DMOと観光行政の役割とは? 現場で起きた事例と、2つのマネジメント機能【コラム】 

近畿大学の高橋一夫です。

現在、近畿大学でデスティネーション(観光地)・マーケティングや観光のビジネスモデルを教える傍ら、東大阪市のDMO「東大阪ツーリズム振興機構」の理事長を兼職しています。今回から始まる本コラムでは、理論だけではなく、現場での悩みも織り込みながら、書き進めていきたいと思います。

さて、昨年、訪日外国人客数は3687万人を数え、過去最高となりました。その恩恵にあずかる地域もあれば、なかなかインバウンドに取り組めず、未だコロナ前の2019年の客数に及ばない地域もあると思います。地域がその恩恵にあずかるためには、観光地経営の主体である自治体の観光セクション(ここでは観光行政と呼びます)とDMOが、しっかりとその役割を果たすことが求められます。

まずは、ケーススタディをしてみましょう。皆さんは、下記のようなケースをどう思いますか。末尾の「〇〇〇〇」にはどのような言葉が当てはまるでしょうか?

観光地として、そこそこ名前の知れた自治体で、念願の観光課に主任として配属された「私」は、このまちの認知度を向上させるために様々なプロモーション手段を考えることになった。SNSは自分でも発信しているので、自分でネタを探して週3回発信することにした。

課長からデジタルだけでなく、駅張りのポスターも作成し、デジタルと連動するようにとのことだったので、机を並べて仕事をおこなう一般社団の観光協会に委託することにした。観光協会の職員は3人の小所帯で、事務局長は元航空会社の客室乗務員、部下の2人は観光協会に転職してきた20歳代のプロパー職員であった。

観光課からは、いくつもの仕事を観光協会に発注しており、皆いつも忙しく働いていた。私が頼んだポスター類は、事務局長が担当し、英語と日本語が併記されたきれいなポスターとリーフレットがゲラ刷りとしてあがってきた。デザイナーを抱えている印刷会社がコンペで獲得しただけあって、写真も新たに撮り直して作成をしてくれたようだ。文字校正は、事務局長が得意の英語力を生かしてポスターのチェックを、プロパー職員の1人が文字の細かいリーフレットのチェックをしていた。夕方からの作業で遅くまで残業にならないようにと思い、私は、「リーフレットの校正を手伝いましょう」と声をかけた。

しかし、事務局長は私の顔を見て、「ありがとう。でも、〇〇〇〇と疑われる可能性があるから結構です」と答えた。私は、堅い人だな、と思う反面、軽率だったかなと反省もした。

観光課は業務委託で受託者である観光協会に業務を任せています。観光協会はポスターやリーフレットの期限までの完成責任を負いますが、仕事の時間や場所、実施方法に関して観光課から問われることはありません。しかし、「私」は親切心ではあっても、派遣労働者に対しての発言とも思えるような言動に踏み込んでしまった可能性があります。

つまり、これは「偽装請負」と疑われます。〇〇〇〇に入るのは、「偽装請負」というわけです。

発注者から実務担当者に直接、業務の指示や命令をされる場合「偽装請負」といわれる可能性が高いのです。そこで、事務局長は「結構です」と答えたのです。偽装請負の判断は、指揮命令系統やその管理が曖昧にならないよう注意することです。業務委託は、人手が不足しているときや専門の知識・スキルが必要なときに、外部の第三者に業務をアウトソーシングすることをいいます。DMOと観光行政の関係を考えるとき、人手が不足しているという理由から委託するのであれば、DMOに任せる必要はなく、他にもできるところとコンペをしたらよいのです。

2~3年で異動することが通常である行政の人事制度から考えれば、例えばデジタルマーケティングの知見やメディアとの人脈など、観光振興に必要な専門知識やスキル、人脈などはDMOに集約されていく方が合理的です。この視点から、DMOと観光行政の役割分担について考えてみたいと思います。

今年1月にお亡くなりになった「失敗の本質」の主要著者である野中郁次郎先生は、実践から生み出された効率性の高い組織運営の原則を古典的管理論として紹介(「経営管理」1980年、日経文庫)しています。その主要原則の中の一つとして「専門化の原則」があります。これは、組織の様々な活動は、職員が専門化することにより効率的に行うことができ、それぞれの仕事に集中することで専門化が可能になるという原則です。

自治体の事務職は2~3年で、複数の部門にまたがって異動をするため、専門的なスキルや人脈が継承されづらく、プロフェッショナルが育たないという人事制度上の課題があります。

図.観光振興をすすめるための2つのマネジメント機能(出所:筆者作成)

一方で、観光振興による地域の活性化を実現するには、2つの機能が必要です(図.参照)。

図の1. は内外の旅行者を誘致するマーケティング・マネジメントで、 (1)効果的なプロモーション、(2)デスティネーション・ブランドの構築、(3)DMOと地域の観光関連企業との連携によるデスティネーション・マーケティングを展開します。これらはDMOに必須の機能であり役割です。近年はデジタルを活用したマーケティングに注力することが求められています。

2. は観光地域のマネジメントで、デスティネーションを構成する要素(観光資源の魅力向上、清潔感あるまちづくり、安心・安全の確保、アクセス(特に二次交通)の利便性向上、人的資源の確保、街の雰囲気づくりなど)のマネジメントや観光関連事業者とのパートナーシップ、利害関係者管理に関する領域です。

旅行者の受け入れとともに観光消費を促し、地域内での域内調達率(観光による六次化)を高め経済効果が各所に波及するためのマネジメントといえるでしょう。但しこの領域は規制緩和やインフラ整備、法律の執行や条例の制定との関わりが多い領域ですから、政策のプロである行政職員の腕の見せ所です。もちろん、観光セクションだけでできるものではありません。交通、都市計画、建設、警察セクションとの庁内外の調整が必要です。観光行政は旅行者のための企画調整セクションの気概をもって観光地域のマネジメントを推進することが求められます。

こう考えていくと、冒頭のケースなど違う世界の話に見えませんか?しかし、上記のようなケースは、実際にあったことで監査委員からの指摘を受けたことなのです。観光行政との役割をはっきりさせていくためには、DMOの機能と能力の向上が欠かせません。

次回以降の本コラムでは、2024年12月に上梓した「DMOと観光行政のためのマーケティングとマネジメント」(学芸出版社)に書けなかったことなども盛り込みながら、DMOと観光行政の業務の「勘どころ」について、考えていきます。

高橋一夫(たかはし かずお)

高橋一夫(たかはし かずお)

近畿大学経営学部教授、2012年より現職。主な著書に「旅行業の扉」(碩学舎、2013年)、「CSV観光ビジネス」(学芸出版社、2014年)、「DMO‐観光地経営のイノベーション」(学芸出版社、2017年)などがある。大阪府立大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…