国別の差は、コロナ以前からテレワークに慣れていたかどうかや行動制限の厳しさ、文化的あるいは制度的な要因が背後にある可能性を同レポートでは指摘している。
また、十分な準備期間なしに、急遽テレワークを導入せざるを得なかった昨年の状況を鑑みると、むしろテレワークは総じて善戦したとの見方も示した。
コミュニケーションや「メリハリ」の面で課題も
テレワークの評価には、職種も大きく影響しているようだ。「生産性が落ちた」と回答した人の比率が最も多かったのは販売・サービス業(47%)、次いで自営業主&家族従業者(43%)、専門技術職・教員(42%)。「変わらない」「上がった」の合計が多かったのは、事務職や自由業など。
評価が分かれた職種は役員・管理職で、「生産性が落ちた」が37%となる一方、「上がった」(26%)が全職種の中で最も高くなった。この点について、同レポートでは、部下の管理はテレワーク導入で煩雑化するものの、会議の時間短縮や、役員層の会食が減るなど、慣習化していた業務の無駄を削ぎ落す効果があったのではないかとしている。
テレワークの問題点についての質問では、コミュニケーション面で「同僚」との間で支障を感じている人が全体に高い傾向に。日本でも「同僚とコミュニケーションが思うようにできないこと」を挙げる回答が30%と最も多く、「顧客や委託先」、「会議(オンライン化による質低下)」のコミュニケーションを挙げる人はその半分前後とどまった。
心理面での支障については、日本を含むアジア3カ国とイタリアで、「自宅では周囲からの目がなく気が緩む」と「自宅だとメリハリがつかず業務時間が長くなりがち」を挙げる回答者が目立った。一方、「社内メンバーがいないことで孤独感やストレスを感じる」を最も多く挙げたのは米国の回答者で、次いで中国、英国となった。
技術面での支障については、「オフィスで利用していた機器やツールが使えない」を挙げる人が総じて多く、なかでも韓国でこの問題を挙げる回答者が多かった。
最後に、将来的なテレワークの利用意向についての質問では、「緊急時だけでなく平常時でもテレワークしたい」の比率は、英国が最も高く33%、中国が最も低い18%。8か国を平均すると4人に1人ほど。これに「緊急時限定で利用したい」を加えたテレワーク容認派は、韓国が最も多く、計66%を占めた。
日本では、回答者の26%が「緊急時だけでなく、平時もテレワークを利用したい」と回答していることから、同レポートでは、コロナ前夜の2019年末時点に比べると、日本におけるテレワーク普及率は3倍ほどに拡大する可能性があるとしている。
今後もテレワークを継続したいと答えた人は、「テレワークで生産性が上がった」と回答した人に多く、同48%。とはいえ「生産性が落ちた」人でも、同20%がテレワーク継続を希望していることから、生産性を上回る何らかの便益を感じていることもうかがわれる。
野村総合研究所 調査資料「新型コロナウイルスと世界8か国におけるテレワーク利用 ~テレワークから「フレックスプレイス」制へ~」(PDFファイル)