水際対策が大幅に緩和された後も、日本の海外旅行市場の回復に勢いが出ない。特に、欧州への日本人旅行者がコロナ前の水準に戻るのにはまだ時間がかかると見られている。ウクライナ危機を発端とする航空運賃や燃油サーチャージが高止まり、航空座席供給量も完全回復には至っていない。ロシア上空の飛行禁止による迂回ルートも旅行者にとっては負担だ。欧州でも最大のマーケットであるフランスの現状はどうなのだろうか。HISインターナショナル・ツアーズ・フランス・ジェネラルマネージャーのケヴィン・ベルトン氏に聞いてみた。
課題の一つは航空座席
フランスの旅行市場は絶好調だ。
フランス観光開発機構(アトゥ・フランス)によると、2022年の観光消費額は580億ユーロ(約8.3兆円)。コロナ前2019年の2.1%増、約12億ユーロ(約1720億円)の増額となった。インフレによる物価上昇という側面はあるが、欧州域内および米国からの旅行者の急回復が市場を後押しした。
一方、日本人旅行者の消費額は、2019年比62.4%減の3.5億ユーロ(約500億円)とコロナ前の水準には程遠いのが現状だ。
それでも、ベルトン氏は「昨年4、5月頃から夏にかけて、個人旅行を中心に戻り始めた」という。最初に戻ってきたのビジネス渡航と経済的に余裕のある旅行者。昨年10月の大幅な水際対策緩和の後は、「グループも徐々に戻りつつある」と明かす。HISは、いち早くフランスのパッケージ商品の販売を再開したことから、その効果が表れ始めている状況だ。
ただ、ベルトン氏は「航空座席に課題がある」と話す。エールフランス航空は復便を進めており、今夏には羽田/パリ線を最大週11便を運航。関空線を週5便に増便し、成田線の週3便を継続する。しかし、エールフランス便については、回復が著しい訪日フランス人の需要が高く、日本発では取りにくい状況のため、「やはり、日系航空会社の完全復活が待たれる」という。2023年夏ダイヤでは、ANAは羽田/パリを週3便、JALは羽田/パリを毎日運航する。
ラグビーW杯とパリ五輪をきっかけに
渡仏需要が復活するきっかけとして期待してるのは、今年9月にフランスで開催されるラグビーワールドカップ。日本は予選ラウンドでトゥールーズ、ニース、ナントで試合を行う。HISでは、2試合が行われるトゥールーズのあるオクシタニー観光局と、日本人ファンと現地との交流イベントを検討しているという。ベルトン氏は「現地との交流は、今後の旅行のキーワードになりうる」と話す。
また、2024年のパリ五輪も、渡仏日本人の増加を後押しすると見ている。メディアでフランスの露出機会が増えるだけでなく、実際に日本人が観戦に訪れれば、それがマーケット復活の呼び水になると期待する。パリ五輪のチケットや旅行商品としてホスピタリティプログラムを担当するオン・ロケーション社によると、第1期の一般向け抽選チケット販売数では、欧米がトップ10を占めるなか、日本が8位に。関心の高さが伺える結果となっている。「HISだけでなく、業界として、できるだけ多くの日本人を送客してほしい」というのがベルトン氏の思いだ。
求められる仕入れ環境変化への対応
コロナ禍を経て、フランスの旅行市場の環境も変わってきた。ベルトン氏がまず指摘したのが人手不足。世界的な課題だが、フランスでもバス(コーチ)のドライバー、レストランのウェイター、ホテルのハウスキーピングなどで課題は解決しておらず、「コーチがあっても、部屋があっても売れない状況がある」という。一方、日本人ガイドについては、副業を持っている人も多いため、今のところ大きな問題にはなっていないようだ。
そのなかで、仕入れの環境も厳しくなっていると明かす。供給が増えないなか、米国を中心に旅行者が急増。「ホテルは、前払いで高く買ってくれるところに部屋を出すため、日本向けの確保が苦しいところ。ダイナミックプライシング(需要による変動価格)が当たり前のなか、日本のパッケージ向けに固定レートで部屋を確保するのは年々難しくなってきている」という。
HISは、現地支店を持ち、長年にわたって現地サプライヤーとの良好な関係が築けていることから、現在はまだ交渉に応じてもらえるが、「いつかは部屋を出してもらえなくなるかもしれない。これはHISだけでなく、日本の業界全体の問題」と警鐘を鳴らす。
新しい旅のスタイルで新たな需要の創出を
また、パリのオーバーツーリズム対策に伴って、旅のスタイルも変わってきている。ルーブル美術館、オルセー美術館、ベルサイユ宮殿など人気の観光施設では、オンラインによるチケット予約システムが導入されている。これは入場者を管理するためのものだ。
アムステルダムやベニスなどでは地域住民の生活環境保護という観点からオーバーツーリズム対策が実施されているが、パリの場合、「観光客の利便性を考えた対応」(ベルトン氏)だという。
世界的にサステナビリティへの関心が高まっているが、フランスの社会的な環境対策への意識の高さは今に始まった事ではない。ヨハネスブルグで開催された「環境・開発サミット」で、当時のシラク大統領が「家が燃えているのに、我々はよそを見ている」という有名な演説をしたのは2002年9月のことだ。
ただ、最近になって旅行分野でもサステナビリティへの取り組みが活発になっているという。鉄道で2時間以内の短距離では国内航空路線を廃止(国際線からの乗り継ぎ便は対象外など例外も多い)、それに伴い鉄道旅行が見直され、夜行列車も復活している。
「これからはパリにスーツケースを置いたまま、手荷物だけを持って鉄道で1泊2日のショートトリップに出かける旅も受け入れられてくるのでは」とベルトン氏。たとえば、パリからボルドーにフランス人の国内旅行のような感覚で気軽に出かけるスタイルも考えられるという。
ベルトン氏は「コロナでフランス人の旅行スタイルも変わってきた」と話す。地方への国内旅行が増え、自転車でその地方をゆっくり巡るような旅が好まれている。コロナ前からそのようなスタイルは人気があったが、コロナ禍でさらに加速したという。
フランス人が好む旅行スタイルが、フランスを訪れる日本人にも訴求できるのかどうか。ポストパンデミックの新しい需要創出に向けては、そこにもヒントがありそうだ。
※ユーロ円換算は1ユーロ143円でトラベルボイス編集部が算出
トラベルジャーナリスト 山田友樹