観光分野のレジリエンス(復活力)とは? その意味と仕組みを考えてみた【コラム】

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の国際的な感染拡大は、観光業をはじめとした経済全般に大きな打撃を与えています。ポストコロナの観光地のあり方などが議論される場面で頻繁に登場するのは、「レジリエンス」もしくは「レジリエント」という言葉です。レジリエンス自体は「しなやかさ」「強靭さ」と訳されることが多く、日本では東日本大震災からの復興に関する研究などで特に注目を集めました。予測不能かつ多様なリスクに直面することの多い観光地にとっては注目すべき概念と言えます。

一方で、レジリエンスについては、多様な分野で研究が進められているものの、日本の観光研究の分野ではレジリエンスそのものの議論が十分におこなわれているとは言い難い状況です。そこで今回は、レジリエンス自体の理解を深めるために、海外の機関や先行研究によるレジリエンスの概念整理やフレームワークの例を紹介します。〔執筆:公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 活性化推進室 主任研究員 福永香織〕

レジリエンスの定義と仕組み

レジリエンスという言葉自体は新しいものではなく、物理学、生態学の分野などで古くから議論されてきた概念です。分野によって定義は微妙に異なるものの、例えば物理学では「材料の安定性と外部衝撃に対する耐性」と定義され、心理学では、「人が困難に遭遇した時に逆境を克服する適応プロセス」と定義されています。

また、ストックホルムレジリエンスセンターは「システムが変化に対応し、発展し続ける能力、すなわち、ショックとかく乱に耐え、それらを機に再生と革新(イノベーション)を促進すること」、イギリス国際開発省は「国やコミュニティや世帯がショックやストレスに直面した時に生活水準を維持・もしくは改良するための変化をマネジメントする能力」と定義しています。

レジリエンス研究において大きな影響を及ぼしたのが、生態学者のHollingとGundersonによって提唱された適応循環モデルです。Hollingらは生態系の変化を、予測不可能で突発的に起こる、不安定で複雑な動態であることを指摘した上で、そこに人間が作り出している社会システムが影響し、相互に関係性をもって複雑に適応していることを示しました。大きなかく乱が生じるとシステムの構造が崩壊し、再編成・再組織化がおこなわれます。そして、再組織化された新しいシステムが搾取(開発・活用)され、既存のシステムにつながっていくことで安定化。それがまた何らかの要因でかく乱されて再組織化するという循環モデルです。さらには、この適応循環モデル自体も小さくて速いサイクルから大きくて緩やかなサイクルへと変化していくとしています。

図1 HollingとGundersonの適応循環モデル
(出典:Panarchy Underatanding Transformations in Human and Natural Systems(Edited by Lance H. Gunderson and C.S.Holling)を元に筆者作成)

『レジリエンス復活力』の筆者であるAndrew&Annも「レジリエンスは必ずしも元の状態への“回復”を意味するわけではない。(中略)戻るべきベースラインが存在しないこともめずらしくない。」「じつのところ、レジリエントの多くの形態は、一定の頻度での適度な失敗を必要としている。それによってシステムは解放され、資源の一部を再構築できるからだ。」と述べています。

地域に変化をもたらすリスクの構造をひもとく

レジリエンスのあり方を考える上で最初のステップとなるのが、地域や社会システムに変化をもたらすインパクトの構造や種類を整理しておくことです。例えば、経済協力開発機構(OECD)は2014年に「Guidelines for Resilience Systems Analysis」を発表し、地域特性に基づく脆弱性を分析し、レジリエンスを構築するロードマップを作成するための手法を解説しています。ここでは、地域や主体を取り巻くリスクを「共変量ショック」「特異的ショック」「季節性ショック」という3つのショックに加え、「頻繁かつ小規模に起こる出来事」や「長期間にわたって及ぼすストレス」の5つに分けて整理。その上で、リスクに打ち勝つためには個人レベルから国家レベルでの「安定性を創出するための吸収力」「柔軟性を創出するための適応能力」「変化を自ら創出して状況に適応するための変態能力」が必要であるとしています。

また、イギリス国際開発省(DFID)は、レジリエンスのフレームワークを4つの要素に分けて整理しています。リスクとしては、自然災害やテロ、感染症の流行等のように突発的に起こる「ショック」と、人口減少や経済格差のように緩やかに影響を及ぼす「ストレス」の2つのタイプに分けて整理し、さらにこれらのリスクに対する露出(政治の不安定性や治安によってリスクに晒される可能性)、感度(システムが特定の衝撃やストレスの影響を受ける程度)、適応能力(損害を中程度にし、混乱に適応する能力)によって4パターンの方向性(元の状態よりよくなる、元の状態に戻る、回復するものの依然より悪い状態になる、崩壊する)に進むという考え方です。

その他にも「ショック」を自然災害や伝染病拡大、経済危機などの外的なものと、高齢化や都市化といった内的なものに分類している例もあります。

観光地を対象としてみてみると、地域に影響を及ぼすインパクトは必ずしもマイナスのものだけとは限りません。石井(2018)は、日本の観光のリスクマネジメントでは、リスクを自然災害などの「純粋リスク」のみと捉える傾向があると指摘。「純粋リスク」に加え、例えば外国人旅行者の急増といったビジネスに不確実な影響を及ぼすプラス・マイナス両方のリスクを「投機的リスク(中長期的リスク・短期的リスク)」として整理しています。

国際機関によるレジリエンス構築に向けた取り組み

一方、防災や都市政策においてはレジリエンスの構築に向けた動きも進んでいます。ここではフレームワークや指標なども示されており、複合的な要素が絡む観光地のレジリエンスを考える上でも参考になります。

例えば、国連防災機関(UNDRR)は、第3回国連防災世界会議の成果文書である「仙台防災枠組2015-2030」を地方レベルで運用するため、「The TEN Essentials for Making Cities Resilient 10」を提示しています。レジリエントな地域づくりに向けて、災害から回復するための組織化や協力体制の構築、リスクやシナリオの想定、財務能力の強化といった10の要素を示し、その意義や方法、取り組み事例などを紹介。さらに2020年には、「MAKING CITIES RESILIENT 2030 (MCR2030)」を掲げ、地域のレジリエンスを実現するための3段階のロードマップの提示やツールの提供などをおこない、グローバルでの連携体制とローカルレベルでのサポートをおこなっているのです。

世界最大規模の慈善事業団体であるロックフェラー財団は、2013年に設立100周年を記念して「100のレジリエント・シティ」プロジェクトを立ち上げました。これは、レジリエントな都市を目指す地域を選定し、レジリエンス構築に向けた財政的・技術的支援を提供するとともに、選定都市相互のコミュニケーションの場を提供することにより世界中にレジリエント・シティを構築しようとする取り組みです(2019年にいったん終了し、新たな枠組みで継続)。100のレジリエント・シティ共通の枠組みとしては、健康・福祉、経済・社会、インフラ・環境、リーダーシップ・戦略の4つの側面の12の推進要因を整理。日本では富山市と京都市が選ばれており、この枠組みに基づき、それぞれレジリエンス戦略が策定されています。

表1 レジリエントな都市に向けた10の要素 (出典:https://www.unisdr.org/campaign/resilientcities/toolkit/article/the-ten-essentials-for-making-cities-resilientを元に筆者作成)

図2 「100のレジリエント・シティ」に共通する都市レジリエンスの枠組み(ロックフェラー財団) (出典:富山市レジリエンス戦略http://www.city.toyama.toyama.jp/data/open/cnt/3/14050/1/Strategy.pdf)

デスティネーション・レジリエンスと今後の課題

観光研究の分野がレジリエンスに着目したのは2010年以降と比較的近年になってからのことであり、海外での研究が先行している状態です。防災や環境の分野で使われ始めた概念が観光地マネジメントに適用され、デスティネーション・マネジメント、デスティネーション・ガバナンスに続く概念として注目されています。

先行研究では、観光特有のリスクの整理や、リスクを受けて元の状態もしくは次の状態に回復するまでのプロセスの研究、回復プロセスにおいて必要な要素や考え方の整理、観光地ライフサイクルモデルや持続可能性といった類似概念との関係性を整理した研究などが見られます。一方で、観光地は多様な主体や環境などによって構成され、地域によって大きく異なること等から、デスティネーション・レジリエンスとしての共通のフレームワークを示すことの難しさを指摘する研究も存在しています。

構成する個人・リーダーの資質や宿泊施設等の民間企業などが影響を及ぼすという意味では、心理学や経営学におけるレジリエンスの先行研究も大いに参考になります。そして、各分野からの先行研究成果をさらに丁寧にみていく必要があるとともに、他分野、海外の先行研究を参考にしながら、災害等のリスクマネジメントに限らないデスティネーション・レジリエンスの検討、日本の観光地に落とし込んだフレームワークの検討などが求められます。

おわりに

今回のコラムではレジリエンスの定義や応用事例などをみてきましたが、共通点として、リスクや変化は起こる前提としていること、変化を受けてどう対応・適応していくかに重点が置かれていること、地域のレジリエンスの要素は様々な分野や主体(個人・組織・地域)など、複数のレイヤーで構成されていること、変化・対応後の姿は必ずしも元の形と同じであるとは限らないこと等が挙げられます。戻るべきベースラインが存在しないということは正解がないことに等しい状況です。しかし、こうした状況においてこそ、見えないものを描くという創造的な地域のパートナーシップと総合力が求められるのも事実です。コロナという大きなかく乱が生じている今、「再編成・再組織化」に向かうチャンスでもあるということもできます。過去に様々なリスクを乗り越えた経験をひもときながら、地域のレジリエンス力を考え、高めるきっかけにしてはどうでしょうか。

参考

※このコラム記事は、公益財団法人日本交通公社に初出掲載されたもので、同公社との提携のもと、トラベルボイス編集部が一部編集をして掲載しています。

オリジナル記事:観光地のレジリエンスを考える [コラムvol.445]

福永 香織(ふくなが かおり)

福永 香織(ふくなが かおり)

公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部 活性化推進室 主任研究員。専門領域は、観光政策、観光地経営。学生時代から主に中山間地域のまちづくりに関わり、地域の実情をふまえた解決策を提案。近年は観光協会等の組織再編、観光財源の確保、観光計画の管理や施策の実施支援などに携わる。研究成果多数。

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