元サッカー日本代表監督で、現在はFC今治の運営会社「夢.ビレッジ」代表取締役を務める岡田武史氏。FC今治のJ2昇格を目指すと同時に、スポーツを核とした地方創生にも取り組んでいる。現在、地域活性化のハブと位置づける「里山スタジアム」を建設中だ。7年前に今治に飛び込んだ岡田氏が考える地域との関わり方とは。持続可能な地域づくりとは。WILLERが主催した「MaaS Meeting 2022」での発言をまとめた。
民間の力による地方創生を
「今治に家を借りて住むようになったら、街の中心に更地があり、商店街は誰も歩いていない。これでは、FC今治に見にきてくれる人がいないじゃないか」。岡田氏は、FC今治の運営に携わるようになった当初を、そう振り返る。
この状況を解決していくために、さまざまなことにチャレンジしてきた。まず、取り組んだの少年団から中学校、高校のチームをまとめて大きなサッカーのピラミッド組織を作ること。そこで、岡田氏が考案してきた自主性を重んじる「岡田メソッド」を無料で伝えて、「日本一質の高いサッカー育成のピラミッドづくりを目指した」。その目的は、今治のサッカーのレベルを上げるだけでなく、県外からあるいは海外から「岡田メソッド」を学びたいという人を呼び込む集客機能としての期待もあったという。
来訪者が増えれば、町は変わる。住民の意識も変わる。「おじいちゃん、おばあちゃんが英語の勉強を始めるかもしれない。気が付いたら15万人の町がコスモポリタンの町になるかもしれない」。岡田氏は、サッカーを核として、そのような地域への波及効果を夢見た。
その波及効果のハブとして期待しているのが現在建設中の「里山スタジアム」だ。J2仕様のスタジアムとして、現在の5000人収容のスタジアムよりも大規模になるため40億円の資金が必要になった。今治という小さな町にとっては巨額の資金になるが、岡田氏は投資を呼び込むためのストーリーを考えた。「AIなどのテクノロジーによる幸せとは別に、困難を乗り越えて成長して、達成し、助け合って絆ができるという幸せを提供する」というものだ。
里山スタジアムは、ワイン用の葡萄を栽培する畑、障がい者施設、など付帯施設を作り、「365日人が行き交う心の拠り所としての里山にしていく」(岡田氏)。それによって、交流人口ができ、関係人口に発展し、定住人口につながっていくことに期待しているという。
また、新スタジアムを、生活の格差をなくすベーシックインフラの拠点としていきたいという夢も話す。「FC今治のファンクラブに入ったら衣食住を補償し合えるような、共助のコミュニティをつくていきたい」。この仕組みを全国のJリーグ58チームやバスケットのBリーグのチームが行ったら、「日本を変えられるのではないか」と話し、民間の力による地方創生の意義を強調した。
一方で、岡田氏は課題も口にする。学童保育など学校経営にも意欲を示すが、「問題はスタジアムへの公共の足がない。これができれば、スタジアムの価値は倍増する」と発言。MaaSなどテクノロジーを活用した交通インフラの整備にも関心を示した。
地方創生に大事なこととは
7年にわたって今治に寄り添ってきた岡田氏は、地方創生を進めていくううえで大事なことについても持論を展開した。そのひとつが、信頼や共感など次世代の心の豊かさに応えることだという。特にコロナ禍で「若い人は文化的豊かさの大切さに気づいたのではないか」と話す。新スタジアム建設にあたっては、そのストーリーに共感した若者からの出資が多く集まったことに驚いたという。
また、テクノロジーについて、それを活用することは重要だが、「もっと重要なのは、それを使ってどういった社会を作っていくのか定義すること」だと強調。MaaSもテクノロジーの実験場ではなく、地域の課題を解決し、住民のニーズを満たし、コミュニティを豊かにするものでなければ意味がない。
さらに、地元のシビックプライドについても触れ、「7年経って、今治の人たちが今治は変わるかもしれないと思い始めた。そうすると、『何か面白いことをやっている』と外から人が集まり始め、それに合わせて住民のメンタリティもまた変わり始めた」という。
このほか、コミュニティについて、「お互い持っているものを共有し、自ら動き出す組織でないとうまくいかない」と発言。繋がりのあるコミュニティでは分断は起きず、特色あるコミュニティが形成されるという。「理想は、民間中心で動き、外に向かって開かれていること」と付け加えた。
野球の町と言われた今治がサッカーで変わり始めている。「ビジョンを地域に浸透させるのは時間がかかる」と岡田氏。2023年、里山スタジアムの開業がそのひとつの答えになる。