東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット(TTPU)は、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の観点から、2000年代の日本の観光を振り返るセミナーを開催した。観光有識者100人からのアンケート結果が発表されたほか、パネルディスカッションでは、「観光立国実現に対する2000年代の観光の取り組みへの総括」「持続可能な観光とは何か」「持続可能な観光地域づくりの進め方」について議論が展開された。
有識者100人アンケート、平均点は5.8点
100人アンケートでは、小泉元首相が「観光立国宣言」を行った2003年以降の取り組みについて、14問を設定。それぞれの解答の割合を算出することで、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の現状認識を把握するとともに、代表的な評価の意見を抽出した。
そのうち、「観光が成長戦略の柱として、日本経済を牽引する存在になったか」という問いに対しては、「とても思う」(20.8%)、「そう思う」(67.3%)となり、88%以上がポジティブな評価をしている結果となった。観光に「市民権」が与えられ、インバウンドが第3位の輸出産業まで成長したなどのポジティブな評価の一方、波及効果は一部地域にとどまっており、日本経済の本質的な強みにはなっていないなどのネガティブ評価も見られた。
また、「デジタル化やインバウンド拡大など時代の変化のなかで、観光産業は変革できたか」の問いでは、ポジティブとネガティブがそれぞれ約35%と評価は割れた。団体から個人への旅行形態の変化に応じてオンライン予約が増加したことを評価する一方、変革は一部の企業にとどまり、事業間や地域間での格差が広がっているなどの評価も寄せられた。
観光と地域との関係では、「観光が地域を活性化できたか」の問いで、「とても思う」(12.9%)、「そう思う」(58.4%)となり、7割以上がポジティブな評価。「観光地域経営の能力が向上したか」では、「どちらでもない」が34.7%となり、依然として模索が続いてる状況が伺える結果となった。ネガティブ評価では、人材、リソース、財政、連携などでのDMOの課題を指摘する意見が多く挙げられた。
「観光立国を進めた結果、豊かな国民生活や住みよい地域が実現できたか」については、ポジティブな評価が30%を超えたものの、「どちらでもない」も60%を超え、実感が薄い現実も伺えた。評価の中には、オーバーツーリズムなどの課題を挙げて、「観光が住みよい地域づくりを阻害するイメージができてしまった」「利益を受ける人とそうでない人との二極化が進んだ」など地域内での格差を指摘する声が上がった。
さらに、「観光が国民生活に負の影響も与え得るものだという理解が進んだか」を問うと、「とても思う」(12.5%)、「そう思う」(76.3%)となり、この20年で大多数が観光の負の部分にも目が向いた結果となった。
このほか、SDGsに基づく「持続可能な観光への取り組みについて」は、観光業界、地方自治体ともネガティブな評価が半数を超えた。「観光客数や消費額に注目しすぎてきた」「主流は量的拡大や旧来型のプロモーション」「国の予算では柔軟な対応ができない」「SDGsは『取り締まり型』の取り組みになってしまっている」などの現実的な意見が寄せられた。
アンケートでは最後に2003年以降の「住んでよし。訪れてよしの国づくり」を点数化。平均点は10点満点中5.8点となり、総合的にはポジティブな評価が上回った。アンケート結果を発表した東京大学公共政策大学院の三重野真代特任准教授は、「ポジティブな評価をする人の中からもネガティブな意見が多く寄せられた。それだけ、観光に対する熱があるということだろう」と話し、アンケートが課題抽出の役割を果たしたことを評価した。
これまで20年の評価は、今後に向けた課題とは
パネルディスカッションの第一の論点は「観光立国実現に対する2000年代の観光の取り組みへの総括」。パネリストは、その評価と課題について意見を交換した。
新潟県津南町の桑原悠町長は「観光立国の波には乗っていなかった」と振り返ったうえで、「コモディティ化ではなく、ありのままの文化で地域住民との触れ合うことが大切。本質的な価値で、これからの観光を成長させることができるのではないか」と発言した。
由布市まちづくり観光局(大分県)の桑野和泉代表理事は「最も住みやすい町こそ、優れた観光地という考えを持ってやってきた」と由布院での取り組みを紹介。「人口減少の中でも、観光立国の取り組みがあったからこそ今がある」と評価した。
経営共創基盤の冨山和彦グループ会長は課題を指摘。「少子高齢化が、このコロナ禍の2年でも進んでいる。ポストコロナではますます人手が不足していく」と問題提起をしたうえで、「(観光業では)賃金水準を上げ、労働生産性も上げて、高付加価値産業にしていくことが求められる」と強調した。
フランス観光開発機構のフレデリック・マゼンク在日代表は、フランスでの観光産業の歴史や産業全体での位置付けに触れたうえで、「1994年に来日した時は、外国人観光客はいなかった。しかし、2000年後半から日本は観光で別世界になった。さまざまな課題はあるが、15年から20年でここまで観光が進んだ国は他にはないのではないか」と自身の体験から日本の観光の成長を総括した。
世界観光機関(UNWTO)駐日事務所の本保芳明代表は、「観光が社会的地位、市民権を得た」と評価する一方、「『住んでよし』の部分がかなり置き去りにされたことは反省すべきであり、総括されるべきこと」との認識を示した。
持続可能な観光に向けて求められること
「持続可能な観光とは何か」についての議論では、UNWTOの本保氏はUNWTOの定義を説明。「簡単にいうと、地域を守ること、地域住民に寄り添うこと。ただ、理念だけでは物事は進まない。理念を具体化する プロセスが必要」と発言した。
フランス観光開発機構のマゼンク氏は「次の世代のことを考えて、観光デスティネーションは商品ではないというメンタリティを育てること」とし、若者が観光業で働きたい環境を作っていく重要性を指摘した。
また、由布市の桑野氏は「時間軸を100年単位で見ていくことが持続可能な観光」と述べたうえで、地域の中で循環できる経済を作っていく必要性を唱えた。
津南町の桑原氏は自然環境の保全について言及し、「観光客からの寄付の一部を環境保護に回すなど、観光客が来ることで、自然保護につながることを住民に可視化する」考えを披露した。また、地域の合意形成の難しさに触れたうえで、「農業なども含めて、平場の会議を設けて、魅力的な地域づくりをし始めた」ことも明らかにした。
経営共創基盤の富山氏は、「日本のような成熟経済では、観光なしには経済は持続しない」との持論を展開し、「労働生産性と労働分配率を上げること、そして複数の事業体のコーディネート。この2つがクリアできると、日本の観光産業はより持続可能になる」と指摘した。
観光地域づくりに必要なのは住民参加
3点目の論点は「持続可能な観光地域づくりの進め方」。UNWTOの本保氏は、地域の処方箋はさまざまとしたうえで、「重要なのは徹底的な住民参加。経営していくための目標を明確にし、データを使ってエビデンスベースで進めていく。たどり着きたい像が明らかになるほど、利害対決が出てくるが、その中で共有できるものを作っていく」との考えを示した。
フランス観光開発機構のマゼンク氏は、時間と場所の分散化の必要性を強調。フランスでは地域をゾーンに分けて学校の休みをずらすことで、需要の分散化が進められていることを紹介した。
経営共創基盤の富山氏は、需要の平準化に向けては、平日対策としてワーケーションの取り組みに触れたほか、ビッグデータを活用して、需要の見える化を進めるなどDXも大切になってくると指摘した。
由布市の桑野氏は、保養地の由布院として「住むと訪れるとの間が重要」と発言。「暮らすように旅をする旅行者が増えることが未来につながるのではないか」と今後を見据えた。
津南町の桑原氏は、町内でお互いの顔が見えることをメリットとしたうえで、「産業間の対立ではなく、さまざまな産業との連携する場を作った」ことを紹介し、特産品開発などでも成果が現れ、「観光地域づくりでは一歩進んだという実感がある」と手応えを示した。