宿泊施設で今起きていることとは? 宿泊料金の値上がりから、予約管理システムのトラブルまで、業界団体の若手リーダーに聞いてみた

政府の旅行需要喚起策「全国旅行支援」が2022年10月11日に始まった。全国的な旅行割引支援は、「GoToトラベル」事業が感染拡大によって2020年11月に停止されて以来。それだけに、宿泊事業者の期待も大きい。

一方で、複雑な制度設計や急激な需要の拡大によって、現場では混乱も見られる。今、宿泊施設では何が起きているのか。全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部青年部長の星永重氏(福島県・藤龍館社長)に聞いてみた。

※本記事のインタビューは、2022年10月14日に実施したもの。

宿泊事業者にかかるさまざまな負担、システムダウンで追い討ちも

星氏が経営する藤龍館では、「全国旅行支援」開始の当日に予約が集中。星氏は「改めて旅行需要は高いと感じた。混乱もあるが、嬉しい悲鳴」と話す。これまでも県民割など自治体ごとの支援策は続いていたが、「やはり、全国から集客できないと厳しい」と、「全国旅行支援」への期待の大きさを示した。

また、全国であることの意味は大きく、「(全国旅行支援の開始は)『旅行をしていもいい』というメッセージになる。いつまでも人流抑制の空気だと宿泊施設として営業が成り立たない」と話した。

ただ、オペレーションの観点で、今回の「全国旅行支援」は、GoToの時よりも大変だと明かす。その要因のひとつが、スタッフの繁忙期における業務感覚。GoTo停止から約2年が経ち、宿泊者が多い時の対応に再度慣れるまでになっていないという。「対人オペレーションは経験則が大きい。離れていると感覚が失われてしまう」と星氏。

さらに、新しい制度内容の周知と理解を進めるうえでも手間と時間がかかる。「従業員が全員同じ知識レベルで対応できなければ、宿泊者に迷惑がかかることになる」。

そうした顧客対応の向上を進めている最中、全国旅行支援が開始した初日の10月11日から全国5100の宿泊施設が利用している予約在庫管理システム「TLリンカーン」のシステムダウンが発生。支援開始日から予約が急増し、通常の処理能力を超えたためだ。星氏は、新規予約に加えて、支援開始以前の既存予約を「全国旅行支援」の割引適用に変更する需要も重なったことも一因とみている。同システムを運営するシーナッツ社によると10月14日13時30分の段階で一部機能の制限が解除されたものの、最終的な解消時期は未定だ。

同システムを利用している藤龍館でも予約管理システムがストップ。予約管理は「昔の紙の台帳管理に戻ったような」状況が続いた。懸念していたダブルブッキングも発生し、対象者には違う時期での代替案を提案するなどしている。せっかくの収益拡大の機会を喪失してしまうことが起きた。

星氏は「これだけ予約が急増すれば、仕方がないところもある。こういう事態は今後も起こり得るだろう。これを教訓として、宿泊事業者だけでなく観光事業者はリスクヘッジをしておく必要がある」と前を向く。

宿は、旅行者にとって「旅の最後の砦」

全国旅行支援は、都道府県が、それぞれの条件や支援内容を決定するため、適用条件が都道府県ごとに異なる。そのため、消費者からの問い合わせも非常に多く、その内容も制度内容から適用条件まで多岐にわたるという。藤龍館では、星氏も含め従業員全員が電話対応。業務負担がさらに増えているという。

星氏は「都道府県によって内容が異なるため、利用しづらければ、その都道府県のイメージ悪化につながってしまう恐れもある。どのように利用者に使ってもらうのが一番いいのか。全国で展開する場合は、横並びの制度設計を求めてもいいのではないか」と主張する。

追加の業務負担はまだある。宿泊施設は「地域クーポン」も配布する必要があるからだ。ワクチン接種証明や陰性証明書の確認に、配布およびその説明が加わることで、一人当たりのチェックイン時間も伸びてしまう。星氏は「宿泊施設だけが責任を負うことにジレンマを感じる」と話す一方、「宿は、旅行者にとって旅の最後の砦。宿泊業は日本の観光を支えている」との思いも強くしたという。

「全国旅行支援は、宿泊事業者にとってありがたい」と星氏。

宿泊施設の料金値上がりに3つの理由

「全国旅行支援」が始まって以降、それに乗じた便乗値上げをしている宿泊施設があるとの一部報道がある。しかし、星氏は「そういうことは全くない」と反論する。宿泊料金は確かに値上がり傾向にあるが、「それにはしっかりとした理由がある」と話し、3つの要因を説明した。

まず、原油高。コロナ前と比較すると最も変わったビジネス環境だ。原油高によって、宿泊業は他の産業と同様に、さまざまなで分野でのコスト上昇に悩まされている。例えば、電気料金については、新電力に切り替え、コスト削減を進めたものの、電力取引価格の高騰の影響によって撤退したことから、既存の電力会社に再度切り替えたという。そのため、星氏の経営する藤龍館でも新電力と比べて、電気代は48%も上昇。宿泊業は装置産業であるため、維持費に占める光熱費の割合は大きく、影響は小さくない。

宿泊施設が関わる原価が上昇。リネンのクリーニング、食事提供での食料品の価格高騰、施設の維持費など衣食住のすべてで「コストはコロナ前とは全く別物になっている。コスト体系が変わってしまった以上、売上体系も変えざるを得ない」と苦しい胸の内を明かす。

次に、ダイナミックプライシング(需要による価格変動)。需給バランスによって価格は変化するが、そもそも「全国旅行支援」が開始された時期は秋の行楽シーズンだ。需要が高まれば、料金は上昇する。

さらに、コロナ禍で宿泊施設にも感染対策が求められるなか、施設のアップグレードに投資してきた宿泊施設も多いという。例えば、団体が中心だった宿泊施設では、個人客用に客室を改装。食事処など館内施設でプライベート空間を増やし、雇用も増やした宿泊施設もある。星氏は、「つまり、料金の値上りと同時に、商品価値も上がっている」と理解を求めた。

将来的にも、インバウンド消費額15兆円を目指すうえで、宿泊施設をはじめとする地域の価値を上げて、その価値を評価してもらい、その対価として消費してもらう必要がある。星氏は「観光は、基幹産業として、その消費を上げていくポテンシャルがある」と強調した。

高付加価値化は「今やるべき」

さまざまな国際会議で、日本を含めたアジアは「観光後進国」という言葉が聞こえてくるという。星氏は、それを改善していくためにも、「旅館という文化を含めながら、日本独自の観光スタイルの価値を上げていく必要がある。高付加価値化は今やるべきだろう」との考えを示す。

観光庁も宿泊業を核とした周辺地域を再生・高付加価値化させていく事業を進めている。宿泊施設は、衣食住において地域と関わり合いながらビジネスを展開している。「宿が元気になれば、地域も元気になる。宿が核にならなければ、地域は廃れていくという危機感を持って事業を発展させていきたい」と星氏。

「全国旅行支援」では平日旅行促進の支援も含まれているが、星氏によると、高齢者だけでなく働き世代の平日予約も増えているという。隙間時間に旅先テレワーク(ワーケーション)をする旅行者も多く見かけるようになった。コロナ禍の副産物として、生活スタイルか変わる中で、旅行形態も変わってきた。「全国旅行支援」は、需要を喚起するとともに、より多様で柔軟な旅の仕方を促進することにもつながるかもしれない。

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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