コロナ以前、オーバーツーリズムや住民の観光に対する満足度が課題となっていたハワイ。パンデミックによるロックダウンは、ハワイ州観光局(HTA:Hawaii Tourism Authority)やハワイの人々にとってこれからの観光のあり方を話し合い、その準備を進める新たなきっかけとなった。HTAが掲げるアフターコロナ時代の観光戦略とアクションプランを取材した。
※冒頭写真は、HTAのチーフ・ブランド・オフィサー カラニ・カアナアナ氏(左)とミツエ・ヴァーレイ日本支局長
ハワイの人が望む観光のカタチ、「再生型観光」
HTAは2020年から2025年までの観光戦略として「自然保全」「文化継承」「コミュニティ・リレーション」「ブランドマーケティング」の4本柱を掲げ、「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」の推進を目指している。ハワイではコロナ以前からオーバーツーリズムが問題となっていたが、パンデミックで旅行者の足が止まったこと、そして人々の観光に対する価値観が変わったことにより、これからの観光のあり方を模索する協議が活発におこなわれたという。
ハワイ州観光局日本支局(HTJ:Hawaii Tourism Japan)のミツエ・ヴァーレイ日本支局長は再生型観光について、「HTAはこの2年間、各地のコミュニティとの連携を密にし、島の皆さんと一緒に、いかに観光客を受け入れながら、次世代に残したい自然や文化を守っていくか、新しい旅の体験を生みだすかに注力してきた。ハワイの人たちの『こんな旅行をしてほしい、こんな旅行者に訪れてほしい』という要望が形になったものだ」と話す。
4本柱に基づき、その島をどうマネージメントしていくかを示したものが、デスティネーション・マネージメント・アクションプラン(DMAP)だ。DMAPの策定にあたっては島ごとに有識者による運営委員会が設立され、協議を重ねてまとめられた。島によって観光に対する満足度や問題意識が異なったためだ。
運営委員会のメンバーは、各島の自治体の経済開発担当者、政府機関、各島の観光局、研究機関、農業、観光業など多様なビジネスの従事者、自然保全やハワイ文化保護などの活動を行う団体、地元コミュニティなど。運営委員会でアクションプランをまとめ、地元コミュニティに対する説明会を実施し、地元住民の意見も取り入れて最終案を作成した。それをHTAがヒアリングして承認しているため、策定にはかなりの時間がかかったという。
各島の観光局はデスティネーション・マーケティング・マネジャーというポストを新設し、さまざまな団体と連携を取りながら動いている。また3カ月ごとに進捗状況のレポートも公開している。オアフ島を除き、各島のDMAPは第1フェーズ終了に近づいているが、今後も各地で参画者を増やす必要があるという。
HTAのDMAP担当ディレクター、キャロライン・アンダーソン氏は、「私自身、各地でDMAPのプレゼンテーションを行う際には『JOIN US』の言葉を掲げ、DMAPによる進歩や島の人たちの努力を周りの人にシェアしてもらうよう呼びかけている。旅行業界だけでなくさまざまな立場の人に参画してもらい、みんなで一緒にやっていきたい」と力を込める。
ハワイが進める「DMAP」、各島で始まった取り組み
DMAPによって、各島ではさまざまな取り組みが始まっている。カウアイ島では以前から問題になっていたレンタカーによる渋滞の解消を目指し、サイト「ゲット・アラウンド・カウアイ」を構築。シャトルバスやタクシー、シェアライドのサービスや、「車を使わない観光」の手段として、バイクやオートバイのレンタル、ウォーキングツアーを紹介し、レンタカー利用を減らす運動を展開している。サイトでは渋滞情報も確認できるほか、レンタカーをする際の注意も記載されている。
ラナイ島はNPO団体「ラナイ・カルチュラル・ヘリテージ・センター」と協働で、旅行者に向けたアプリを開発した。島の基本情報や文化、自然の魅力を紹介する内容だが、旅行者の立ち入りが問題になっている場所に近づくと、これ以上侵入しないよう注意喚起する機能が搭載されているのが特徴だ。アプリはHTAのアプリ「GOハワイ」からダウンロードすることができる。
ハワイ最大の観光地、オアフ島では2022年4月、バケーション・レンタルに関するホノルル市の条例が変更された。バケーション・レンタルの増加により、不動産賃料の値上がりが問題になっていたことを受けたもので、バケーション・レンタルの利用条件を、滞在日数90日以上(変更前は30日以上)とし、所有者が支払う営業許可の申請料や税金も上がった。また無許可営業など違法行為を監視するグループを作るなどして、バケーション・レンタルの数が増えないようコントロールしている。
ホットスポットでは入場制限とモニタリングを実施
こうした取り組みが、日本の旅行業界にどのような影響を及ぼすのだろうか。一連のDMAPの取り組みのなかで現場の販売スタッフにも周知が求められるのが、2021年4月からハナウマ湾、2022年5月からダイヤモンドヘッド州立記念碑で導入されたオンライン予約システムだ。
いずれも日本人観光客に人気であるとともに、オーバーツーリズムが問題になっている場所で「ホットスポット」と呼ばれるが、ホットスポットの訪問者数をコントロールすることで交通渋滞や自然破壊を防ぎ、観光客によりよい環境で観光してもらうことを目指している。また、駐車料金と入場料は自然保護活動に充てられる。
HTAのチーフ・ブランド・オフィサー、カラニ・カアナアナ氏は、事前予約システムについてこう語る。「予約システムを導入すべきホットスポットは他にもあるが、それぞれを管轄するのが市、郡、州、国と異なるため、これらをどうつなぐかという課題がある。まずはハワイ州の自然環境保全衛生局(DLNR)と連携し、州立公園10カ所でオンライン予約システムを導入する予定だ。将来的にはサイトの多言語化も目指したい」。
現在はさまざまな手法でデータを集め、研究を進めている段階。「スマートフォンの位置情報から各エリアが混みあう季節や時間帯が読み取れる。各州立公園のパークマネージャーと情報を共有し、個人旅行者、ツアー参加者、住民の動きを見ながら、柔軟性のあるマネージメントシステムにしたい」(カアナアナ氏)。
同時進行で、ホットスポットのモニタリングもおこなっている。まず、その地域のカウンティとHTAが契約し、HTAの補助金で地元の人を数名雇い、訪問者にアンケート調査を実施。集めたデータは州の自然環境保全衛生局(DLNR)に提出し、DLNRがそれぞれの土地を管理するプログラムを作る流れだ。
ハワイ島のコハラ・フォレスト自然保護区内のポロルバレーでの例では、地元の人を4人雇い、2021年8月から2022年4月までモニタリングがおこなわれた。紙のアンケートというアナログな方法ではあったが、副産物もあった。地元の人にとっては旅行者と関わる機会が得られ、旅行者に直接、危険情報や注意事項を伝えられただけでなく、トレイルでの事故のデータも取ることができた。旅行者にとっては地元の人と話ができ、現地情報が得られることが旅の満足度向上につながったという。
旅行者と将来の旅行者を啓蒙するメッセージ
DMAPは、旅行者の教育、啓蒙も掲げている。たとえば、空港では、海洋生物保護のための注意事項や、写真撮影のために危険な場所に立ち入らないことなどを呼びかけるビデオ、メイド・イン・ハワイの商品やローカルビジネスのサポートを呼びかけるサイネージ広告を展開している。SNSやYouTubeなどでもHTAのマラマハワイのCMを多く流している。
前述のアンダーソン氏は「ハワイが自然保護や文化継承に注力していることを広く伝え、こういう旅行者に来てほしい、こういう考えを持って来てくださいと啓蒙することによって、マッチングしない旅行者が少しずつ減っていくのではないかと考えている。来る前にハワイの方向性を伝え、それに賛同してくれる人にきてもらうことが重要だと考える」と話す。
住民に「観光」を前向きに捉えてもらうために
また、HTAでは、旅行者とコミュニティをつなぐイベントやフェスティバル、ハワイ文化継承のために活動する団体、そして自然保全活動、特に次世代に自然保護の重要性を教育するプログラムを実施する団体などに補助金を出し、それぞれのNPOや団体がその活動を継続できるよう、サポートしている。
一見、ツーリズムと関係ない活動のようにも思えるが、カアナアナ氏は「重要な点はハワイのユニークさ、特別なものをしっかりと守っていくということ。例えばハワイ文化や自然を守る活動は観光ツアーの造成にもつながるし、地元の人たちの活動のストーリーを伝えることで啓蒙活動にもブランディングにもなる」と話す。
さらに、この3つのプログラムには、コミュニティへの投資という意味もある。ハワイにおいて観光業による税収はかなりのシェアを占めるが、住民には具体的な恩恵が見えづらい。「住民の活動をHTAがサポートすることで、自分たちが守りたいものを守ることができ、啓蒙もでき、住民の生活向上にもつながっていく。さらに、その活動に旅行者がお金を払って参加するというサイクルができれば、観光業から得られる恩恵を可視化でき、コミュニティと旅行者を繋げることもできる」(カアナアナ氏)。
今回インタビューした各人は、日本マーケットについて「日本人は自然のあらゆる場所に神が宿るという、ハワイの人とよく似た価値観を持ち、SDG’sへの関心も高い、そしてハワイへの思い入れが強く、リピート率68%を誇る熟成した市場でもある。間違いなく、ハワイが掲げる再生型観光をリードしていくマーケット」と評価した。ハワイ側のメッセージを受け、旅行会社のツアーや旅行者の意識にどのような変化が起こるのか注目したい。
ハワイ特派 吉田千春