温泉を張ったジェットコースターが滑走する衝撃的な動画「100万再生で本当にやります!別府市・湯~園地計画!」で、世間の話題をさらった大分県別府市。公開後72時間で目標を達成し、2017年7月に公費なしでリアルの世界に「湯~園地」を実現した。
一世を風靡した一連のプロジェクトから2年。市民の9割近くが宿泊業や飲食業を含むサービス産業に従事し、名実ともに観光の街である別府市は何を得て、どう変わったのか。立役者である別府市長・長野恭紘氏に、別府市の観光の課題から観光で目指す姿を聞いてきた。
有名観光地から「楽しませてくれる街」へ
「湯~園地プロジェクトにはもともと、市民の気持ちを盛り上げたいという意図もあった」と、長野氏は説明する。
もちろん本来は別府の魅力を打ち出し、誘客に繋げるプロモーション企画だ。圧倒的な湯量を持つ別府の資産を活用しながら、他とは違う面白いものを市民と一緒に作り上げようというのが、企画立案時の方向性だった。しかし、その作業の最中に熊本地震(2016年4月)が発生。別府も大きなダメージを受けたことから、単なるプロモーションではなく、より市民にも熱を伝えていく内容に寄せていったのだという。
そこで長野氏が選んだのが、「湯~園地」のプロジェクト。いくつか出た企画案の中で、関係者が最も「これはダメだ」「できない」と言ったものを、あえて選んだ。
「誰もが無理というものを、100万回の再生で実現することができたら、市民も市外の人もみんながワクワクできる。温泉に浸かりながら遊園地を楽しめるなんて、そんな好奇心を煽るものはない。だからこそあの時、皆さんはこぞって『いま、再生回数がどれくらいか』と注目していただいたのだと思う」。
その結果は、周知の通りだ。
簡単におさらいすると、動画公開から72時間で100万再生を達成し、クラウドファンディング等で約9000万円の資金調達に成功。日本のみならず、海外50か国地域でもニュース等で放映され、広告換算費は約100億円、リアルの「湯~園地」開催に伴う経済波及効果は約1億8000万円と試算された。
しかし長野氏は、「確かに世界に別府を知ってもらうきっかけになった」と評価しつつも、数値に表れていない部分の効果を重視する。
「今回のプロジェクトで一番変わったのは、別府のイメージ。何か面白いことをやる街、元気でエキサイティングな街と捉える人が増えたと思う。市民も別府に対する愛着が増して、市民であることを誇らしく思う人が増えた。そこを狙っていたので、本当にうれしい」。
そして長野氏はこうも話す。「住民が街に誇りを持ち、自分たちの強みを理解して、それをどのように表に出していくかを皆と共有して考える。それこそが地方創生だと思う」。
「湯~園地」以降も、震災支援に対して温泉の湯を全国に届ける「別府温泉の恩返し」キャンペーンや、「別府に来たらどんなにいい人も地獄行き」のキャッチコピー、別府市がキャンプ地となるラグビーW杯に向けて温泉とラグビーを融合させたプロモーション動画など、ユニークな発信を絶えず続けている。こうした取り組みが内外の別府に対するイメージの変化を促し、市内に新たな風が吹き始めたという。
課題がなかったのが大きな課題
例えば市内では、クラウドファンディングを活用した企画や起業をしようとする動きが増えてきた。熊本地震で被災した共同浴場「梅園温泉」をコミュニティの力で復活させたのも、その一つ。湯~園地の刺激で、「お金がないとあきらめるのではなく、まずは自分たちでできることをしようと考える市民が増えた」という。
さらに、「賑やかで楽しそうな町に人が集まってくる」と長野氏。新しい可能性を感じた人が新事業を立ち上げたり、就学のために別府に住んだ学生が起業して、卒業後も別府に残るなど、外部からの流入も増えた。別府八湯の一つ鉄輪温泉では、後継者がいない旅館を改修したシェアオフィスがオープンし、新たな休暇スタイル「ワーケーション」の場所としてもアピールする。市内と市外から起こっている街の活性化を、長野氏は嬉しそうに話す。
市民の約9割がサービス業に従事する別府では、観光の重要性が非常に高い。観光での課題をうかがうと長野氏は、従来の手法でも相応の観光誘致ができていた状況を説明。タビナカ対応といった現実的な課題はあるとしながらも、全体的には「観光ではある意味、課題がなかった。それが大きな課題といえるかもしれない」との考えも示す。
団体旅行から個人旅行、物見遊山から体験への流れの中で、別府市の観光は “地獄めぐり”などの定番観光に留まらず、地元で人気の食堂や“ジモセン”と呼ばれる地域の人々が管理する共同浴場に、日本人はもとより訪日外国人の観光客が訪れることも増えてきた。その一方、今夏には別府市として初の国際ホテルチェーンのラグジュアリーブランド「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」も開業。今後は従来の別府の良さを保ちつつも、生活文化からハイエンドのサービスまで幅広く対応し、「真の意味での洗練された観光都市に生まれ変わっていく必要がある」と指摘する。
その上で、「こうした変化に対応するためには、やっぱり外からの目線が大事。それを自分たちにブレンドしていく。いま、まさにそんな取り組みが始まっている」と長野氏。自らが変わろうとする意識を持ち、広い視野で観光や街を作ろうという主体的な動きが広まることが、別府を新たなステージに引き上げていく。
オール別府の新たな取り組み
その最たる例が、2019年3月に開催したイベント「ONE BEPPU DREAM」。いわば、別府の未来を創る“公開クラウドファンディング”だ。約100社の地元企業と一般投資家、クラウドファンディング企業の前でプレゼンをし、参加者にはその場で支援が得られるチャンスを提供。観客には一緒に別府の未来を考える機会とする。別府を活性化させるアイデアであれば、別府市民以外の誰でも参加を可能としたところ、92の事業アイデアが寄せられたという。
第1回の今回は残念ながら、クラウドファンディングの成立はなかったが、「可能性のあるアイデアはたくさんあった」と長野氏。これらを翌年の開催までに1年かけ、市役所と民間など各方面からの助言や支援のもと、実現に向けた取り組みを行なう方針だ。
その際には、別府市の出資で2017年秋に立ち上げた一般社団法人「B-biz LINK」も関与するが、この組織自体も別府の新たな取り組みの一つ。観光面からみれば“別府版DMO”だが、観光マーケティングのみならず地域ビジネスのプロデュースも担う「産業連携・協働プラットフォーム」であるのが特徴。市内の事業者、金融機関、大学や行政など幅広い連携を図り、地域経済の発展と市民生活の向上を図る。「単純なDMOではなく、官民学の連携で新しい観光を取り入れていく。これは面白い組織」と、長野氏は太鼓判を押す。
これまで別府の観光施策は市役所が立案から実行まで主導しており、それに市民も信頼を置いてきた。そのためB-biz LINKは現在、トップに副市長を置き、行政も大きく関与しているが、5年くらいかけて完全に自走できる組織へと成長させ、より柔軟な観光・地域づくりを行なう体制とする方針だ。
観光で別府が目指す姿とは
別府市にとって観光とは何か。長野氏に問うと、「市民の生活を豊かにするもの。別府市を盛り上げるためには、観光を盛り上げることが絶対に必要」と力を込める。
ただし、「だからといって、観光客を増やすことが目標ではない」とも言明。「観光は市民の幸せを実現するための途中経過の手段。観光は市民のためにある。それを常に意識して取り組んでいる」といい、「私個人の目標は、別府ファンを増やすこと。リピーターを増やし、観光客が喜んで連泊して観光消費が増える良い連鎖を目指している」と強調する。
世界的な観光の課題の一つ、オーバーツーリズムについても、別府市は現在のところオーバーツーリズムは発生していないとの認識だが、「市民の幸せをないがしろにしてまで、観光客を喜ばせる施策はあり得ない」と断言する。
別府の宿泊客数は2017年現在で254万人となり、5年間で20万人以上増加した。昨年から来年にかけては市内客室数が約1000室増加し、これにより年間の宿泊数はさらに50万人~100万人増加することが見込まれている。
観光客が増加傾向にあるなか、観光スタイルの変化で「別府でも地域の暮らしに入り込んで、その息吹を体験してみたいという観光客が増えている」とも認識。「もし、それによって地元の人がストレスを感じるのは本末転倒。今後はどのように観光客を受け入れていくのかを考える必要がある」と、今後の対応にも思いを巡らす。
「一流の観光地は市民の幸福度も一流」が持論の長野氏は、観光客の満足と市民の幸せの実現をどうバランスを取っていくのか。長野氏は、「その答え合わせを私は常にしているし、おそらく他の皆さんもそうしてくれていると思う」と、コミュニケーションをキーワードにあげる。一方、観光客には、地域の生活圏を守り、その線引きをするためにも「親切でなければいけない」との考えを語った。
例えば別府では、共同浴場では基本的にタトゥーOKだが、市内の旅館やホテルではお断りするところも多い。だから、「入浴OKとNGの場所を事前に知らせることが、丁寧な対応。そういうことが地域や伝統文化を守ることにもなる。知らされずに来訪した人に『入るな』というのは、観光地としては良くない。」そして、「常に私たちは歓迎しているということ、別府は住民の生活圏は守りながら、観光客とよい距離を保って守っておもてなしをする街であることを、観光客と市民の双方に発信していくことが大切だと思う」。
長野氏は2015年に別府市長に初当選し、2019年4月の統一地方選で無投票で再選。2期目に突入した。その間の別府市の躍進ぶりは前述の通りだが、失敗はなかったのか。インタビューの最後に聞くと、「皆さんにはプロジェクトのゴールしか見えていないですが、中では失敗の連続」と笑う。ただし、「私はそれを失敗とは思っていない。私にとって失敗とは、自分が死ぬときに『できなかった』と思うこと。躓いても立ち上がって、なぜ転んだのかを考える。それを繰り返して成功させればいいと思っている」。
取材・記事 山田紀子