コロナ禍が始まり、3年がたとうとしている。ツーリズムに必要な新しい測定基準作りは、どうなっているのか? 観光産業は、対等な受益者である自然環境や地域社会にどう対応するのか? ネオ植民地主義的な考え方から脱却できるのか? 観光産業に対し、こうした疑問が突き付けられている。今のところ、議論ばかりで進展はない――。
2020年以降では最も大幅な需要回復が進み、一気に戻ってきた旅行者で混雑するデスティネーションも出ている。だが観光産業は、以前と同じ轍を踏まないで済む方法を見つけ出せずにいて、サステナビリティやリジェネレーション(再生)といったコンセプトに頼ることで乗り切ろうとしている。
しかし、その意味するところは漠然としていて、きちんと理解している消費者は少ないし、言葉だけでなく、具体的な解決策や何かしら行動を始めている企業も少ない。世界のツーリズム産業の課題は、こうしたコンセプトをもてはやすよりも、自らが担うべき重要な役割について再考することだ。具体的には、「サステナビリティ」という言葉を手あたり次第に使うのをやめて、ローカル地域が主導し、デザインした解決策を重用し、新しい成功の基準を定義し、ツーリズムと保護活動がぐちゃぐちゃに絡んだひどい状況をきれいに解きほぐすこと。さらに旅行産業に根強く残る西欧中心の視点と決別しなければならない。
以上は、モルデカイ・オガダ博士による、ツーリズムが「元通りではなく、より良くなる」ための提言だ。同博士は、ケニヤで肉食動物を研究している生態学者で、「The Big Conservation Lie(保護という名の大きなウソ)」の著者。
影響力大きな観光産業、認識しながら未来へ進め
「サステナビリティという言葉は、科学文献で専門用語として使われることもあるが、あくまで主観的な形容表現である点が見過ごされている。例えば『愛らしさ』などの言葉と同じで、『あなたは愛らしいか?』という感じ。客観的に捉えられない感覚なので、特にツーリズムにおいて、この言葉が使われると混乱が起きる」とオガダ氏は説明する。
オガダ氏が最初にツーリズム産業の甚大な影響力を目の当たりにしたのは、2008年、ケニヤ野生生物保護団体のマネジャーだった頃という。当時は政府系の非営利団体で、富裕層向けのラグジュアリー・サファリ・キャンプ事業者とのパートナーシップにより発足した。同氏は著書の中で、ページをめくる手が止まらなくなるような経験談を披露している。
現在は、サバイバル・インターナショナル(Survival International)と一緒に、保護活動がアフリカ先住民の権利に与えるインパクトについて主に研究している。ツーリズム産業がパンデミック禍から抜け出すなか、活動家たちが現地にやってきて、なんでもありの様相を呈している。今後10年間で、旅行・観光産業の成長ペースは年率5.8%増、世界経済の成長率の倍以上になると予測されている。同時に、世界の不平等や社会的な反感もかつてないほど高まっている。
オガダ氏は、観光客がアフリカの受け入れ地域とそこで暮らす人々にもたらす影響は、限度を超えているということを、保護活動から西欧社会が抱くライオンキング的な幻想まで、様々な実例を挙げて説明している。そして世界のツーリズムが、自らの大きな影響力を認識した上で、未来へと進むためのカギとなる問題の本質について語ってくれた。
1. サステナブルかどうかは、受け入れ地域が決める
サステナビリティは長い間、エリート主義に苦しんできた。観光産業がよりポジティブな影響をもたらすビジネスへの転換を本気で目指すのであれば、それぞれの地域社会にとっての持続可能性とは何かを考え、これに即した地域ごとの解決策を考えるべきだ。
「例えば、山羊の群れを連れた人を見て、自然環境を破壊していると思うかもしれない」とオガダ氏。「ところが同じ人が、ニューヨークからの航空便による膨大な排出ガスや、ゾウを見ながら飲むシャンパンを冷やすための冷蔵庫のことは棚に上げて、これをサステナブルな旅だと評する」。
このように、サステナビリティとは、その人の感じ方次第であるため、カーボン・オフセットなどでの無意味な解決策の横行を許しているとオガダ氏。そこで、サステナビリティという言葉の使用は、受け入れ地域側が認めている範囲内に限るべきだとしている。
サステナブルかどうかを決めるのは受け入れ地域とし、観光での使用は、これに準じること。また、訪れる旅行者は、現地における昔ながらの環境や暮らしを見に行くのだと心の準備をすること。なぜなら、そもそも観光ビジネス自体が、常に持続可能とは限らないからだ。
「長い間、ツーリズムは農業や他の生業よりも発展的な選択肢になると喧伝されてきたが、パンデミックが勃発した」とオガダ氏。「我々が得た教訓は、ツーリズムはオートクチュールのファッションように日々、変化するもので、パンデミックや経済危機などには非常に脆弱だということ。生活の糧を得る手段として悪くはない。だが付加価値を高めてくれる程度であって、代替手段にするべきではない」。
2. 最優先は新しい成功指標作り、待ったなし
2021年、スキフトでは新しい観光のパフォーマンス指標作りが必要だと提言し、訪問客数だけでなく、ツーリズムに伴う代償や、受け入れ地域社会への恩恵が分かるメトリクスが必要だと訴えた。欧州連合(EU)では2022年初め、独自の新しい指標を作る方針を明らかにしており、グローバル・ツーリズムが転換期を迎えていることを印象付けた。
しかし、宿泊者数や空港への到着客数ではない新指標がいつ実際に登場するのか、具体的なスケジュールは見えてこないし、EU以外の地域が、こうした方向性に追随するのかも分からない。一方、海外からの訪問客数を増やすことへの関心は、相変わらず高い。
このやり方では、地域外からくる人々やそのニーズが、より重要だということになってしまうと同氏は指摘する。その中には、児童買春やスポーツハンティングなどの旅行者も存在する。
「外国人客の誘致にプレミアムを付けると、あらゆる問題の可能性にさらされる」(同氏)。
近視眼的な観光指標に頼ると、ツーリズムが成功すれはするほど、かえって有害な結果をもたらすとオガダ氏は話し、その一例として、世界的に有名な観光地、マサイマラ(ケニア)を挙げる。イメージとは裏腹に、宿泊施設やオフロードを走る車が過密状態になり、問題となっている。「野生の獣たちの迫力ある姿を撮ろうと、誰もが動物に近づきたがる。今や、5メートルしか離れていない。とんでもない状況だ」。
クオリティに関する指標が欠けているせいで、環境へのダメージは放置される。数を重視する評価手法を用いる限り、観光客が何をし、どんな被害があったか、あるいは観光客の現地での体験が満足できるものだったのかには、誰も関心がない。
3. 観光プロダクトの主役は?「人」であるべき
著書の中でオガダ氏は、ツーリズム関連の海外投資家が、ケニアの自然保護に関心を持つ本当の理由を目の当たりにした出来事について語り、受け入れ地域社会に対する抑止力を挙げている。
アフリカのサファリ・デスティネーションや現地アクティビティの取扱いを見る限り、当時と今とで、変わったことはほとんどない。海外からの旅行者や投資家のためのビジネスであり、ローカル側は脇役に追いやられている。
「タンザニア北部では目下、非常に乱暴に、住民の強制立ち退きが行われている。もしタンザニア政府が道路や公的施設を建設するために、住民に立ち退きを求めているなら、人権団体が立ち上がって戦うだろう」と同氏。「だが、立ち退きの理由が保護活動なので、みんな沈黙している。ツーリズムが人々を黙らせてしまう」。
オガダ氏は、こうした事態が起きる背景について、ツーリズムのルーツが植民地時代にあり、それが今も大きく影響していると考えている。
「植民地時代、アフリカの美しい景色や豊かな自然、動物たちは賞賛の的だったが、現地で暮らす人々は邪魔もの扱いで、常に排除されてきた」(同氏)。「国立公園を作るために、自発的に移住したアフリカ人はいない。観光客は、そこがかつて現地の人々が暮らしていた場所であったことを、まず認識しなければいけない」。
ツーリズムにおけるネオ植民地主義的な慣行を認めることは、観光のあり方を「再考」する上で絶対に避けて通れない道だ。国連世界観光機関(UNWTO)が今年の世界観光デーのテーマに選んだのも「ツーリズムを再考する」だ。
UNWTOのズラブ・ポロリカシヴィリ事務局長は、世界観光デーに発表したコメントの中で「ツーリズムの潜在的能力は巨大。その力を存分に活かせるようにすることが、我々の責任」と語り、「観光に従事する労働者から観光客自身、政府や大企業、中小事業者など、全ての人が、自らが何に、どう取り組むべきかという課題に向き合い、より深く考えてほしい」と呼びかけた。
ツーリズムを再考しようとの呼びかけは、過去、盛んに続いており、ビジネスを進化させようとがんばっている事業者も、一部にはいるだろう。とはいえ、植民地主義的なメンタリティは根強く残っており、旅行事業者の手法に変化はない。
アフリカ観光として販売されている旅行商品について、オガダ氏は「まるでターザンだ」と話す。「観光プロダクトの主役は人々であるべき。旅行会社も、観光客を受け入れる国や地域側も、まずここを是正するべきだ」。
4. ツーリズムと保護活動、間違いだらけの結婚を終わらせよ
ケニアでは、観光分野への投資家たちが、エコシステムの保護手法について、かなり大きな発言力を持っている。こうしたツーリズムと自然保護の「結婚」が長年、続いてきたことが、かえって良くない結果を招いている。
「ツーリズムはあえて保護活動から距離を置くべきだ。なぜなら営利目的のビジネスだから」とオガダ氏は説く。「ツーリズム関係者が考えた方針と、地域側が連携することは可能だろう。しかし地域における基準作りにまで関与するべきではない。
保護活動においては、資金提供者の関心事も強く反映されがちで、近年、資本主義に傾きつつある点も、同氏は問題視している。旅行事業者は、こうした保護活動グループとの関係性に、もっと慎重であるべきで、本当に何かの課題解決につながっている活動なのか、よく見極める必要があると指摘する。
その一例が、国連の掲げる議題「30by30」で、2030年までに、陸上および海の30%を保護対象とし、生態系を守ろうという呼びかけだ。あまり知られていないが、この結果、多くの先住民が不当な立ち退きを強いられる状況が懸念されている。
ツーリズムと自然保護は、それぞれの発展に向けて別々の道を進むべきであり、協力が必要な時には歩み寄って話し合うぐらいの距離感がちょうどよい。お互いの方針策定には関与するべきではない、とオガダ氏は話す。
5. “ターザン“のイメージを捨てよ
パンデミックは、世界のツーリズムにはびこる様々な幻影を浮き彫りにする契機になった。こうした神話の一つが、野生の生態系を観光が守る、という考えだとオガダ氏。公務員であるレンジャーたちが年中無休で見回りを続けているので、現在、密猟件数は増えておらず、国立公園はとても平穏で、生態系は健全だ。
「アフリカにやってくる旅行者に伝えたい大切なメッセージがある。ようこそいらっしゃいました。どうぞ現地を見て、体験してください。ただし、自分が自然を守っているのだ、という考えは忘れてください」とオガダ氏は話す。「ここは、あなたが生まれるずっと前からあり、あなたが去った後もあり続けるのですから」。
インクルーシブな企業ブランド、超ローカルな体験を選ぼうという旅行者の意識が高くなり、こうした内容を打ち出すマーケティングにも敏感になっているからこそ、「ライオンキング」の感動的なイメージを、アフリカや一部の不運なデスティネーションから払拭しなければならない、とオガダ氏は考えている。
繰り返しになってしまうが、未来のために「ツーリズムを再考する」と謳う人々を含めて、観光産業全体に浸透している西洋中心の考え方から脱却することが究極の課題となる。西洋の旅行業界のリーダーは、南半球の途上国などで「ローカルの人々の声を聞こう」と言うが、声がなかったわけではない。声は常にあったが抑え付けられてきた。こうした抑圧の方にこそ目を向けるべきであり、取り除くべきだと同氏は訴える。
「アフリカに声を、というのは、アフリカに何か新しいものを作る話ではない。西洋社会にある壁を壊し、閉じ込められてきた声を解放することだ」(オガダ氏)。
壁は、世界中のあらゆる領域にあると同氏は話す。学会から産業界、教育から保護活動の資金援助まで。だが、明るい兆しもある。世界のツーリズムが中心となり、西洋の壁と、オガダ氏の言う「ターザン的な先入観」を取り壊そうとしていることだ。
「ツーリズムは、人々の物の見方、考え方のベースを作る。それ以外にも、様々な分野が関わってくるが、最終的にはやはりツーリズム。だからこそ、ツーリズム産業が変われば、非常に力強い影響力を及ぼすことになる」。
※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:5 Ways Global Tourism Must Rethink Its Influence as an Industry
著:Lebawit Lily Girma氏(スキフト記者)