米政権による訪米旅行需要への影響を危惧する「トランプ・スランプ」。だが、状況はそこまで悪くないのかもしれない。
米商務省はこのほど、前年比マイナスで推移していた訪米外国人旅行者数の統計について、集計方法に間違いがあった可能性を報告。正しい数字が確認できるまで、内容の公表を一時ストップする方針を明らかにしたと、AP通信が報じている。
米政府が発表した最新の統計では、2017年1~8月の訪米外国人旅行者数は、前年同期比4%減。だが旅行業界の様々なデータを見ると、前年より増加したことを示す数値が多くなっていた。
旅行関係者は、当局によるデータの再確認を歓迎する一方、トランプ政権によるマイナス影響を軽視するのは時期尚早、と警戒する声もある。
観光産業に特化した調査機関、ツーリズム・エコノミクスのアダム・サックス代表は、同社の集計結果から、昨年の訪米外国人旅行者数は、前年比2%増のプラス成長だったと推計している。しかし同年、世界の旅行市場は同7%増に拡大。これと比較すると、米国の旅行市場は「低調だった」(サックス代表)。
商務省の真意を疑問視する人々もいる。トランプ政権の外国人に対する敵対姿勢を批判し、「トランプ・スランプ」を危惧する論調では、政府当局が発表する統計数字が根拠として引用されてきた。その統計が間違いだったとする見解に、違和感も広がる。
「正直、誰を信じたらよいのか分からない。今の政権は間違った情報をまき散らしているから」と旅行情報サイト、スキフト(Skift.com)のジェイソン・クランペット編集長は話す。
スキフトは2018年4月9日付けで、政府当局による訪米者数統計の一時停止を報じたが、商務省・国際貿易庁(ITA)が、公式サイト上でひっそりとこの見直しを「発表」したのは先週6日。同サイトでは、税関・国境警備局が記録を集計する際、「米国市民ではないが、訪米ビザを保有している旅行者が、米国居住者として扱われていた」と説明している。
米政府関係筋がAP通信に話した内容によると、こうした手違いにより、2016年末から2017年までの間、最大で450万人の外国人旅行者がカウントされていない可能性が浮上している。この中には、米国を経由して別の地域へ移動中だった旅行者が含まれている可能性もあり、統計内容を精査し、修正する必要があるという。
税関・国境警備局からのコメントは出ていない。
米国では、政府が「I-94 海外旅行者入国データ」を集計しており、通常は6か月ほど遅れて、ITAの全米旅行観光局(NTTO)から統計が発表されている。
だが前年比マイナス成長を示すNTTOの統計数字と、各地で集計されている別のデータには、ここ数か月の間、相反する傾向が出ていた。例えば、フロリダ州によると、2017年の同州への訪問者数は1億1650万人で、ハリケーン・イルマ被害があったにも関わらず、前年比3.6%増。ニューヨーク・シティへの訪問者数は、前年より230万人増えて計6280万人、このうち海外客は過去最高の1310万人となっている。
ホテル業界も盛況だ。「米国の客室需要は過去最高レベルで、毎月、記録を更新中」と、ホテルの稼働状況を調査しているSTRのジャン・フリタグ上級副社長は話す。2017年の米国内ホテル客室販売実績は、前年比2.7%増の12億3000万泊だった。
フリタグ氏は、商務省による修正は、政治的な思惑とは関係ないとの見方だ。「データはデータとして扱われるべき。人間にはミスがあって当然」。
米国の各地域で、関係者が頼りにしているのが、オクスフォード・エコノミクス・カンパニーの観光産業部門、ツーリズム・エコノミクスが発表する統計だ。航空会社の旅客数やクレジットカードの決済額など、各種データを参考に、旅行市場の把握につとめている。
ツーリズム・エコノミクスのサックス代表は、政府発表の統計が、実際以上に悲観的な数字となってしまったことについて「皮肉な結果だ。もっとポジティブに見せようという陰謀説を疑う人もいるが、むしろ逆だろう」。
ただし、ホワイトハウスが打ち出す政策やレトリックが状況を左右することは間違いなく、メキシコや中近東地域からの訪米旅行者数は減っているとも指摘。一方、米国各地の観光局などが、ワシントンを凌駕する勢いで「歓迎のメッセージを発信する」マーケティング・キャンペーンに力を入れた効果が出たと考えている。
米国旅行協会(USTA)のトーリ・バーンズ氏は、正確な統計数字を追求する政府の「コミットメント」を歓迎しつつ、こう付け加えた。「連邦政府の公式データが修正され、2017年の訪米旅行者数が、以前より力強い数字になったとしても、変わらない事実はある。世界的に海外旅行市場が急拡大中にも関わらず、米国のシェアは縮小し、我々はライバルに潜在需要を奪われている」。