美食で高付加価値の観光を、地元生産者と観光局が協業、フランスの広域観光の取り組みを聞いてきた

フランス観光開発機構(アトゥ・フランス)はこのほど、日本からフランスへの旅行需要喚起を図るための広域観光プロモーション「ヴァレ・ド・ラ・ガストロノミー 美食の渓谷」を発表した。コロナ禍を経て、アジアでは日本が初めてとなる本格プロモーション。ユネスコ無形文化遺産に登録されているフランスの食文化をテーマに、ブルゴーニュ、オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ、プロヴァンスの3地方が共同でプロモーションを実施するものだ。

今後の展開に向け、オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ観光局国際マーケットマネージャーのクリスチャン・ドゥシュマン氏に話を聞いた。

ルート上で462の美食プログラム

同プロモーションは、ブルゴーニュ地方のディジョンからプロヴァンス地方のマルセイユにいたるソーヌ川・ローヌ川沿い約623キロのルート上に設定した、食にまつわる462のプログラムを展開するもの。食文化がテーマであることから、地元生産者らを巻き込み、観光業を通して地域の教育や地域産業発展を目指している。

「美食の渓谷」のこれまでのグローバルでの動きは、2022年3月のフランス観光ワークショップ「ランデヴー・アン・フランス2022」で初リリース。その後、フランス国内とベルギー、英国、スイスで稼働開始した。同年10月にはアメリカでリリースされ、さらに2023年5月に日本で展開することが発表された。

ルート上で展開する462のプログラムはワイナリー見学やテイスティング、有名料理学校での体験、チーズ工房やワイン生産者のカーヴ見学、マスタードづくり、星付きレストランのシェフと行く市場めぐりのほか、ワインフェスティバルといった村祭りなど多岐にわたるもの。400以上に及ぶプログラムがあり、対象年齢は問わないが、プログラムは生産者の畑や工房、小売業者の店舗、レストランといった限定された場所での実施が多い。ドゥシュマン氏は、「受け入れ規模は少数グループや個人旅行で、大型グループは想定していない。高付加価値によるプログラムの内容と価格バランスが理解できる市場を厳選し、プロモーションに取り組んでいく」と意気込む。

3地域が共同でプロモーション

3地域は共同で広域プロモーションに取り組むことで、日本をはじめとする外国人観光客のさらなる獲得を目指す。「ソーヌ川からロワール川沿いの地域」というインパクトある切り口を提示することで観光客誘致につなげたいという思いは、「かねてからともに抱いていたが、形にするまでに7年ほどかかった」とドゥシュマン氏は振り返る。

「食」というテーマには、この3地方の共通の歴史的背景がある。ソーヌ川からロワール川流域はパリからイタリアを結ぶ国道7号線の一部で、1900年代のフランスのヴァカンス文化の浸透に伴い、「太陽の道」「ヴァカンス街道」と称されるようになった。そして、タイヤメーカーのミシュラン社がガイドブックを発行してヴァカンス文化と観光産業を後押しし、星付きレストランという付加価値を生み出したことから、このルート上は多数の星付きレストランを擁する美食地域としても発展する。

「テーマを”食”とすることは、きわめて自然だった」(ドゥシュマン氏)。2010年にフランス料理が「フランスの美食術」としてユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、「海外向けのプロモーションとしてはわかりやすい要素。ミシュランの星付きレストランばかりでなく、そこにワインやチーズ、野菜などさまざまな食材を供給する生産者、星がなくとも地元では評判のレストラン、市場巡りなど、さまざまなレイヤーを重ねて、多彩なプログラムがつくれると考えた」という。

オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ観光局国際マーケットマネージャーのクリスチャン・ドゥシュマン氏

観光局と地元生産者が協業

地方や自治体の独自性が強いフランスだが、行政側としては方向性とコンセプトが定まれば、あとはそこに向かって互いに協力して歩むのみ。最も苦労したのはプログラム造成にあたり、各地方の生産者らの理解を得ることだった。「今回のプロモーションを発表するまでには7年間かかった。生産者や地元の理解のために費やしたといっても過言ではない」とドゥシュマン氏は話す。

462のプログラムは、各地方観光局が内容や素材を吟味して大枠を作ったうえで、地元生産者にコンセプトを説明し協力を仰ぎ、理解を得たのち内容を詰めて商品化した。全世界で人気のワイナリー見学でも、まだ一般観光客の立ち入りに拒否反応を示すところも少なくない。ましてや町や村の精肉業者やパン屋など、観光産業とは直接関係のない生産者に対し、作業場や厨房に観光客を入れるという理解を得ることは、並大抵の苦労ではなかったという。

「職人が代々受け継いできた技術などを観光客に見てもらうことの文化的・教育的な意義、観光産業がもたらす経済効果などを説明し、理解を求めた」(ドゥシュマン氏)。それでも受け入れを拒まれたころはあったが、ある養蜂場は観光客を受け入れるために子ども用の防護服を準備したところ、地元の学校の教育プログラムにもつながるという波及効果もあるなど、地元側の意識も少しずつ変化が起きはじめているという。

「美食の渓谷」プロモーションでは、ユイルリー・ボージョレーズ社の幹部も来日した。ブルゴーニュ地方でオーガニックの高級ナッツオイルやフルーツビネガーを販売しており、「美食の渓谷」には工場見学とテイスティング体験を提供している。同社広報・輸出担当マネージャーのピエール・ジャメ氏は「(美食の渓谷は)非常にいい取り組み。自社の力だけではPRに限界があるが、観光を通して世界向けの食文化の発信と販売チャネル創出につながっている」と期待を述べた。

ユイルリー・ボージョレーズ社はブルゴーニュ地方でオーガニックの高級ナッツオイルやフルーツビネガーを販売

委員会を設置し3年ごとに監査

プログラムの品質を維持するため、委員会を設置し3年に1度、監査を行うことも特筆すべき事項だ。

委員会はジャーナリストや観光関係者、料理関係者など20人で構成され、地域外の人物も含まれる。メンバーは非公表とし匿名性による公平を保つ。品質を維持するためのチェックポイントは、プログラムの質、地域貢献度、外国人観光客向けとして海外にアピールするにふさわしい内容か、フランスらしさが盛り込まれているか、地域にとっての価値や経済効果、家族向け・子供向けなど対象年齢にふさわしいものかといった点だ。

今後はプログラムのさらなる充実に加え、個人旅行向けの交通手段や国鉄などとタイアップの可能性を探るなど、新たな課題に取り組んでいく。すでにプログラムが稼働しているアメリカ市場は、旅行業自体が小規模事業者が主流であることから、こうした小規模グループを対象としたプログラムは彼等のニーズに合致し、またフレキシブルにカスタマイズできるオーダーメイド感も含め非常に好評だという。日本の旅行会社の反応も「想像以上に好評。手応えを感じている」とドゥシュマン氏。そのうえで「大切なのは一過性ではない、長期的、持続可能なシステムのさらなる構築。本当の取り組みはこれからだ」と力強く語った。

ヴァレ・ド・ラ・ガストロノミー 美食の渓谷 

記事:西尾知子

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