市場調査会社大手のユーロモニター・インターナショナルは2021年11月、世界の観光産業に関する最新レポート「Travel Rewired: Innovation Strategies for a Resilient Recovery(旅行市場の立て直し:しなやかな回復のためのイノベーション戦略)」を発表した。同社が実施している旅行事業者への調査やデータベースをもとに、アジア太平洋地域を始め、世界各地におけるイノベーションやSDGs(持続可能な開発目標)への取り組み、今後の需要予測をまとめたもの。
回復に転じる世界の旅行需要とその課題
パンデミック禍においても、「異なる地域や体験、文化に触れたいという人間の欲求は健在で、ワーケーションやステイケーション需要が伸びているのはその証」(同レポート)だが、海外旅行消費額は2020年、前年比75%減に落ち込んだ。ワクチン接種の拡大で、需要は回復基調にはあるものの、同レポートでは、ワクチンの供給状況に国・地域格差があること、複数のデジタル・ヘルス・システム間での相互運用が実現していない状況を問題点として指摘。また、国境をまたぐ移動に対する規制が頻繁に変わり、その理由も不明確なケースが多いなど、先が見通しづらい状況も、海外旅行マーケットの本格的な復調を妨げているとの見方を示した。
こうしたなか、2021年の旅行需要は、国内旅行消費額ベースでは、パンデミック以前の69%まで回復する一方、海外旅行については同37%と予測。世界のインバウンド消費額がパンデミック以前のレベルに戻るのは、順調であれば2024年、新たな変異株による感染拡大など、最も悲観的なシナリオでは2026年としている(ユーロモニター旅行予測モデル値)。
需要回復ペースは、流通チャネルによっても異なるようだ。パンデミック下では、あらゆる業種でデジタル化が加速したが、旅行業でも、回復が早いのはオンライン販売。特にモバイル経由での販売高は、2022年までに5000億ドル(約57兆円)に達し、ほぼ2019年レベルに戻るとユーロモニターでは予測している。
もっとも現況下では、モバイル展開を一時的に縮小している旅行事業者も少なくない。ユーロモニターが2021年4~5月に旅行関係者を対象に実施した調査では、モバイル・アプリ/ウェブサイトを提供している事業者は全体の37.1%となり、2020年時点(41.3%)を下回った。
QRコードや生体認証データを活用したデジタル・ヘルス・アプリやワクチン・パスポートについては、回答者の71.1%が肯定派で、海外渡航を安全に再開するのに必要との考えを示した。
一方、気候変動対策や持続可能性への関心は、パンデミックを経て、むしろ世界的に高まっている。7月にユーロモニターが行った調査では、2021年中にサステナビリティ・プログラムを導入する予定がある観光事業者は、前年より2.9%増の58%。具体的な内容では、新商品の開発に関連するものが同9.5%増の53.3%だった。
計17項目から成るSDGsについての質問でも、3項目を除くすべてで、「エンゲージメントがある」との回答数が前年より増加。唯一、減少幅が大きかったのが「産業と技術革新の基盤をつくろう」で、前年の約半分(33.3%)に縮小した。
テクノロジー活用に関心高いアジア太平洋地域
アジア太平洋地域のマーケット動向については、トラベルバブルなど、コロナ対策が施されている地域間でさえも「不要不急の旅行者受け入れ再開には、非常に慎重」(同レポート)と指摘。国内旅行、インバウンド市場のいずれも、消費額がパンデミック前に戻るのは2023年下期以降と予測している。
ただし、例外もある。隔離措置がないモルディブでは、2021年のインバウンド市場は昨年比で倍増の勢い。タイ政府も、ワクチン接種を完了した外国人旅行者を対象に、隔離期間なしでのプーケット滞在を7月から受け入れており、その後、サムイ島も対象エリアに追加されている。延期されていた東京オリンピック・パラリンピックを開催した日本も、2021年のインバウンド客数は前年比56%増となる見込み。(ただし2020年は前年比87%減)。
アジア太平洋地域の観光事業者への調査では、「これから投資・改革に最も力を入れる分野」のトップが「最新テクノロジーでカスタマージャーニーを向上させる」となり、回答者の半分がこれを選択した。具体的なテクノロジーでは、自動化、ロボティクス、5Gネットワーク、生体認証、クラウド、ビッグデータ解析への取り組みが多かった。
全般的にスマホ普及率が高いことも同地域の特徴だが、2021年時点で、モバイル・アプリを展開している旅行事業者は、全体の46.7%にとどまった。アプリ機能の中で、最も重視しているものは、セルフチェックイン(モバイルキー)と24時間対応カスタマーサービスだった。
サステナビリティへの関心は、同地域の観光事業者の間でも高まっている。その理由として、回答者の81.1%が「2020~2021年にかけて、顧客の関心が高くなった」ことを挙げた。SDGs達成に向けた取り組みでは、同59.5%が「エンゲージメントがある」、項目別では「つくる責任、つかう責任」(SDG12)への関心が高かった。
ただし、現実に目を転じると、「目的地のないフライト」「同クルーズ」が商品化されている状況もあり、「社会的意義のある観光・旅行の浸透には、まだしばらく時間を要する」(同レポート)と指摘している。
同地域の消費者は、65.4%が「日常生活において環境にプラスになることをしたい」と望んでいるのに対し、サステナブルな商品・サービス開発に投資している旅行事業者はわずか28.9%。こうしたアンバランスな需給関係の是正もこれからの課題としている。