こんにちは、日本修学旅行協会の竹内秀一です。
みなさんがこのコラムを目にされるのは、中学校の修学旅行が最盛期のころかと思います。
修学旅行が実施される時期は、中学校では3年生の5月の連休明けから6月、高校では2年生の10月から12月上旬がもっとも多くなっています。
ところが、コロナ禍による環境変化で、旅行費用の高騰、旅行会社の人手不足、貸し切りバスの手配困難、オーバーツーリズムなど、これまでになかったさまざまな問題が顕在化しています。今回のコラムは、修学旅行をめぐる最近のこうした問題について掘り下げていきます。
修学旅行の旅行先が決まるのはいつか
修学旅行の旅行先が決まるのは、中学校は実施学年の生徒が1年生の時の1学期、高校は実施学年の生徒が入学する前の3月ころが一般的です。ずいぶん早いな、と思われるかも知れませんが、修学旅行は大人数の団体旅行であるため、列車や航空機、ホテル・旅館などを早めに予約する必要があります。そのため、今年度(2024年4月~2025年3月)に実施される修学旅行は、2023年の早い時期に旅行会社と交わした契約内容に基づいておこなわれることになります。
2025年度実施の修学旅行の契約は、すでに多くの学校が済ませていることと思いますが、学校からはさまざまな問題点があがってきています。そのほとんどが、コロナ禍の中で生じた環境の変化が修学旅行に及ぼした影響に関わる問題でした。
物価高が修学旅行に及ぼす影響
第1の問題は、物価高に伴う旅行費用の高騰です。
修学旅行の費用は、保護者から集める積立金の中から支出されます。そのため、多くの自治体では保護者の負担が重くならないよう、公立学校の修学旅行については「修学旅行実施基準」を定めていて、その中で修学旅行費用の上限額も示しています。額が示されていない場合でも「保護者の負担にならないように」といったような文言が記されています。
当協会の調査によると、2022年度の修学旅行費用は、国公立中学校が5万~7万円、国公立高校が7万~10万円となっていて、突出して多かったり少なかったりというのはありませんでした。
修学旅行の場合、それを扱う旅行会社を入札によって選ぶことが普通ですが、最近では、これまでどおりの旅行先で、これまでとあまり変わらない活動計画を立てて見積りや入札を依頼しても、応じてくれる旅行会社が現れないという状況があちこちで生じています。これは、宿泊費や交通費、食費などの高騰で、これまでどおりの旅行費用ではいわゆる「前例踏襲」の修学旅行すらできなくなっているということなのです。
いま、海外修学旅行はどうなっているか
旅行費用の高騰は、特に海外修学旅行に顕著に現れてきています。
コロナ禍によって実施できなかった海外修学旅行は、現在、私立学校を中心に再開されるようになっています。公立学校でも、語学研修のように希望者を募って実施する「海外研修旅行」は実施されはじめていますが、実施学年の生徒全員が参加することを原則とする海外修学旅行の再開は、かなり厳しいという現状があります。これは、航空運賃や燃油サーチャージの高騰に加え、円安によって旅行先での宿泊費・食費・交通費などが割高になっているからなのです。学校の教育目標に「国際交流」や「異文化理解」「多文化共生」などを掲げている学校にとっては、海外修学旅行は他に代えがたい大切な教育活動なのですが、それが実施できないのは大きな問題だと思います。
かといって、保護者の負担を考えるなら、そう簡単に積立金の額を増やすわけにはいきません。今年度の「修学旅行実施基準」を見ると、費用上限の額を見直した自治体もありますが、それほど大幅に上がってはいません。
旅行会社の人手不足と人材不足
修学旅行は、各学校がそれぞれの教育目標を踏まえて計画するオーダーメイドの旅行ですので、旅行会社が企画する一般向けの団体旅行より旅行費用は高くなってしまいます。それなら、旅行先や宿泊日数を変えたり、活動内容を工夫するなどして費用を抑えたらどうか、という意見もあるかと思います。
学校としても、宿泊先をホテルや旅館から民泊に変えるといった対応はしているのですが、修学旅行そのものの内容を検討するための情報が、今、学校にあまり入ってこないという事態が起きています。その主な要因は、旅行会社の人手不足・人材不足にあります。これが第2の問題です。
コロナ禍によって旅行需要が激減し、旅行会社から離れる社員が続出したことは皆さんもご存じのことと思います。現在は、インバウンドも含め一般の旅行需要は急速に回復していますが、旅行会社は少ない人手をそちらのほうに割かなければならず、結果としてエージェント1人が担当する学校数が大幅に増えてしまいました。そうなれば、エージェントが学校を訪問する機会は減ってしまい、新しい情報もなかなか学校に届かないということになるわけです。
今、旅行会社は多くの社員を採用するようになっていますが、経験豊富なベテランのエージェントが抜けてしまった穴を埋めることは難しいのが現状です。学校からは、若手の担当者にアドバイスを求めても的確な提案を持ってこない、という声が多く聞こえてきます。「人材不足」というのは、このことです。旅行会社のエージェントが学校の先生たちに適切な情報を伝え、意見を交換しながら旅行先や活動内容を検討していくのが好ましいあり方ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
貸し切りバスの確保が難しい
第3は、ドライバーの不足やいわゆる「2024年問題」に関わる貸し切りバスの手配の問題です。
貸し切りバスの運賃については、国土交通省により2025年度からの下限額の引き上げが示されていて、修学旅行費用が上がってしまう要因の一つになっていますが、貸し切りバスの確保そのものが難しくなっていることも深刻な問題です。
メディアにも取り上げられ話題になりましたが、予約していたにもかかわらず貸し切りバスが手配できなかったため交通機関や行程を変更しなければならない、といったケースが今後も出てくるかも知れません。特に、高校の修学旅行先で一番人気の沖縄では、移動に貸し切りバスを利用することが欠かせないのですが、これが手配できないとなると、沖縄への修学旅行そのものを諦めざるを得ない、ということにもなってしまいます。これまで学校は、旅行費用の高騰への対応として宿泊日数を減らしたり、宿泊費を抑えるために民泊をとり入れたりするなど、いろいろと工夫して沖縄修学旅行を実施してきましたが、貸し切りバスの問題はどうにもなりません。
また、「2024年問題」では、ドライバーが一日の休息期間を継続して11時間取ることが基本(下限は9時間)となったため、夜間のプログラムの実施が難しくなってしまいました。たとえば、これまでは東京に来る東北地方の中学校が、ミュージカルや演劇を夜間に鑑賞することが多くあったのですが、ホテルと劇場などとの往復に貸し切りバスを使うと、翌朝の出発時刻までの間にドライバーの休息期間を確保できなくなってしまうため、別のドライバーを用意しなければならなくなりました。これもまた、旅行費用に響いてくることになります。
オーバーツーリズムも修学旅行に影響
中学校の修学旅行先で一番人気の京都ですが、ここではオーバーツーリズムが大きな問題になっています。
多くの学校は、京都市内での班別自主行動を行程に取り入れています。生徒たちは、事前学習で班ごとにテーマを決め、それに沿った行動計画を立て、訪問する場所について調べたうえで班別行動をスタートさせます。京都市内では、路線網が充実している市バスを利用することが多いのですが、バス停で待っていても市バスはいつも観光客で満員。バス停を通過していってしまい、せっかく立てた計画が役に立たなくなったり、全体の集合時刻に遅れてしまったり、ということが起きています。
貸し切りタクシーを利用する学校もありますが、これも先に述べたドライバーの不足によって必要な台数を確保することが難しくなっています。班別自主行動こそ「主体的な学び」につながる活動だと思うのですが、これが計画通りに進められないと学校のねらいも達成できないことになってしまいます。
また、外国人観光客の急な増加が、ホテルや旅館の宿泊費を引上げてしまっているということも問題になっています。
コロナ禍の中で修学旅行の価値が再認識されたこと、同じ時期に現行の学習指導要領が実施され「探究的な学習」の実践が学校に求められたこと、これによって最近の修学旅行は、さまざまな体験活動を通しての「学び」を重視するようになってきています。その「学び」の多くは、他の教育活動ではなかなか得られないものと考えます。
明治時代以来、現在に至るまで続けられてきた修学旅行は、学校の教育活動として根付いてきた「日本独自の教育文化」であるといわれています。修学旅行が、これからも「学びの旅」として実施され続けていくために、学校だけでなく行政や当協会を含む関係諸機関など社会全体が連携・協力して、修学旅行が現在直面している諸問題の解決に向けた対策を進めていただくことを心から願っています。
次回のコラムでは、修学旅行で実施される農山漁村民泊や探究学習に関わる新しい教育旅行のプログラムについて考察していきます。