日本を代表する着物「加賀友禅」。写実的な草花模様を中心とした絵画調の柄で、刺繍、金箔などで加工する華麗な図案調の京友禅と比べると、武家風の落ち着きがあるのが特徴だ。金沢市の「毎田染画工芸」は、400年続くと言われている加賀友禅の伝統を受け継ぎながら、新たな意匠を生かした作品も生み出している。その金沢文化に触れようと多くのインバウンド客も訪れる。彼らが求めているのは「ホンモノ」の価値だ。
「生の金沢」を感じる体験プログラム
毎田染画工芸が、いわゆる工房見学を受け入れ始めたのは30年以上も前のことだという。当初は内外の知人や関係者向けに内覧という形で行われていた。加賀友禅作家の毎田仁嗣さんは、その目的について、「金沢の文化、日本の文化として、完成品だけでなく、その制作のプロセスを知ってもらい、友禅をもっと身近に感じて欲しかったためです」と説明する。
その後、体験プログラムとして観光客に開放し始めたのは、2015年の北陸新幹線開業の少し前あたりからだ。地元旅行会社や自社サイトなどを通じて受け入れている。
プログラムでは、加賀友禅の歴史や技法のレクチャーのほか、職人による下絵、糊置き、地入れ、彩色、地染めなどの工程を見学。サンプルで実際に筆をとって色をつけることも体験できるほか、着付け体験で加賀友禅を「肌」で感じる機会も提供している。
毎田さんによると、そのほとんどが訪日外国人のグループ。能登半島地震前は月に10組ほど受け入れていた。日本人は着物関係者や染め物を学ぶ学生などが多いが、外国人は「文化」あるいは「日本の伝統工芸」という視点で加賀友禅に関心を寄せているという。
毎田さんは「生活と文化が近いところが金沢らしさ。現場を見てもらうのは、加賀友禅の制作のプロセスを知ってもらうためだけでなく、生の金沢を感じてもらうためなんです」と話す。
加賀友禅は通常、12から15の工程があるが、毎田染画工芸は、反物を自ら所有し一貫生産しているところが特徴だという。「だから、加賀友禅のストーリーを説明できるんです」。
訪れる外国人は、フランス、イタリア、米国など欧米からの訪問者が多いという。「彼らからは、着物のバックポーンだったり、伝統的な着物を作っている職人が、今の時代に何を考えて創作しているのか、これからどのようなものを作っていきたいのかなどの質問を受けます」と毎田さん。
「みなさん、今の日本では着物を着る機会が減っているのは知ってるんです。だから、この素敵な文化をどう生かしていくのかに関心があるようです」。伝統から革新へ。同様に文化的栄枯盛衰を繰り返してきた欧州の人たちには自分ごとのように映るらしい。
美意識への共感で購入も
訪日外国人の受け入れでは、体験を通じて購入につながるケースもあるという。加賀友禅は全て手作業で行われるため高価になるが、毎田さん「加賀友禅の美しさに感銘を受けて、手元に置いておきたいと思われているようです」と明かす。
着物は、文字通り「着る物」だが、工芸品としてのその美しさは万国共通。煌びやかな京友禅とは異なる、外を濃く中心を淡く染める「外ぼかし」や「虫喰い」の技法を用いた繊細さに芸術的な価値を見出す人は少なくない。
毎田さんは「実用性とともに鑑賞にも耐えうるというのは日本人の価値観であり、着物の価値でもあるんです。着ていたものを脱いで、それを掛けた風景もアートになる。そういう生活文化は古くから日本にありました。作り手としても、着ている時、掛けている時、両方で美しいく見えるように作ってるんです」と話す。
外国人は、生活の中で着物を着ることはまずないが、購入するということは、「加賀友禅の美意識への共感の一つの行動なのでしょう」。
観光客にとって、毎田染画工芸が魅力的なのは、いわゆる観光工芸館のように観光地化されていないところだ。「生の作家が、ここで創作しているリアルさに人の心は動く」と毎田さん。毎田さん自身、若い頃にスペインに旅行に行ったとき、歩き疲れて入ったバールで、知らない地元のおじさんに一杯おごってもらったことがリアルに印象に残っていると振り返った。
北陸新幹線の金沢/敦賀が開業した。毎田さんは「外国人、日本人に限らず、もっと北陸を周遊してもらえるようになればいいですね」と期待をかける。外国人だけでなく、本来は日本人がもっと加賀友禅の価値を知るべきなのかもしれない。
トラベルジャーナリスト 山田友樹