欧米で人気の「無料ツアー」は日本でも広がるか? そのビジネスモデルと未来の可能性を、日本でのプラットフォーム創業者に聞いてきた

欧州を中心に無料のシティツアーが人気を集めている。通常、ツアーは予約をして「購入」するものだが、「無料ツアー(free tour) 」では参加者がツアー終了後にそのツアーの価値を自ら決めて、ガイドに対価を支払う。つまり、参加者次第の「チップ」のみで成り立っている。宮本大氏は、このモデルの将来性に注目し、日本でインバウンド向けに「Japan Localized (ジャパン・ローカライズド)」を2017年に立ち上げた。今後、インバウンドの回復が期待されるなか、投げ銭スタイルのツアーは日本でも広がるのか?そのビジネスモデルを聞いてみた。

世界旅行で無料ツアーに出会い、日本で起業

宮本氏が、無料ツアーに出会ったのは、大手企業を退職し、世界旅行に出た時のことだ。2016年、コロンビアのメデジンで宿泊したホステルのスタッフから教えてもらったという。「文字通り、参加費は無料。集合場所に集まって、ツアーに参加し、よければチップを渡す」スタイルは日本にはまだないことに気づき、ビジネスの構想を練り始めた。

ツアーを選ぶ際、事前情報だけでその質を比べるのは難しい。比較検討の段階で離脱してしまうことも起こりうる。チップを渡すツアーでは、そのハードルを下げ、気軽に参加してもらうために、参加費を無料にしている。

ガイドのクオリティは通常、設定料金によって担保されるが、無料ツアーの場合、チップがガイドのモチベーションとなる。つまり、参加者が満足するツアーをしなければ、収入が減るため、必然的にガイドのクオリティは維持・向上していくという考え方だ。世界中で無料ツアーに参加してみた宮本氏は「無料ツアーを体験すると、有料ツアーは参加しなくなる」と、そのメリットを実感した。

無料シティツアーの先駆者は欧州の「SANDEMANs(サンデマンズ)」。クリス・サンデマンズが2003年にベルリンで立ち上げた。現在では、欧州、中東、米国のおよそ20都市でツアーを提供。400人以上のフリーランスのガイドを抱え、年間150万人が利用するプラットフォームに成長している。宮本氏もこのビジネスモデルを参考にした。

帰国後、インバウンド市場が急速に拡大するなか、2017年にJapan Localizedを立ち上げた。当初、宮本氏はオペレーションをしながら、自らもガイドとして街中に出向いた。コロナ禍を経て、現在のところ、通訳案内士の資格を持つガイドを中心に東京で25人、関西で10人が登録。東京、大阪、京都、広島でそれぞれ「Localized」されたツアーを提供している。

アジアでは、日本を含めてチップの習慣がない国も多く、無料ツアーは広がっていない。逆に、そこがJapan Localizedの狙い目だ。宮本氏は「日本だけでなく、アジアでできるだけ早く市場を抑えたい」と意欲を示す。

「日本のやり方をアジアにも広げていきたい」と宮本氏斬新なビジネモデルも収益化に課題も

旅行者にとっては参加しやすい仕組みだが、チップだけでビジネスモデルは成り立つものなのだろうか。

Japan Localizedは、プラットフォームで旅行者を集め、無料ツアーの予約を受け付け、各ガイドに紹介する。宮本氏によると、収益モデルとしては、チップの総額をガイドとプラットフォームが折半するやり方と、参加者一人あたりの単価を事前に決めておくやり方があるという。Japan Localizedは後者。紹介手数料として客一人あたりの単価を決める。例えば、1ツアーに10人集まれば、10人かける単価の金額をガイドから集金。一方、ガイドはその単価総額を差し引いた金額をすべて受け取ることができる。単価は決まっているため、ガイドはチップ額が多ければ多いほど儲かる仕組み。だから、満足度の向上に努力するという。

宮本氏によると、1ツアーの参加者は15人が満足度の限界点。「15人を超えるとチップが減る傾向にある。人数が多ければチップの機会は増えるが、満足度は下がってしまう」。そのため、参加者調整も重要な仕事だと明かす。

コロナ前、紹介手数料を払った後のガイドの純粋な稼ぎは平均1時間3500円だという。3時間のツアーであれば1万500円になる。ガイドにとっては儲かる仕組みだが、宮本氏は「プラットフォームとしては、これだけで収益化は難しい」と本音も漏らす。

先駆者SANDEMANsは、ツアーの途中で休憩に入るカフェなどで、スタッフがイベントなどのチケット販売を行うなど有料化の仕掛けを組み込んでいるという。無料ツアーを参加者に対する別の販売機会の入口にしている。

宮本氏も、無料ツアーだけでなく、別の収益機会を模索しているが、「まずは、無料ツアーで市場を独占していくことに注力しているところ」だと話す。

ツアーの内容については、事前にスプリクトをガイドに渡すが、ガイドはそれをベースにしながらも独自のアレンジを加えるという。宮本氏は「プラットフォームから曲は提供するが、それを指揮するのはガイド。ベースの曲は同じでも、音色が変わってくる」と表現する。なお、欧州では、ガイド制度の仕組みの違いから、ガイドが自らコンテンツを造成し催行する。

2030年までにアジアでナンバーワンの無料ツアーに

設立以降、Japan Localizedは約5万人の訪日外国人を集客。コロナ禍に入り、集客数は激減したが、それまでは毎年増加を続けていた。コロナ前の2019年は、東京を訪れた約330万人の欧米豪からの旅行者のうち約1%に当たる約3万人を集客した。宮本氏は「これを5%までは伸ばせると思っている」と見込む。イスラエルに限るとシェアは7%。現在提供しているガイドは英語とスペイン語のため、アジア人の参加は多くはないという。

現在、東京のツアーとして秋葉原、上野、明治神宮/原宿、浅草、夜の渋谷/新宿、皇居の6コースを設定。いずれも東京観光の定番だ。参加者は、間際予約で来日初日に参加するケースが多いという。宮本氏は「参加者は、効率よく主要な観光地を巡って、今後の観光のための情報収集をしている。ガイドブックでは足りないリアルな情報を求めている」と明かす。無料ツアーは日本をより楽しむためのゲートウェイ的役割も果たしているようだ。

2022年10月11日から水際対策が大幅に緩和され、外国人旅行者の訪日も容易になった。2022年11月の実績は2019年同月の10分の1程度にとどまったものの、「来年にかけて徐々に回復していくと思う」と期待は大きい。

2022年秋以降、徐々に参加者が戻り始めている。(Japan Localized提供)

宮本氏は今後、日本での足場を固め、「地域貢献にも繋げていきたい」と話す。無料のツアーのため、ツアー中の参加者の消費意欲は高いという。また、参加者の動向データも収集していることから、タビマエ、タビナカ、タビアトでのアプローチを工夫し、再訪に繋げていく取り組みも考えているという。

日本の次に目指すのは、無料ツアーの未開の地であるアジアだ。「ベトナムのホーチミンシティとハノイ、その次はバンコクに出ていきたい」。

宮本氏は「2030年までに、アジアで無料ツアーナンバーワンの地位を築く」という青写真を描いている。

12月の新宿ゴールデン街のツアー。水際対策緩和後インバウンドも徐々に戻ってきている。(Japan Localized提供)

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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