ANAは、デジタル健康認証アプリ「IATAトラベルパス」の実用化に向けた実証実験を2021年5月24日~6月6日かけて実施する。IATAトラベルパスは、国際航空運送協会(IATA)が開発した新型コロナウイルスの検査結果を証明するアプリ。ANAは、同様のデジタル健康認証「コモンパス」の実証を3月29日に行っており、今回はそれに続くものだ。同社のデジタル健康パスへの取り組みを、最前線にたつ担当者に聞いてきた。
まずは、今回実施される実証実験の概要を説明する。対象となるのは、週4便の羽田/ニューヨーク線と週2便の羽田/ホノルル線。実際の搭乗者である旅客の中から参加者を募集する。参加者にはアンケート回答後に1000マイルをプレゼントするほか、一部医療機関では検査費用の割引も用意。現在のところ、IATAトラベルパスと連携可能な指定医療機関は、東邦大学羽田空港第3ターミナルクリニックと都内のクリニックフォア3ヶ所(田町、大手町、飯田橋)。一方、渡航先ではClinIQ が対応する。
募集に際し、ANAでは参加登録フォームを用意した。参加者は、出発5日前までに登録を行い、「IATAトラベルパス」アプリを個人でダウンロードした後、デジタルパスポートを作成する必要がある。
IATAトラベルパスの基本機能は、各国の最新の渡航要件が登録されたIATAデータベース「Timatic」、指定検査機関が登録されたデータベース、検査結果や将来的にはワクチン接種証明をデジタルで発行する医療機関アプリ、デジタルパスポートの発行とデジタル証明書を保管するIATAトラベルパスアプリの4つのモジュールで構成され、2つのデータベースを2つのアプリで利用する方法になる。
具体的には、指定医療機関での検査証明が医療機関のアプリを通じてIATAトラベルパスに送信されると、デジタルパスポート情報と照合。一方、Timaticでは検査結果と渡航要件が自動的に照合される。適合すれば「OK to travel」が出され、チェックイン、出国、搭乗という流れになる。
実証段階では、旅客システムと連携していないため、オンラインチェックインはできず、カウンターでアプリを提示する必要がある。また、政府機関との連携も進んでいないため、出入国手続きは対象外となる。
国際線需要の回復に向けて重要なツール
ANAでは、いわゆるデジタル健康パスポートについて、業務の効率化だけではなく、国際線旅客の需要回復に向けた重要なツールとして位置づけている。同社国際提携部課長代理の上之郷未来氏は、IATAトラベルパスについて、「渡航者、医療機関、政府機関それぞれが信頼できるデジタルソリューション」と説明。その導入のメリットを具体的に挙げた。
まず、各国の最新入国要件をまとめたIATAのデータベース「Timatic」を活用することで、渡航者および航空会社が渡航資格の可否を正確かつ迅速に確認できること。
また、アプリ内でグローバルスタンダードに沿ったデジタルパスポートを作成し、航空会社、空港、政府機関と共有することで、ニューノーマルでの非接触旅行への実現が可能になるという。
さらに、個人情報は、中央データベースではなく、ユーザーそれぞれのスマホに保管されるため、情報漏えいリスクが軽減され、検査結果やワクチン接種証明がアプリ経由で直接ユーザーに送付されることで、紙の陰性証明書と比べて偽造リスクも減らすことが可能な点を挙げた。
このほか、IATAが推進していることから、実証に参加する航空会社が多いことも強みだ。5月10日時点で、ANAやJALも含めて30社が参加。「今後もさらに増える」(上之郷氏)見込みだ。
実用化に向けた課題とは
一方、実用化に向けては課題も多い。コモンパスも含めて、将来的には旅客システム「アルティア」との連携も検討しているが、システムプロバイダーとの調整が必要になる。同社企画室企画部事業推進チーム課長補佐の棚木裕介氏は「まだ具体的な方向性は見えていない。ハードルは高い」との認識を示す。
また、政府機関との連携にも課題がある。シンガポールではシンガポール民間航空局(CAAS)とIATAが連携し、IATAトラベルパスでの検査結果を共有する仕組みを正式に開始したが、日本を含め他国での取り組みはこれからというのが現状だ。
出入国管理だけでなく、今後、ワクチン接種証明が加わることを想定した場合、国あるいは自治体との連携は不可欠になる。一義的には、IATAトラベルパスについてはIATAが、コモンパスについてはコモンズ・プロジェクトが交渉を進めていくことになるが、「ANAとしても、航空局と情報の共有は行っている」(棚木氏)という。
また、ANA単独ではなく、航空業界として、JALや定期航空協会ととも、デジタル健康パスポート活用についての考え方を共有し、今後の方向について議論を進めていく方針だという。
このほか、ユーザー視点からすると、デジタル健康パスポートが乱立すれば、混乱を招き、利用が進まない恐れがある。棚木氏はこの点について「ひとつのアプリに集約された方が利便性は高いが、航空会社としては、現状いろいろなアプリに対応できる準備を進めていく他ない。旅客システムや国との連携を考えた場合、そう多くのアプリが乱立することはないのではないか」と話す。
今回のIATAトラベルパスの実証実験では、100人ほどの参加者を想定しているという。上之郷氏は「今回の目的は、ユーザーのニーズを洗い出すこと。実証から出てくるさまざまなフィードバックを踏まえて、改善を進めていきたい」と期待を表す。
また、棚木氏は「事前に旅客システムにも、入管や検疫にもデータが送られることが理想。そうなれば、シームレスな出入国が可能になる。しかし、それがすべてできないとデジタル健康パスポートが使えないというわけではない。部分的にでも活用できれば、航空会社、利用者双方にとってメリットは大きい」と今後を見据えた。