日本政府観光局(JNTO)は2017年6月下旬、世界9市場で主に富裕層をターゲットとした旅行会社(バイヤー)と外国人富裕層の取り込みに力を入れる日本の観光事業者(セラー)との商談会(Japan Luxury Showcase)を実施した。
海外バイヤーが求める情報や旅行商品と、日本側セラーが売り込みたいものとは、果たしてマッチしているのか――? 実際の商談のテーブルに同席して、その内容に耳を傾けてみた。
欧米4カ国5社のテーブルに同席、聞こえてきた声とは
同席してみたテーブルは米国、フランス、ロシア、英国の旅行会社。富裕層をターゲットにしているため、顧客は個人旅行(FIT)を求める層が中心だ。日本への送客実績はあるが、日本の知識はそれぞれ。送客していない目的地については、まだ知らないことが多いようだ。
その1:米国Travel Store社 ✕ JR九州「ななつ星in九州」
米国カリフォルニアのTravel Storeは、コーポレートトラベル(法人旅行)とレジャーの両方を取り扱う旅行会社。レジャーでは主に富裕層をターゲットし、毎年、富裕者層向け商談会「ILTM」にも参加している。日本のラグジュアリートラベル市場にむける目線はアツイ。
商談会に参加した同社GMのエバ・バイロンさんは、視察旅行で「ななつ星」にも乗車。JR九州との商談では「観光列車についての知識はまったくなかったが、最初から最後までスペシャルな体験だった」と大きな感銘を受けた様子だ。由布院では「山荘無量塔(MURATA)」を視察したそうだが、他の老舗旅館にも関心が高く、JR九州の担当者に情報を求めた。
一方、JR九州は「ななつ星」以外の観光列車を紹介。ファミリーに人気の「特急あそぼーい!」や「特急ゆふいんの森」「特急かわせみ・やませみ」などの路線やサービスを説明した。
「顧客の多くはまだ九州を知らない。どこにあるのかも、何ができるのかも。こうした観光列車を紹介することで、九州の魅力も伝えられる」とバイロンさん。日本のラグジュアリートラベルの素材のひとつとして鉄道の旅に潜在性を感じたようだ。
また、バイロンさんは個人的な日本体験も話した。東京のデパートでショッピングをした際に、店員がiPadで通訳を呼び出し、英語のコミュニケーションがスムーズにいった経験を紹介し、「おかげで欲しいものがすぐに見つかった。これこそJapanese service」と驚きを隠さなかった。
その2:米国Remote Lands社 ✕ 徳島県・大歩危祖谷
米国ニューヨークを拠点とするRemote Lands社は、FIT富裕層をターゲットにする旅行会社。GMのビクトリア・ヒリーさんは「日本に送客したなかには7日から10日間にかけて四国を旅した人もいる。たとえば自転車で四国からしまなみ海道を走った人も。アート好きな人も多く、直島に行った人もいる」と明かす。
徳島県三好市の大歩危祖谷は日本でも秘境と呼ばれているところ。商談会には徳島県、三好市、祖谷温泉の代表が臨み、「ナショナルジオグラフィックでも紹介された地域で、日本の伝統的なライフスタイルが体験できる山里」と紹介した。また、アレックス・カー氏による古民家再生のプロジェクトも説明したほか、着物の着付け、藍染、郷土料理教室など地元体験も紹介。住民の数をはるかに超える100体以上の案山子人形が点在する奥祖谷の「かかしの里」にはヒリーさんも驚いた様子を見せた。
また、ヒリーさん吉野川でのラフティングに関心を寄せ、難易度や年齢制限などを質問。それに対し、祖谷側は「ソフトとハードな箇所があり、子供を含めたファミリーなど誰でも楽しめる」とアピールした。
「日本への旅行でカスタマーチョイスを増やそうとしているところ」とヒリーさん。祖谷への送客にも可能性を感じたようだ。
その3:ロシアEvroknotakt Tours社 ✕ 岐阜県・下呂温泉「水明館」
ロシア・ウラジオストックを拠点とするEvroknotakt ToursはFIT富裕層を主な顧客とする。FIT部シニアマネージャーのユリア・トルカノバさんは、今回の視察旅行で京都、石川、岐阜、東京を訪れたが、下呂温泉は立ち寄っていない。
老舗旅館の水明館はまずそのロケーションを説明するとともに、ラグジュアリーな宿泊が楽しめる別館の「青嵐荘」を紹介した。それに対してトルカノバさんは、部屋のサイズ、スイートルームの有無、温泉付きの部屋、懐石料理などを中心に質問。
また、ファミリー向けのサービスについても関心を示し、「たとえば、アクティビティーでキッズパスポートのようなサービスがあるのかどうか」の質問も。水明館サイドは、旅館では子供も含めて浴衣を提供するサービス、旅館外では近隣にあるアスレチックパーク「ニンジャの森」を紹介。ファミリーで楽しめる温泉であることをアビールした。
その4:フランスTapis Rouge社 ✕ 三重県・伊勢志摩ツーリズム
フランス・パリを拠点とするTapis Rouge社は、主にカップルやファミリーなどFITを取り扱う。日本へは東京、京都、箱根、那覇などに送客しているが、まだ伊勢志摩をはじめ三重県への送客実績はない。
同社のエイミー・ボン-ヒッカーさんは「顧客にはアートや建築に関心が高い人が多く、香川県の直島にも送客したことがある。日本に対しては伝統と現代の両方を求めているひとが多い」と明かす。
伊勢志摩ツーリズムは伊勢志摩地域の着地型観光を手がけるDMC(ディスティネーション・マネージメント・カンパニー)。まず、そのロケーションを説明し、「東京から大阪や京都に行く途中に訪れることができるし、世界遺産の熊野古道にも立ち寄ることも可能」とアピールした。また、ローカル体験として海女と一緒にダイビングするアクティビティーや海女小屋での採れたてシーフードの食体験などを紹介した。
ホームステイの機会も紹介したが、ボン-ヒッカーさんはホームステイ先の言語の問題を指摘。これに対して、伊勢志摩ツーリズムは「事前にホームステイ先と打ち合わせをすることもできるし、希望するならガイドも一緒に泊まることもできる」と説明した。
このほか、ボン-ヒッカーさんは伊勢志摩国立公園の高級リゾート「アマネム」にも関心を寄せた。伊勢志摩ツーリズムでは、宿泊者向けにさまざまな体験プログラムを用意しているとアピールし、富裕層が満足できる地域であることに自信を示した。
その5:英国Inside Japan Tours社 ✕ 星野リゾート
イギリスに本部を置くInside Japan Toursは、日本に特化したツアーオペレーター。アメリカとオーストラリアにもオフィスがあり、2016年には約7,000人を日本に送客した。そのうち70%がFIT。一人旅、カップル、ファミリー、シニアなど幅広い層に日本旅行を提供している。すでに星野リゾートの利用実績はある。
同社ビジネスディベロップメントマネージャーの堀内あゆめさんによると、「最近は箱根への送客が増えている。温泉と旅館、そして富士山も近い。美術館などもありいろいろな楽しみ方ができるので人気がある」という。
星野リゾートは全国で「星のや」を5ヶ所、「界」を14ヶ所展開。箱根への送客が多いという話に対して、河口湖にある日本初となる本格的なグランピングリゾート「星のや富士」を紹介した。「もう一歩先の日本を体験したいリピーター向けに好評。最近では、都市滞在の合間にここに宿泊する外国人も増えてきた」と説明した。
また、新しいリゾートとして、今年4月にオープンした伊東の「界 アンジン」、今年12月にリニューアルオープンする大町温泉の「界 アルプス」を紹介。「界 アルプス」については、日本の田舎体験をコンセプトとし、一番近い白馬五竜スキー場までもシャトルバスを運行するので、「訪日外国人にも訴求力は高いのでは」と自信を示した。
世界9市場から53社が参加、日本のセラーは57社
今回、東京で行われた商談会は、JNTOが6月中旬に企画した富裕層向け視察旅行の一貫だ。米国10社、カナダ5社、オーストラリア5社、イタリア6社、英国8社、スペイン5社、フランス5社、ドイツ4社、ロシア5社の計53社が参加。視察旅行は、市場別に東京、京都、石川、瀬戸内、紀伊半島、九州、沖縄、北陸など西日本を中心に10コースで実施した。
一方、商談会に参加した日本側セラーはホテル、旅館、DMC、旅行会社、鉄道会社、観光施設など57社。海外バイヤーが座るテーブルを15分のアポイントで巡るという方式が取られた。JNTOでは訪日外国人の数とともに質も重視。富裕層を中心としたラグジュアリートラベルは、現地消費額の拡大も見込めることから、今後さらに強化していく方針を掲げている。
取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹