世界的に“サステナブル”な意識は強まっているが、個人レベルでの積極的な行動は進んでいない。持続可能な観光の実現に向け、地域や事業者は今後どのように、地域住民や旅行者を巻き込んだ取り組みを推進していけばよいのか。
世界大手コンサルティングファームの1つ、EY JapanのメンバーファームであるEYストラテジー・アンド・コンサルティングのパートナー・平林知高氏は「地域の持続可能性を、観光事業者や地域・住民、観光客を含めたすべてのステークホルダー(関係者)が“自分ごと化”して考えることが重要」と話す。
2024年5月に実施したトラベルボイスLIVEに出演した平林氏は、まず、消費者や社会の意識・価値観の変化を整理しながら、今後のツーリズムにおける「リ・ジェネレーション(改新)」の必要性を説き、地域や事業者がすべき対応と取り組み事例を話した。
消費者・社会の価値観が変化した背景
社会の成熟や少子高齢化で物質的な不足感は解消し、精神的な豊かさへの欲求が向上している時代を迎え、テクノロジーの進化で従来できなかったことが可能になり、通信の進化によって人々がつながることが身近になった。さらに、パンデミックによって、短期間で人々の生活が劇的に変化した。平林氏は、こうした世界規模の変化が、価値観のシフトを誘発したと指摘。この価値観の変化を、4つの観点「ノーバウンダリー」「セルフ」「リレーション」「サステナブル」で整理した。
「ノーバウンダリー」は“境界”や“制約”の意識がなくなりつつある変化。例えば、日常では仕事と余暇の過ごし方が曖昧になり、婚姻関係も書類提出のない形を選ぶケースも珍しくなくなってきた。アイデンティティではジェンダー、生活空間のリアル/バーチャルなども同様だ。平林氏はこうした曖昧さを「消費者の価値観が変化する前提条件」と説明した。
残る3つは、消費者の意識のベクトルを、対象との距離で整理した。「セルフ」は、自分自身に向く意識で「『健康でありたい』『幸せでありたい』など、自身を高めたいと思うウェルビーングの欲求」と指摘。コロナ禍で人との接触がなくなる中、自分自身と向き合って考えることが増えたことが契機となった。
「リレーション」は、自分自身の周りに向くベクトルで、近しい人やコミュニティなどが含まれる。消費者が自身への関心を高める一方で、「人やコミュニティとつながっていたいという思いも、逆説的に増加している」と推察する。
最後の「サステナブル」は、自分自身から遠い対象である自然環境や社会のシステムに対する意識と説明。「今後10年で、自然環境の維持・社会の再構築に向けた思考や行動が当たり前になっていく」と整理した。
そのうえで平林氏は、「これらの意識の変化は、すべての人が同時発生的に持っている」と指摘。こうした変化の中で“サステナブル”に取り組むには、「リ・ジェネレーション」の考え方が重要になると、世界経済フォーラムなどでも議論され始めているという。
なぜ、サステナブルではなく「リ・ジェネレーション」なのか
平林氏は、サステナブルの動詞「sustain」は、「維持する」の意味合いが強いことを説明。自然環境や文化が破壊されるスピードの速さを踏まえると、「維持する=ゼロに戻す取り組みでは不十分。プラスの影響を及ぼす取り組みをしない限りゼロにすら戻らないという問題意識が高まっており、サステナビリティの先を目指す『リ・ジェネレーション』という言葉が世界的に使われ始めている」。
「リ・ジェネレーション」は日本語では「再生」の訳が多いが、平林氏は「改新」をあてた。「“再生”も“元に戻す”に近いニュアンスを感じる。今までとは違うイノベーティブな取り組みをしない限り、プラスの影響を与える活動にはならないと考え、“改めて新しくする”という意味で選んだ」と説明した。
また、サステナブルに対する消費者や社会の意識は、自分から最も遠いところにあり、「積極的に関与するためには自分ごと化(当事者意識)して考える必要がある」(平林氏)。そこでEY Japanでは、サステナビリティの意識を自分ごと化するアクションを「リ・ジェネレーション」と定義した。
ツーリズムにおける「リ・ジェネレーション」とその事例
観光におけるリ・ジェネレーションとはどういうものか。平林氏は、関係者として「観光客」と「観光地(事業者や観光組織、住民・コミュニティ含む)」、その土地の「自然環境・文化」の3者を提示。
「観光客と観光地が、地域の自然環境・文化の継承を当事者として考え、一体となって観光を通じてプラスの影響をもたらすビジネスモデルを構築すること。事業者や組織は地域住民と一緒に、地域の自然環境・文化を高めることにつながるサービスを提供し、消費をしてもらうこと」と説明した。
そのため観光地では「住民の満足度が大切。コミュニティをどのように維持、または対話を通じて成長させていくかが、非常に重要なテーマ」と平林氏。また、観光客側にも「地域から吸収するだけではなく、自分が地域にどうプラスの影響を与えられるか、考えることを浸透させていくことも重要なテーマ」と続けた。
EY Japanによる地域との関わりに関する消費者アンケート調査では、回答者の約2割が行ったことはないが「関心のある地域(行ってみたい旅行先など)」への関与に意欲を示しており、平林氏は「ツーリズムの要素として見逃せない観点」と指摘した。
ここで平林氏は、「ヒアリングをしていく中で共感を受けた」という、2つの事例を紹介した。
このうち、沖縄県宮古島市の池間島では2023年度から、幻の大陸と呼ばれる卓状サンゴ礁群の「八重干瀬」へ、漁師による漁船ツアーを開始した。人口減少で基幹産業の漁業が衰退してきたが、漁船を動かし、港が活性化することが地域の活力を取り戻す最適解と判断した。漁船では神様への安全祈願をするので、地域の暮らしや歴史・文化の継承にもつながるからだ。
ツアーでは漁業権を活かし、可能な限り八重干瀬の近くに行って釣りができることを打ち出しながら、参加者に漁の話や島の文化歴史も伝える。「地域資源を見つめ直し、再評価・理解をして観光客に伝え、維持しながら地域に収益を還元する。コミュニティが中心となり、住民を巻き込んだという点でリ・ジェネラティブな取り組み」と平林氏は解説した。
「ポイントは、地域・コミュニティをどのように成長させ、豊かにしていくか。金銭面だけではなく、住民にも、来訪者にも心地よい地域・観光地を、あらゆるステークホルダーが一緒に作っていく取り組みを、コミュニティ主導で推進する。これこそが、持続可能な観光につながる自分ごと化の取り組みだと思っている」(平林氏)。
「1.5ソロ旅」とリ・ジェネレーションのチャンス
最後に平林氏は、価値観の変化で顕在化し始めた新たな一人旅「1.5ソロ旅」を説明した。
ある調査では2024年に1人旅を計画している人が全世代で約7割と高く、ミレニアム世代やZ世代は76%と特に若い世代で高い。平林氏は「人と調整せずに、すぐに行ける気楽さがあり、今後も伸びていくのではないか。自分が楽しく、豊かになれることを中心に考える表れでもある」と、冒頭に話した価値観「セルフ」の影響を示唆する。
その一方、66%が一人旅の目的に「旅先での人の出会い」と回答。1人で旅をしたいが、旅先では誰かと会いたい欲求が垣間見えた。平林氏は「これこそまさに、冒頭の『リレーション』で話した、どこかで誰かとつながっていたいという考えの表れ」と指摘。「人との出会い、つながりがキーワードになりつつある」と話した。
すでに、1.5ソロ旅のニーズに注目したサービスを提供する事業者もあるが、平林氏は「必ずしも事業者だけの話ではない。例えば、居酒屋やパブなどでも地元の人と観光客が接する機会があり、コミュニケーションを通してその土地との関係性が深まる」と説明した。
こうした“緩やかなコミュニティ”が形成されることで、旅行者自身も地域の一員という認識が高まり、自分ごと化する機会が高まる。「旅行者のニーズが体験型にシフトしているなか、よりローカルでイマーシブな関係性を築くことが、『リ・ジェネラティブ』の方向性の一つになりうるのではないか」と示唆した。
進行役を務めたトラベルボイス代表の鶴本は、1.5ソロ旅について「こういう世界観になっていく」と共感。すでに世界では、大手グローバルホテルのライフスタイルブランドで、バーのカウンターがフロントの役割を兼ねてチェックイン対応をすることを紹介し、「一人で来るゲストが他のゲストと接しやすい機会を用意している」と解説した。
EYツーリズム関連レポート:
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記事:トラベルボイス企画部