パンデミック発生以降、約2年間にわたって、宿泊業界は未曾有の危機に直面している。そのなかでも、不動産運用の「いちご」は、新たにオペレーション事業に乗り出すなど、不動産オーナーの枠にとどまらない事業を展開。一方、現存の不動産に新しい価値を創造する事業「心築(しんちく)」を中心に、「サステナブルインフラ」の構築を推進している。その心築事業の中心となるのがグループ会社の「いちご地所」。いちごがオペレーション事業にビジネスを広げた理由、「心築」で目指すものとは?
いちご地所社長の細野康英氏に聞いてみた。
コロナ禍でも事業継続ができた理由とは
いちご地所は、不動産会社として不動産の価値を上げていく事業を展開している。オフィス、商業施設、住宅など、不動産の形態は様々だが、そのひとつとしてホテル事業にも注力。自社所有のホテルへの投資を行うほか、グループの博多ホテルズを通じたオペレーションも手がける。
コロナ前の2019年3月に、いちごはホテル運営会社「博多ホテルズ」を立ち上げ、九州のホテルを中心に既存ホテルの運営事業を引き継いだ。福岡の「ホテル・イル・パラッツオ」など3軒で運営開始後、現在では九州以外にも事業を拡大。「The OneFive」「HOTEL EMIT」「MusBee」など12軒を担当している。
不動産業界は、インバウンド市場の急成長と東京2020を見据えて、ホテルへの投資を拡大し、新規ホテルの開業も相次いだが、そこにコロナが直撃した。
「(コロナ禍は)不動産業界にとって大きな衝撃だった」と細野氏。「最初は状況が分からず、オーナーとオペレーターとで対応や考え方に違いがあった」と当時を振り返る。しかし、時間が進むにつれて「現状や将来に向けた話が噛み合うようになってきた」という。
細野氏は、人流が抑制されたコロナ禍でも、ホテル事業を継続できた背景として、すでにホテルのオペレーションを展開できる体制が整っていたことと、AIレベニューマネジメントシステム「PROPERA (プロペラ)」を自社開発していたことを挙げた。特にPROPERAは集客機能として大きな役割を果たした。「我々が引き継いだとき、クローズした方がいいホテルもあったが、手の打ちようがないというわけでなく、PROPERAを導入すれば、悪いながらも、最善は尽くせると判断した」と明かす。
PROPERAは、同社のレベニューマネジメント実務経験者が2017年に開発した。アルゴリズムによる予約データ分析で、販売価格の推奨値をスピーディーに提示。施設ごとにカスタマイズも可能な実践型システムだ。PROPERAを保有するホテルは年間収益を約10~40%向上。2021年度、導入ホテルの稼働率は90%を確保したという。
細野氏は「このシステムによって、先行きが不透明ななかで、最適な値付けをすることが可能になり、その負担を軽減することで、人材を本来のホスピタリティに特化することができた」と、その効果を強調する。
今年1月からは外部販売も開始。レスキューホテルを展開する「デベロップ」とPROPERAの利用契約を締結した。デベロップは、2024年末までに営業を開始するホテル全棟にPROPERAを導入する。
建物を活かして新たな価値を創る
いちごは、「サステナブルインフラ」の構築を標榜し、サステナビリティへの取り組みも強化している。2021年5月には「サステナビリティリポート」を発行。その本気度を内外に示した。細野氏は「創業当初から企業の存在意義は社会貢献という考えがあった。不動産会社としては、相当踏み込んで取り組んでいる」と自信を示す。
その中心に据える信条が「心で築く、心を築く」という「心築」という考え方だ。不動産に心を込めた価値向上を図り、現存不動産に新しい価値を創造。100年不動産を目指し、これまでの建物を壊して立て替えるのではなく、「建物を活かして新たな価値を創る」リサイクルを進めている。
ホテル事業でも、この「心築」を取り入れており、具体的な事例も生まれている。そのひとつが新宿の「THE KNOT TOKYO Shinjuku」。通常だと建て替えが検討される築40年のホテルを取得し、ライフスタイルホテルへと「心築」した。
耐震補強を含めて全面改装。1階と2階はカフェ、レストラン、ラウンジ、ロビーを立体的に繋ぐ開放的な空間に作り替え、新宿という土地柄を考え「多様な人々のために」をテーマに、宿泊者だけでなく、近隣の人などにも開かれたホテルにした。
「ホテルを心築しただけでなく、それによってホテル周辺の街の雰囲気も変わった」と細野氏。心築は、サステナブルな街づくりにもつながる取り組みと付け加えた。
現在、「THE KNOT YOKOHAMA」や「THE KNOT SAPPORO」も新宿と同様の方向性で心築を進めているところだ。
ホテルにとってのサステナビリティとは、建物のリサイクルや再生エネルギーの活用、環境に配慮したアメニティの利用などの他に、「経済的耐用年数の長期化も重要になる」と細野氏は話す。その意味でも、集客で大きな武器となるレベニューマネジメントの存在は大きい。
ライフスタイルの変化に合わせてホテル運営
帝国ホテルが「定額制ホテル暮らし」プランを打ち出したように、マーケットの変化に合わせてホテルの存在意義も変わってきている。ハード面だけでなく、ソフト面でもしなやかに対応していくこともサステナビリティにつながる。細野氏は「箱としてのホテルは変わらないが、ライフスタイルの変化に合わせて、自ら新しい商品を作っていきたい」と話し、ブレジャーなどへの取り組みにも関心を示した。
さらに、細野氏は「サステナブルなホテル運営においては、オーナーとオペレーターとのコミュニケーションを密にしていくことも必要」と強調する。両者は賃貸借契約で結ばれ、固定賃料あるいは変動賃料でビジネス関係が成り立っているが、お互いが対立するのではなく、二人三脚の関係を築くことが持続可能な成長につながるという考えだ。
「コロナは宿泊業界にとっては大きな壁として立ちはだかっているが、時間が経つにつれて、それに立ち向かえる力を持ち始めている。人が動き出せば、観光は戻ってくる」。いちごは、2022年もホテルビジネスに積極的に投資を続けていく方針だ。
取材・記事:トラベルボイス編集部 山岡薫、トラベルジャーナリスト 山田友樹