京都府最北部に位置する京丹後市は2004年、6町による平成の大合併によって誕生した。そのなかでも丹後半島の北端、日本海に面した丹後町は、高齢化とともに人口流出による過疎化が進行。もともと公共交通は脆弱だったが、タクシー業者も撤退し、さらに地域住民の足の確保が大きな課題となった。
その解決策のひとつとして誕生したのが、世界的な配車サービス「ウーバー」のプラットフォームを利用した「ささえ合い交通」だ。
地域住民だけではなく、観光客の足としての活用への期待も大きい。ウーバーのテクノロジーは地域創生の活路となるのか。現地で実情を探ってみた。
「ささえ合い交通は一般的なライドシェアではない」
「地方の過疎地は自分たちが支えないと未来がない。世代をまたいだ連携が必要。そこをICTにサポートしてもらう」———ささえ合い交通の運行管理者となるNPO法人「気張る!ふるさと丹後町」専務理事の東和彦さんはそう話す。
ウーバーとは、米国で誕生したクルマと乗客のマッチングサービス。日本ではまだ馴染みが薄いものの、ニューヨークやロサンゼルスはもちろん、ロンドンやパリなど、世界の多くの主要都市で幅広く使われている。スマホの専用アプリでタップするだけで目の前にクルマが来る手軽さが受けている。総称で「ライドシェア」とも呼ばれていて、その中でウーバーは世界最大手でもある。
ウーバーのテクノロジーを活用したささえ合い交通がスタートしたのは今年5月26日。国土交通省の公共交通空白地有償運送の適用を受けた。認可に向けては、地元のバス、タクシー、レンタカーなどの民間会社も加わった「地域公共交通会議」での完全合意を取り付けた。登録有効期間は2年間。3年目以降は再申請、再登録が必要となる。
ウーバーのプラットフォームを活用するが、「一般的なライドシェアではない」と東さん。「空いているもの、余っている時間を有効にシェアするという意味ではシェアリングエコノミーですが、ライドシェアとの大きな違いは、出庫前確認などドライバーの安全確認を運行主体であるNPOが行っていることです」と説明する。
ささえ合い交通に登録しているドライバーは現在18名。全員、一種免許(白ナンバー)のみの所有だが、国交省の講習を受けることで有償運送が可能な二種免許(緑ナンバー)相当の資格を得た。しかし、これ以上は増やせないのが現状。1人の運行管理者につき最大19名のドライバーと決まっているためだ。ドライバーを増やすためには運行管理者も増やす必要がある。
課題はあるが「一回使えばその便利さは分かる」
丹後町では、2014年7月から完全予約制の市営バス「デマンドバス」の運行を開始した。利用料金は最大200円と安価だが、運行地域に制限があるほか、運行日や運行曜日にも制限があり、事前予約が必要で当日の利用ができないなど課題も多い。それでも、ささえ合い交通がスタートしたあとも、一定の需要があるためデマンドバスは継続されており、東さんは「双方は補完関係」だという。
補完ということは、ささえ合い交通にも課題があるということだ。そのひとつが、利用者のITリテラシー。ウーバーの仕組みは、スマートフォンやタプレットにダウンロードした専用アプリで一番近くにドライバーに配車を依頼するものだが、利用者には高齢者が多いため、スマートフォンの普及率は低く、さらにその扱いにも慣れていない。
また、このプラットフォームの肝のひとつであるクレジット決済も問題。高齢者の多くは現金主義で、地域内でクレジットカードが利用できる商店も少ないため、その保有率は極めて低い。
こうした問題を解決し、利用を促進していくために、ウーバーは、現地スタッフを採用してサポートに当たっている。必要な人にはタブレットを貸し出し、クレジットカード対策では、カード決済のソリューションを提供しているスクウェアの協力を仰いだ。
さらに、今年9月からは「代理サポーター配車制度」も導入。利用の方法が分からない人に代わって、代理サポーターが配車を依頼し、代金は3日以内に現金払いというものだ。東さん「まずは使ってもらおうという目的で始めました。一回使うと、こんな便利なものはないと分かると思いますよ」とこの取り組みの意図を説明する。
その利便性は、利用者のあいだにも広がりつつあるようだ。間人(たいざ)地区に暮らす84歳の東美好さんは、「年寄りなもんで、最初戸惑いはありましたけど、タクシーがなくなった今、玄関先まですぐに来てくれるのは、とてもありがたいですよ」と話す。料金も1.5kmまでは480円、それ以降は1kmごとに120円(乗車時間は関係ない)で、デマンドバスよりは高いが、タクシーよりはかなり安い。運行時間も朝8時から夜8時までで、デマンドバスよりも長い。「ただ・・・、」と東さん。「丹後町以外で拾ってもらえないのは不便ですね」と残念がる。
観光での利用も促進、課題はウーバーの認知度
ささえ合い交通では、降車は京丹後市であれば丹後町外でも可能だが乗車できるのは丹後町内のみ。たとえば、京丹後鉄道の峰山駅や網野駅は丹後町外のため、丹後町からそこまで送ることはできても、そこまで迎えに行くことはできない。
これは、公共交通空白地という枠組みのなかで「地域公共交通会議」で合意された約束事。地元タクシー会社やバス会社への配慮も汲んだ。しかし、住民の利便性や観光での促進を考えた場合、今後ネックになる課題だ。
公共交通空白地有償運送では、地域住民だけでなく、市長村長が認めた場合は来訪者や滞在者の輸送も可能になった。この国の方針に基づいて、丹後町ではささえ合い交通を観光客の足としても活用できないかと模索している。国内旅行、インバウンド旅行に限らず、普及すれば、観光による地域活性化が期待できるからだ。
丹後町の宿泊施設では、「ささえ合い交通でラクラク移動!」と謳ったポストカードを部屋に置き、利用を案内している。しかし、間人で旅館「とト屋」を営む女将の池田香代子さんによると、「まだ利用は少ない」ようだ。「まずウーバー自体の認知度が低いですねえ。特に日本人宿泊者には」と明かす。認知度の低さに加えて、丹後町を訪れる旅行者には、車やバイクなど自分の足を持っている人が多いため、わざわざ利用する機会が少ないという側面もある。
それでも、池田さんは「住民の足だけでなく、観光戦略としてささえ合い交通があることを内外に伝えないといけないでしょうね」と話し、アプリをダウンロードしていない宿泊客のために、自分のアプリで配車をかけ、代金を後払いしてもらうことで、利用を促す取り組みもしているという。
ウーバーについては、外国人旅行者の方がはるかに認知度は高いようだ。今夏、モニターツアーに参加した京都外国語大学の留学生たちが、ささえ合い交通を利用して丹後町を観光した。池田さんは「2台で6,000円ほどの利用でしたね。参加者から、『ウーバーでこんなことができるなんて知らなかった』という声も聞きましたよ」と明かし、ドライバーが観光ガイドにもなるささえ合い交通の潜在性に手応えを示す。
過疎化の町をICT先端の町に
「行政サイドも、観光客の利用での環境整備を進めていくことが必要だと思います。特にインバウンドでの利用を促進していくためにはWi-Fi環境の整備が欠かせない」。
そう話すのは、竹野(たかの)神社の禰宜で京丹後市議会議員も務める櫻井祐策さん。丹後町には、丹波国として栄えた古い歴史、山陰ジオパークに指定された風光明媚な景色、間人カニをはじめとする日本海の幸など観光素材は豊富だ。「観光地として力を入れていくためには、安心して移動できる手段は必要でしょう」と訴える。
NPOの東さんは「日本でウーバーを使った交通機関があるのは丹後町だけ。観光客にはそれを体験してもらいたいですね。丹後町の名所を自由に巡ることができますから」とアピールする。福祉であれ、観光であれ、人が動き、モノが動かなければ、経済は活性していかない。「過疎化が進む丹後町がICT先端の町になればおもしろいんですけどね」と期待は大きい。
地域の暮らしでも観光でも2次交通の課題は丹後町に限ったことではない。将来、地域住民の高齢化がさらに進むと同時に、旅行者の高齢化も進んでいく。ウーバーのテクノロジーは、地域交通を支えることができるのか。丹後町の取り組みが、日本全国に点在する公共交通空白地に広がりを見せるのか。今後の展開に注目だ。
取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹