観光産業への投資がメインの「観光立国ファンド」、大型ホテル開発から古民家再生、ベンチャー支援の取り組みと、設立の背景を聞いてきた

旺盛なインバウンド需要で注目が集まる観光産業。ただ、人材不足やDX、老朽化する宿泊・観光施設の改修、オーバーツーリズム対策といった課題も顕在化しており、世界と競争できる観光立国になるためには抜本的なテコ入れが不可欠だ。

こうしたなか、「人をつなぎ、地域をつなぎ、日本と世界をつなぐ」を掲げ、日本全国で観光関連投資をおこない、産業再生を手がけているのが、2018年に設立された民間の「ALL-JAPAN観光立国ファンド」である。想定できなかったコロナ禍をもがきながら乗り越えた「1号ファンド」を経て、2023年からの「2号ファンド」にはJTBが新たに出資するなどプラットフォームのレベルアップを進めている。これまでの軌跡と、目指す姿を聞いてきた。

発起人は三菱UFJ銀行、なぜ観光だったか

ファンドを運営する地域創生ソリューションは、2018年に三菱UFJ銀行、日本航空(JAL)、積水ハウス、三菱地所、明治安田生命保険らが共同で設立した出資運営会社。発起人は三菱UFJ銀行だが、もともと観光ありきで生まれたファンドだったわけではない。

地域創生ソリューション執行役員投資運用第一部長の池田省吾氏は、「日本の産業を伸ばしていくアイデアを銀行内で募ったところ、ロボティクス、ヘルスケア、宇宙ビジネスといった200件以上が集まりました。そのなかで輸出産業として急成長しているインバウンド中心に、売り手、買い手、世間の三方よしで貢献できると踏んだのが観光です」と、当時を振り返る。

三菱UFJ銀行が地域金融機関との幅広いネットワークを有し、各金融機関が地域と密着しながら観光振興に力を入れていることも決め手のひとつだった。観光振興はとかく地方創生の文脈で語られやすいが、「地方部だけでなく、都市観光も盛り上げることが観光立国を目指すうえで不可欠」(池田氏)との考えもあった。そのためALL-JAPAN観光立国ファンドの投資エリアは日本全国の47都道府県と定め、社名をあえて地方創生ソリューションではなく、地域創生ソリューションと定めた。

もうひとつ、ファンドの大きな特徴が、宿泊施設などの開発プロジェクト、宿泊施設運営会社の再生支援に加え、観光産業・地域産業の課題解決や再構築など、より高い成長をもたらすことが見込まれるベンチャー企業を投資対象としたことである。

池田氏と同じく、会社設立当初から参加している同社執行役員投資運用第二部長・チーフベンチャーキャピタリストの畑雅城氏は、「観光産業・地域創生はすそ野が広いため、制約を設けず幅広い支援が求められる。当初は観光に資するベンチャー企業中心に定義していましたが、今では地域のさまざま仕組みに対し、たとえばDXを活用して高度化する企業への出資も少なくありません」と話す。

大型ホテル開発から古民家再生まで

ファンドは組成から5年間を新規投資期間と位置づけ、計10年間での回収を目指している。まず、2018年に設立した1号ファンド(組成金額200.1億円)では、不動産で古民家、アパートメントホテルなど全国15案件に投資し、すでにEXIT(出口)済の案件も複数に上っており、53億円を回収した。

ALL-JAPAN観光立国ファンド1号の投資実績

投資の一例が、積水ハウスとマリオット・インターナショナルが国内各地を複数開発した「Trip Base道の駅プロジェクト」だ。マリオットが新規プロジェクトとして道の駅に近接したロードサイド型ホテル「フェアフィールド・バイ・マリオット」を岐阜、栃木、京都など全国各地でオープンしたのを支援。単なる観光拠点としての宿泊事業だけではなく、地域に人が集まる仕組みを構築。U・Iターンなど地元を優先する雇用なども実施し、関係人口の増加にも寄与した取り組みである。

古民家再生の事例も、京都四条大宮付近路地一体を宿に改装した「Nazuna(ナズナ)京都 椿通」、岐阜県美濃市の「NIPPONIA  美濃商家町」、岡山県倉敷市の伝統的建築物をオーベルジュに改修した「撚る屋」など複数に及ぶ。古民家といっても再生方法は一律ではなく、美濃が和紙で栄えた町の歴史伝統を活かす宿泊施設にこだわったのに対し、京都では京町家の長屋を映画のセットのような全23室のラグジュアリーな旅館に作り直した。「特に古民家は地域密着型なので、地元の人たちのコミュニティに入り込むことが必要。また、インバウンド獲得に向けて外国人の目線が必要だったりと、ファンド出資を通して観光振興に関する多くのことを学びました」(池田氏)。

倉敷美観地区の伝統的建造物を蘇らせた「撚る屋」

幅広いベンチャー企業にも出資

こうした開発、再生で大きな強みとなったのが、同社が出資企業のほかにも、ホテル・旅館オペレーターをはじめ、人材派遣、運輸、エンターテインメント、スポーツメーカーなど幅広い業界の企業がサポートチームとして参画している点だ。

たとえば、2018年9月から投資を実行し、2023年に開業した大阪府泉佐野市の「OMO関西空港」は、もともと旅行会社などを傘下に持つWBFホールディングスがホテルオペレーターを務める案件だったが、コロナ禍で2020年、約351億円の負債を抱えて倒産。当時、すでにホテルの建物がほぼ完成していたにもかかわらず、開業が危ぶまれたが、ファンドのサポートチームに星野リゾートが入っていたことから、そのネットワークも活かして星野リゾートがスポンサーとなることで開業にこぎつけた。星野リゾート初のエアポートホテルとしても注目されている。

また、ベンチャー企業に対しても、地方事業者と旅人のマッチングから伝統工芸品ECサイト、小売店検索、イベント運営、動画SNSデータ分析まで幅広い業種で、1号ファンドとして22社に出資した。なかでも、宿泊施設向け予約システム、AIチャットボットシステムなどを手がけるtripla(トリプラ)は2021年2月に投資実行したのち、2022年10月にIPO上場した。

ベンチャー担当役員の畑氏は成功している企業のポイントについて、「強みとなるプロダクトを主軸として据えつつ、トリプラ社のチャットボットのように客層の声を取り入れながら周辺ビジネスをうまく育てていっているのが特徴」と語りつつ、とりわけベンチャーの場合は経営者の明確なビジョン、コロナ禍のような環境変化でも方向転換を図れる柔軟性が重要だと指摘する。

コロナ禍で紆余曲折を経て開業した「OMO関西空港」

2号ファンドにはJTBが出資

こうした1号ファンドを経て、組成金額114億円で2023年5月から開始したのが2号ファンドだ。1号と同様、投資期間は5年間で、クローズは10年を予定している。大きな転機は、JTBが出資に参画。加えて地域創生ソリューションに対しても三菱UFJ銀行や三菱地所、JALと同じく13.56%の株主となったことである。

JTBは、エリア全体の価値を高めていく地域共創型のエリア開発事業を加速している。JTBが不動産大手や地域金融機関とともに開発・投資し、さらに旅行最大手の視点が加わることで、地域活性化と他の投資を促進し、収益が地域内に再投資される循環創出も期待される。

なお、2024年10月時点で、相談件数は不動産872件、ベンチャー企業635件、投資実績はそれぞれ18件(1件につき20億円~)、26件(同2億円~)に上る。

中心メンバーである池田氏は、「日本は海外各国に比べ決して大きい国ではないが、各地域の関係人口が増えなければ地域によっては経済環境は相当に厳しい。働いて、住む場所を豊かにすることが不可欠であり、その一つの手段が観光。観光客が滞在し、地元の人たちも生き生きと過ごせる魅力ある町や施設を応援する一助として、この『ALL-JAPAN観光立国ファンド』を運営していきたい」と語っている。

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…